おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

「君に届け番外編 ~運命の人~」「人類の星の時間」

2023年4月26日  2023年9月12日 

タイトルが同じ小説あるけど、まったく一ミリも関係ないです。



「君に届け番外編 ~運命の人~」全三巻 椎名軽穂(2019)

 いやーーーーーーーーもう、可愛い。可愛いオブ可愛い。それに尽きる。終

 いや、これだけではなんなので(当たり前)、しぶしぶとネタバレなしの蛇足的なレビューをダラダラと書く。

 本作はあの「君に届け」のスピンオフ、主人公爽子の恋のライバル・胡桃沢梅の物語。風早を手に入れるため爽子にえげつない工作や嫌がらせを仕掛けたくるみちゃんだが、トップオブピュアともいうべき二人の愛と絆に完敗、最終的には大親友に。大学入学後は毎日のように爽子の部屋に入り浸るほど仲良し……というところから始まる。

「君に届け」の時も思ったけど、この「ピュア」って単なる無知や世間知らずの「お花畑ピュア」じゃないのよね。他人の内面のドロドロした葛藤や逡巡はまるっとそのままは見えないけど、言葉の選び方言い方、ちょっとした表情やしぐさに現れてくる。爽子ちゃん(多分作者自身)の凄いところは、そういう「目前に現れたもの」の本質を捉える能力の高さ。それでいて吞み込まれることなく、適正な距離を保ち是々非々で対応できる。もちろん最初からすべて完璧ではないけど、やはり両親に愛されてまっすぐ育った強さが芯にあるせいか、多少振れることはあっても変な方向にはねじ曲がらないのだ。

 対するくるみちゃん(梅ちゃん)は自分で強いと思い込んでいるけどその実そうとう弱っちい繊細な子。「君とど」でやらかした悪行はちょっとした意地悪なんてもんじゃなく、巧妙に爽子の味方を排除し、自分の手は汚さず周囲に悪評を広めさせるといった、昨今のSNSでもたまに見かけるヤバいやつだったが、根底にあるのは「悪」ではなく「弱さ」なのである。表向き強気なくるみちゃん、プライド高そうでいて「本当の自分」に対する自信が全くない。コンプレックス塗れの「本当の自分」を知られることへの恐怖心が強いのだ。だからこそ真っ向勝負ではなく裏工作に頼る。そういったくるみちゃんの本質が、この「運命の人」にはこれでもかと繰り返し描かれていて、それが驚くことに物凄く可愛い。話の進行とともにどんどん可愛さにドライブがかかる。しまいにはこのとんでもない「可愛さ」自体でタイトル回収、諸問題解決。そう、可愛さはすべてを浄化するのだ。可愛さは尊い。可愛さは正義。

 もちろん少女漫画という一種のファンタジー世界なんだけれども、人物造形の確かさ、細やかかつ清らかな表現により圧倒的な説得力を以て、この汚れちまった婆の心をも満遍なく癒してくれるというわけだ。はー、よかった。



「人類の星の時間」シュテファン・ツヴァイク(1927)

 このところSNSで何故かたびたびフランス革命の話題を見かけ、軒並み

「漫画ベルサイユのばらがフランス革命を美化している」

 という説をとっており、いや違うやろ……と思いぶつぶつとエア反論、FFさんとも話し合って

「ベルばらはフランス革命を美化してない。どちらかというと国王や王妃アントワネット側を美化してる」

 という結論に至った。個人的には、国王や王妃も直接的な責任はないと思うんだよね。財政危機も上層部の専横もずっと前の時代からの積み重ねであって、最後にババ引いた不幸な家族という印象。

 ベルばら作者の池田理代子さんが元ネタとしてあげていた書籍のひとつがシュテファン・ツヴァイクの「マリー・アントワネット」という伝記である。オスカルというキャラクターは、この中にある

「貴族である衛兵が革命側に味方してバスチーユを落とす戦いに加わった」

 というエピソードにいたく感銘をうけたことから生まれたらしい。大貴族でありながら闘いに身を投じ、革命による輝かしい未来を信じて、フランス万歳と呟きつつ死ぬオスカルの姿はいかにも感動的ではある。が、その後の展開はおよそ正義や公正とは程遠い。そこがまたオスカルの悲劇を強調している。ベルばらが名作と呼ばれる所以のひとつである。

 というようなことをツイッターでつらつら呟くうち、そういやツヴァイクの本ってちゃんと読んでなかったなと思い、とりあえず図書館で検索してみたら電子書籍でヒットしたのがコレ(前置き長くてすみません)。

 まずタイトルがすさまじく恰好いいね!この「星の時間」という表現いろんなところでチラホラ見た記憶があるけど、これが元ネタだったのか。今更知った。内容は、さまざまな歴史的な瞬間を史実に則り再現ドラマのようにまとめた12編。こちらもタイトルがいちいち良い。

 以下目次、wikiより拝借。※部分は私の感想。

1.不滅の中への逃亡

  1513年9月25日、バスコ・ヌーニェス・デ・バルボア太平洋発見。

※スペインから黄金を求めて我先にと海に乗り出す荒くれどもの描写が中々辛辣でおもろい。「スペインの泥であり滓(かす)である人々の全部が殺到」「スペインは、やっかいなもてあましものたちと、もっとも危険なならずものたちとから一挙に解放された」などなど。バスコはヤバい奴だけどバイタリティすごいし賢い。映画化されそう(あるのかな?)

2.ビザンチンの都を奪い取る

  1453年5月29日、コンスタンティノープル陥落。

※城壁に囲まれた最後の砦、で何となく「進撃の巨人」を思い出してしまった。そして宗教を同じくするヨーロッパがこの国を助けず、みすみす滅亡に追い込んだというところ、神はどこに。

3.ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデルの復活

  1741年8月21日、ヘンデルが『メサイア』を作曲。

※いわゆる「下りてくる」というやつ。不屈の音楽への愛すごい。

4.一晩だけの天才

  1792年4月25日、ルジェ・ド・リールによるラ・マルセイエーズ作曲。

※なるほどこれは国歌になりますわ、というミラクルな経緯だった。万人の心を打つ優れた創作物って、時として作者の意図や立場とは何の関係もなく広まり残っていくものなんだなあ。作者は単なる器なのかもしれない。

5.ウォーターローの世界的瞬間

  1815年6月18日、ド・グルーシーナポレオンの命令に従ったことでナポレオンがワーテルローの戦いに敗北。

※「その時歴史が動いた」じゃんと思ったらそう言ってる人既にいた(wiki)。まあ、軍隊の人としては上からの命令に服従せざるを得ないよね。つくづく不運ではある。

6.マリーエンバートの悲歌

  1823年9月5日、ゲーテが最後の恋を経てマリーエンバート悲歌を書く。

※老いらくの恋、というよりこれも「下りてきた」系なんだろな。ここでも器になってる。

7.エルドラード(黄金郷)の発見

  1848年1月12日、ジョン・サッターの使用人が砂金を発見、カリフォルニア・ゴールドラッシュが始まる。

※欧米人というのはどんだけ金が好きなんだと呆れた。もはやDNAに組み込まれてるのか?と思うくらい狂い過ぎ。ジョンは気の毒すぎる。

8.壮烈な瞬間

  1849年12月22日、フョードル・ドストエフスキーが死刑を免れる。

※これはこのまま読むがよろし。詩形式で凄みがある。大長編を凝縮したような厚み。

9.大洋をわたった最初のことば

  1858年8月5日、サイラス・ウェスト・フィールド大西洋横断電信ケーブルが完成。

※これはもうプロジェクトX。何度失敗しても挫けないその意気やよし。それにしても力業すぎる、と思ったけど今のロケット打ち上げも未来にはそんな風に言われるんだろうきっと。

10.神への逃走

  1890年10月末、トルストイが『暗闇の中で輝く光』のエピローグを書く。

※トルストイの未完の戯曲をツヴァイクが完成。この時代の人が「革命」をどう考えてたか、トルストイという大作家を通じて書き残してる感じ。トルストイと革命戦士の若者たちの対話が圧巻。

11.南極探検の闘い

  1912年1月16日、ロバート・スコット南極点に到達。

※現代人からするとホラーでしかない「冒険」の道行き。でもこういう果敢な(ある意味狂気じみた)チャレンジをした先人がいたからこその今。

12.封印列車

  1917年4月9日、ウラジーミル・レーニン封印列車チューリッヒを離れる。

※これも10.と同じく当時の人がどう見てたか、具体的に書かれてる。渦中にいる人が何を思ったか、どう行動したか、ツヴァイク自身すごく興味があったんだなとわかる。


 私は子供の頃からこういった「実録物」が好きで結構沢山読んでた。子供向けの文学全集に入ってる伝記とか「世界残酷物語」とか。そういうジャンルの走りがこの「星の時間」なんだろうな。歴史は、何かわからない大きなもので動いているようだけど(実際そういう部分もあるけど)、一番大きな要素は「人間の意思」である、というところは大きく頷ける。年表での一行には必ず背景があり、多数の人がそれぞれに生きて考えて動いているのだ。 

 激動の時代に生き、様々な国で様々な人と出会い話してきたツヴァイクだが、第二次大戦の中盤、ブラジルで妻とともに自死する。自分たちのいるところ、ヨーロッパ、アジアで起きていることのギャップに耐え切れず悲観して、ということらしい。


・・・以下、ややネタバレのため注意・・・


 思うに、10.での問題を解決できなかったんじゃなかろうか。あの中でトルストイは若者の論に痛いところを突かれ、罪悪感に耐え切れなくなって家出し死に至る(ツヴァイクの書いたフィクションね、念のため)。

 現代人の私からしたら、

「人にはそれぞれ天に与えられた仕事というものがある。私にとっては物を書くことがそれだ。長く書き続けるためならば、私はあらゆる矛盾も欺瞞も呑み込む覚悟がある。非難は甘んじて受けよう。だが私は書くための環境や条件を捨て去る気はないし必要も感じない。なぜなら私の仕事は私にしかできないことだからだ」

 くらい言いはなって追い返せや!と歯がゆい気持ちになった。途中までは大変いい感じにこの若者ズを問い詰めてたのに、お前の今の生活は何なんだみたいなことでヘタレてしまうとは。妻と不和だったそうだけど、この戯曲内だけでみると妻の言ってることの方がずっと真っ当に感じられる。

 ツヴァイク自身も迷いはあったのだろう。戯曲中のトルストイと同じく、自分自身の中にもある欺瞞や矛盾を真っ正面から見てしまって消化しきれなくなったのかもしれない。感性の鋭い、細やかな人みたいだし。ここら辺は物書きという仕事の怖いところだ。

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