「ウクライナ戦争と世界のゆくえ」「ウクライナ戦争」
年末のバタバタを乗り越えると、帰省もしない訪問するもされるもない暇な年始に積読消化がはかどる。このたび我が家最後の成人式も無事終わったし、ということで長々と。
「ウクライナ戦争と世界のゆくえ」東京大学出版会
以前の「新興国から見るアフターコロナの時代」と同じく、池内恵氏がまとめあげた気鋭の研究者集結本のひとつである。例によってゆっくり読んでるうち瞬く間に戦況が変わっていったものの、別に予想本ではないので何も問題ない。報道を追うだけでは足りない、当事国以外の国についても広く理解を深めたい一般人にとってこれ以上のものはなかなかないと思った。
目次は以下。
戦争と相互依存――経済制裁は武力行使の代わりとなるか(鈴木一人)
1 経済制裁とは何か
2 対ロシア制裁のポイント
3 対ロシア経済制裁の行方
古くて新しいロシア・ウクライナ戦争(小泉 悠)
はじめに
1 二つの戦争パラダイム
2 「限定全面戦争」としてのロシア・ウクライナ戦争
3 古典的な軍事力の重要性
4 鍵を握る動員能力
5 核抑止の役割
6 「新しい戦争」としての側面
おわりに
欧州は目覚めたのか――ロシア・ウクライナ戦争で変わったものと変わらないもの(鶴岡路人)
はじめに
1 ドイツの「転換点」(とその限界)
2 NATO加盟に向かうフィンランドとスウェーデン
3 エネルギーの「脱ロシア」に向かうEU
4 維持されるNATOの中心性
5 未解決の「ロシア問題」
おわりにかえて――欧州の変化の促進・阻害要因
ウクライナと「ポスト・プライマシー」時代のアメリカによる現状防衛(森 聡)
はじめに
1 クリミア併合後のアメリカのウクライナ政策
2 侵攻前のバイデン政権の対応
3 ロシアによるウクライナ侵攻後のバイデン政権の対応
4 ウクライナ戦争とアメリカの戦略的な課題
おわりに――「ポスト・プライマシー」時代のアメリカは現状をどう守るか
制限なきパートナーシップ?――中国から見たロシア・ウクライナ戦争(川島 真)
はじめに――中国はロシアと「同じ」なのか?
1 中国国内の見方
2 二〇二二年の中国と新型コロナ
3 中国外交の大原則と米中「対立」という基本構造
4 中国の想定する世界像
5 中露関係の考え方
6 アジアの多数派を獲得する?
7 「力による現状変更」という括り方――「台湾有事」をめぐって
おわりに――ウクライナ戦争と日中関係
ウクライナ侵攻は中央アジアとロシアの関係をどう変えるか――戸惑い・危惧と変化への胎動(宇山智彦)
はじめに
1 ロシアと中央アジア――親密な関係と緊張の兆し
2 侵攻に対する態度――理解か中立か反対か
3 対ロシア経済制裁の影響と「利益」
4 今後の展望――ロシアの弱さがもたらしうる国際秩序の変化
ロシア・ウクライナ戦争をめぐる中東諸国の外交――「親米中立」の立ち位置と「多極世界」の希求(池内 恵)
はじめに
1 国連決議への対応
2 中東の主要な「親米」国の姿勢
3 中東主要国の反応に通底する要素
あとがき(川島 真)
もちろんこれをすべて理解して自分のものにしました!ということは全然ないんだが、とにかく
それぞれの国はそれぞれの事情と国益の有無、隣国や周辺国との関係性により、この戦争への立ち位置を適宜調整・対応を考えている
という当たり前の話を各研究者から、客観的事実をベースに順序立てて説明されているといった感じ。なるほどこれは日々流れていく報道だけでは掴み取れない。
特に国際政治ならば、「あの国は何を考えているのだろう」「今はこう言っているが裏に何かあるのでは」などと腹の探り合いで、誰も本当には「真意」をはかれていない。現にロシアのこの振舞いを「やりかねない」「高い確率でやるつもりだ」と予測はできていても本当に始めるかどうかは最終的には個人の「意思」で決まる。多くの人間が関わる戦闘はまさに意思と意思とのぶつかり合い、不確定要素は時間とともに増大する。100%正確な予想・予測など出来るわけがないのだ。
よく「予想が外れたじゃないか」と専門家を腐す手合いを見かけるが、
その国に対する豊富な知識をベースにあらゆる可能性を上げ、現時点で最も起こる確率が高いと考えられる事柄を示す
以上に出来ることなんてあるんだろうか。そもそも専門家並の「豊富な知識」を持っていなければ出てきた考察が妥当かどうかジャッジすることすら無理である。結果だけみて外れたじゃないかたいしたことないんだな、となんで思えるのか全然わからない。
あとがきで池内氏が述べておられた、
「多角的で柔軟な思考を基礎とし、さまざまな選択を行うことができなければ、むしろ不測の事態への対処能力を自ら切り下げることになる」
まさにコレ。予想が当たるかどうかなんか問題ではない。どれだけ事前に選択肢を考えられるかが大事であって、「たったひとつの正解」なんて危うすぎるのだ。
そしてコレ。
「ウクライナ戦争」小泉悠(2022)
まだまだ戦争は続いているけれど、ここいら辺で流れをまとめておきましょうという本。著者はこの戦争を
「第二次ロシア・ウクライナ戦争」
と呼んでいる。2014年に起きたロシアによるクリミア半島の強制「併合」と東部ドンバス地方での紛争が「第一次」であったという位置づけ。つまり今回の戦争は急に降ってわいたものではなく「先立つ文脈」が存在していた。両国の関係は9世紀まで遡り、第二次大戦、冷戦という歴史的経緯もプーチンの言説に強い影響を与えているだろう、と。
以下、自分用のまとめ。
〇2021年1月~5月
1月、バイデン政権発足
トランプの「アメリカ・ファースト」の主張はロシアにとって都合がよかった→ロシアに甘く、ウクライナに冷淡
このころロシア内政上の危機もあり(野党活動家を巡り大規模な抗議デモ)(ベラルーシ大統領選への抗議デモ)
→プーチンはこれらの市民活動を「外国の干渉」とみなしてきた。根底には「自発的な意思を持った市民への懐疑」があり、市民が個々に政治的意見を持ったり抗議運動をする背景には必ず首謀者と金で動く組織が存在するという世界観がある。
→バイデン政権が仕掛けたロシア不安定化工作と考えていた可能性
2月、バイデン政権が「クリミア強制併合を認めない」と声明を出すとともにウクライナへの軍事援助強化の方針を発表。
春、ロシアが「演習」の名目でウクライナ国境周辺に集結。(米国へのけん制、および宇への警戒・「ゼレンスキーの紛争解決はうまくいっていない」というアピール)
5月、バイデン政権が「ノルド・ストリーム2」に対する部分的な制裁緩和を発表。
6月、バイデン大統領とプーチン大統領の初対面会談。(春の「演習」時に米国が打診)
9月、バイデン大統領とゼレンスキー宇大統領の初会談。米国側は宇のNATO加盟については言及なし、ノルド・ストリーム2への制裁緩和もそのまま、宇への軍事援助追加のみ。
<プーチンとゼレンスキー>
2019年7月、ゼレンスキーからプーチンへのビデオメッセージ(欧米各国を入れた話し合いの申し出)→ロシア黙殺
8月、電話会談(捕虜交換を持ちかけたとされている)→9月に実現。対面会談も合意。
10月、ゼレンスキー「第二次ミンスク合意」(紛争解決ロードマップ)に関し、ドンバスの紛争地域の地位を決定するための住民投票を行うと発表:ウクライナ法下でロシア軍撤退後に行う・治安項目の履行優先、という意図
→ウクライナ世論「ロシアへの降伏」だと強く反発
12月、直接会談実現したものの国境線の管理についての主張は平行線。ここで対話路線は頓挫。
2021年、親露派のメドヴェチェーク弾圧。5月には国家反逆罪で起訴。
宇、「脱占領・再統合に関する国家戦略」策定、首脳級国際会議「クリミア・プラットフォーム」の8月開催の方針を発表。
〇2021年9月~2022年2月21日
9月、ロシア撤退せず
10月、米国情報機関がロシアの本格的なウクライナ侵攻の意図をバイデンに報告
11月、ウクライナ国境付近のロシア軍9万人にのぼる、さらに増加
ロシア、独仏外相にあてた書簡を突如公開
12月、米ロ外相級会談:米側「ロシアがウクライナを侵略すればインパクトの大きな経済制裁に直面するだろう」、ロ側「ロシアは戦争を望んでいないがNATOの拡大が安全を脅かしている」。
ワシントンポストにて「ロシア軍がウクライナに侵攻する可能性がある」と報道。
ロシア、米国に向けた「安全保障に関するアメリカ合衆国とロシア連邦の間の条約」案とNATOに向けた「ロシア連邦と北大西洋条約機構の間の安全保障の確保に関する措置についての協定」案を公表(米とNATOにロシアの要求の最大値を示した)。
2022年1月、ロ外交局は米国・NATO・OSCEと会合を持ち前月に提案した条約や協定案について話し合ったが、いずれも決裂。
2月、米国、ウクライナからの退避を呼びかけ。
2月19日、ロシア、戦略核部隊の大演習開始。
2月21日、ロシア、ウクライナ東部の自称「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」を正式に国家として承認(第二次ミンスク合意に基づく紛争解決を完全に放棄)。
〇2022年2月24日~7月
2月24日、戦争始まる(プーチンは特別軍事作戦と主張)。
ロシアの「ヘリボーン作戦」「斬首作戦」に対しウクライナは空港の滑走路を破壊し後続の輸送機部隊の着陸を不可能に。プーチンのプランA(短期間でゼレンスキー政権を崩壊させて傀儡政権を樹立)失敗に終わる。
<開戦から一か月の間ウクライナが持ちこたえた理由>
1)数の優勢
宇は総兵力19万6千人という旧ソ連諸国第二位の軍事力を擁し、内務省の重武装部隊・ドンバス紛争を戦ってきた国家親衛軍6万、国境警備隊4万という準軍事部隊を保有。これを合わせると30万人となる。
対するロシアは15万人、親露派武装勢力を加えても19万人。火力や機甲戦力は遥かに優勢ではある。
2)国土の広さと守りやすさ
ウの国土面積は日本の1.6倍。首都キーウの北方には湿地と森林地帯が広がり、天然の防壁として機能。ウはダムを決壊させ300以上の橋を破壊、ロが限られたルートでしか移動できないよう仕向けた。
3)欧米からの対戦車ミサイル・ジャヴェリン供与
急ごしらえの防衛部隊でも使える武器で戦果を挙げた。
4)政府と軍隊と国民が一体化した
ウの政治的目的は侵略の撃退、対抗できる軍事力もある、国民も国家と自己を同一視して多大な犠牲を払う覚悟を持った。クラウゼヴィッツいうところの「三位一体論」にピタリと嵌る。
2月28日~3月7日、三回の停戦交渉が行われるも成果なし。
3月25日、露「特別軍事作戦の第一段階概ね終了」したので「東部開放に注力する」と表明。
3月29日、トルコ・イスタンブールで4回目の停戦交渉。
4月、露が行ったブチャでの無抵抗の民間人虐殺が明るみに。5回目の停戦交渉の開催めどが立たず。
4月13日、ウが露海軍黒海艦隊の旗艦・巡洋艦モスクワを撃沈。
5月9日、露の対独戦勝記念軍事パレードでプーチン「ゼレンスキー政権は米国のパートナー」「ネオナチ」と呼び、今回の戦争は「先制的抵抗」であったと述べた→停戦の可能性はなくなって振り出しに戻る。
5月16日、マリウポリ陥落。
露の限定された地理的範囲への集中的な侵攻=プランCが軌道に乗り始める。
6月、米国より宇にHIMARS供与(4両、最も射程の短いミサイル搭載)、のちに30台に増やされる。
7月4日、「ルハンシク州の完全解放」をショイグ国防相がプーチンに報告。
宇、露の弾薬集積所・燃料集積所、橋などHIMARSで攻撃。露の弱み(兵站)を圧迫、強み(火力)を発揮させない狙い。
7月中、宇は南部へルソン州に兵力を集中。露はドンバスに展開させていた軍の再配置→主導権は宇へ
8月9日、ゼレンスキーが「クリミアを武力で奪還する」と発言。直後に半島付近で大規模攻撃が頻発、露軍はさらなる南下を余儀なくされた。
このころ宇は米国製の高速対電波源ミサイルを自国の戦闘機に搭載、露の航空優勢の維持を脅かす。
8月29日、宇軍のへルソン方面への大規模反攻→ブラフ
9月、宇は北部ハルキウ正面にて大規模攻勢、ハルキウ州内の露軍を駆逐。続いてイジュームとリマンも奪還。
9月21日、プーチン「部分的動員」の発令に踏み切る。
<新しい戦争か?>
・「特徴」(戦闘の様態)はテクノロジーによって新しくなったかもしれないが、「性質」(戦争という現象そのもの)は古い戦争からあまり変化していないようだ。
・勝敗を決する重心が「戦場の内部」にある(火力や兵力がものをいう)この戦争は「ハイブリッド戦争」ではない。
・ゼレンスキーの言動は広く国際社会の共感を呼ぶ効果があったが、ロシアの世論に対しては無力。「ハイブリッド戦争」とはある程度民主的な政体を持つ強者に弱者が対抗するための戦略であり、優勢側の体制が権威主義的であるという事態は想定されていない。
・ロシア流軍事理論「新型戦争」:「最も恥ずべき手段」(情報戦とテロ)を含めたあらゆる闘争方法を駆使すれば戦争に訴えずして敵国を崩壊させられる。標的は一般市民、特に女性、子供、老人などの弱者。
・もうひとつ「新世代戦争」:情報を中心とした非軍事手段を活用して敵国を打倒できる。その効果が発揮されるのは戦争の再初期段階(IPW)に限られる。平時から十分な軍事力や経済力を持たない中小国はこの段階で敗北する可能性高い。
・今回の戦争はどちらにも当てはまらない。プーチンが考えていたのは従来自分たちが行ってきた「周辺諸国への介入作戦」、少数精鋭の工作員で内部を骨抜きにして、電撃的な作戦で一気に制圧するというシナリオ?
・プーチンが何を考えて、どういう理由でこの戦争を始めたかは現時点で「わからない」。
<日本の課題>
核の傘の下にある日本は直接の攻撃は受けないにしても、台湾有事の際今のポーランドのような立場に置かれる可能性はある。これは核保有国からの核恫喝を受ける対象となることを意味しているので、どう立ち回るかは国民的な議論が必要である。だが現在のところ何も手をつけていない。何も検討しつくさないままなし崩しに巻き込まれる形になりかねない。
…以上、まとめ終わり…(内容はこれだけでは全然なくもっと詳しくて濃いです)
まったくもって他人事では全然ない。このところ政府もいつになく急いでる感があって真面目に怖いし。とりあえず一般人としては体力つけて健康第一、頭もよく働くように整えなくては。あと語学だな、出来るだけ(まったく自信ないが)。
それにしても小泉さん、いつものごとくお人柄が文体に出てる。チラホラみえる本音もよいし、あとがきには感動した。今後も頑張ってついていきます。
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