もう一週間なのか、まだ一週間なのか。
先週の金曜日以前の世界はすごく遠いもののような気がしている。
震災後には結構な長い期間書けなくなった。だから今あえて書く。私にはそれしか出来ることないし、きつくても前を向かねば。
永田町・自民党本部に出かけた。故・安倍元総理への献花と記帳のためである。まさか自分が、特定の政治家のためにそういった行動をするとは思わなかった。
現地のみならず都内の花屋はどこも品薄と聞いたので、近所の店で花束を作って貰った。
店員さんに、献花用で白を基調として紫を入れて、電車に乗るので花粉落ちないように、などと細々注文していたら、
「もしかして安倍さんの?」
と問われた。そうです、他にもそういうお客さんが?と聞き返したら、
「多いですね。一人で何回も(献花に)行かれる人もいらっしゃいますよ」
と。
もうこの時点で涙腺に来ていたので、酷い話ですよねご家族も辛いですよね、と通り一遍な会話をして、持ち運びに便利そうな袋を下さいと言おうとした途端。
「これ、これ持ってって!」
とビニール袋をカバンに突っ込まれた。ちょうど花束がスッポリ入る、どうみても無料ではないしっかりした袋。そもそも花束じたい、おそらくお値段以上の質と大きさ。
会計を済ませ、ありがとうございますと頭を下げるのが精いっぱいだった。
マスクを幸い、こっそり鼻をすすりつつ駅に向かう。
平日真昼間の電車は空いていて楽に座れた。ウォークマンのイヤフォンを耳に突っ込んで、Eltonの声で心を鎮める。
メトロに乗り換えれば永田町までは一本だ。割合いつも空いている路線なので座れるかと思ったら座れない。何だか妙に人が多い。
(まさか皆私と同じ目的ってことはないよね。お花持ってる人いないし)
永田町は複数の路線が入っていて、下りる人が多いのはいつものことだ。皆同じ方向に一斉に歩き出す、ということもなく、
(時間が時間だし、天気も悪いし、人出はそうでもないかも)
と思いつつ三番出口に近づくと……
アレ?
お花持ってる。あの人もこの人も。
いつの間に、どこから来た?
三番のあの狭い階段を黙々と上る人の列。
出てみて思った。この出口、普段は平日のこんな時間には殆ど人いないんじゃないかしら。
人の列は、横断歩道を渡る人、そのまま歩道沿いに進む人、二手に分かれた。横断歩道の向こうから此方へ歩いてくる人はだいたい花束を持っている。あちら側にお花屋さんがあるのかな。
雨も降っていたのですぐそこにある建物の蔭で傘を開く。ご同輩数人。
それから、立っている警官に自民党本部はどちらですかと尋ねてみた。すごく丁寧に教えていただいた。
その優しい声に、電車内で無理やり押し込んだものがまたじわじわとせり上がって来る。
歩き出したらすぐにわかった。人が途切れなく続いている。
早速門を入り待ち行列に加わる。
色んな人がいた。サラリーマン風の男性、学生らしき若者、老夫婦、ベビーカーを転がすやら抱っこ紐やらの若い親子連れ、それこそ老若男女が揃い踏みの上に国籍もさまざま。
そして、それほど大勢の人がいるのにも関わらず静かだった。
職員さんの案内に従って粛々と進む間、花束を袋から取り出した。皆がそれぞれに持っている花束がすごく綺麗だったから。少しでも長く、多くの人の目に触れたらいいと思った。
雨は強くなってきたが誰も文句ひとつ言わない。
記帳をし、献花する。
ただそれだけの単なる儀式だ。なのにとても厳粛な気持ちになった。父を亡くした時とは違うこの感じ。そこにいる誰もがまったく同じ心持ちとまではいわないが、確実に共有している何かがある。それを何と呼ぶのか私にはわからないが。
地元の花屋さんが手際よくまとめてくれた花束は、すぐに埋もれて見えなくなった。
立ち去りがたそうに暫くその場に留まる人多数。私もその一人に加わり、献花の時合わせた手をもう一度合わせる。いまだ止まない雨の中、続々と人が入って来る。
門を出る直前で、
「ありがとうございました」
そっと声をかけられまた涙。
歩道を歩けばバス停で手を合わせる人。
三番出口からは行きより更に多くの花束を持った人の列。
なんだよ。
こんなに惜しむ人がいるんじゃないか。
こんなに愛されていたんじゃないか。
なんでもっとこの気持ちを表に出さなかったんだ、私たちは。私は。
改札までの長い通路を歩きながら声を殺して泣いた。
マスメディアは寄ると触ると批判ばかりで、ネットは更に言うに及ばず。褒める人、評価する人の声はかき消されがちだった。
百パーセント完璧な人はいない。崇高な理想を持って努力してもどうにもならないことはある。足りないこともあるし、間違うこともある。政治家ならば清濁併せのむ覚悟がないと出来ないことは多いだろう。
だけど何はともあれ、長きに渡ってこの国を、先頭に立って守って来た人にはちがいないのだ。
まだ初七日。せめて静かに悼むことだけはさせてくれ、と思う。
帰宅して程なく「国葬」と決まった、というニュースを見た。ほっとしたし嬉しかったが、またきっと煩く騒がれるんだろう(というかもう大騒ぎしてる)と、ややうんざりもする。
ただ、あの場の静けさ、整然とした列、お花の美しさ、ひとりひとりの表情や立ち居振る舞いを思い起こすと堪えられる気がしている。
亡き人に恥じないように生きていきたい。
おまけ話。
葬儀当日(さすがに現地に行ける状態ではなかった)部屋で泣きながらその動画を観ていたら、ふっと線香の匂いが漂った。
窓閉めきってるのに?
一瞬たじろいだが、大方どこかの部屋からエアコンを通じて入って来たんだろう。長く住む人の多い集合住宅なので線香の匂い自体は珍しくはない。ただ時間帯としては、安倍さんの葬儀の間に焚いていた可能性は大。これもまたひとつの「共有」だったと思う。
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