おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

紅梅 一

2021年8月24日  2022年6月9日 


「ねえねえ右近ちゃん」

「なあに侍従ちゃん」

「薫くんてさー、たしかにイケメンだし魅力的~ってのはわかるけどー、何だろこの違和感。まーアタシは未来永劫推しはヒカル王子一人!って決めてるからカンケーないっちゃないんだけどさー、ごめん言っていい?薫くんマザコンなの?!」

「言うと思った。というより、もう薫くんは三宮ちゃん……母宮さまをぜーんぜん信用してないのよ。だってまだまだ若くておキレイだし二品の超お金持ちじゃん?ああやって息子が足しげく出入りするぞって宣言しなきゃ、きっと寄って来るわよ有象無象の不心得者が。今はもう身近でガッツリ守る王子も、山寺から駆けつけてくれる朱雀院さまもいないんだもの。夕霧くんもイザとなれば助けてはくれるだろうけど、普段からやらかさないよう気を配るのは一人息子の自分しかいないって思ってるわけよ薫くんは。若いのにしっかりしてる、っていうかあのお母様じゃそうならざるを得なかったよね」

「そっかー、確かに三宮ちゃん相変わらずのポヤヤンみたいだし、すーぐ誰かに騙されそう見張ってないと。不憫ねえ薫くんも」

「柏木くんもホント罪なことしてくれたわよ。あ、そうそうその柏木くんの弟ね、紅梅の君って頭の回転速いウェイ系陽キャ男子覚えてる?今、按察使大納言だって。順調に出世してメッチャ羽振りもよくて、帝のお覚えもめでたいらしい。さらにさらに、なんとあの真木柱の姫君が北の方!」

「エエー!そうなんだ。真木柱の姫君って鬚黒さんの娘さんだよね。一人だけお母さんに連れられて式部卿宮邸に移って、王子の兄弟の兵部卿宮さまと結婚したっていう……そっかーあの宮さまも亡くなられたもんね。いつの間にか再婚してたんだ」

「紅梅くんも最初の奥さんと死別なのよ。バツ一同士。長く仲が続いた上でもう誰憚ることもないからって同居に至ったらしい。お子さんもたーくさん。お互い連れ子がいて、紅梅くんの前妻腹の女子二人、真木柱ちゃんに女子一人。これで十分多いんだけど、女子ばかりじゃ何だからってことで神仏に祈ってお二人の間に男子誕生」

「へえー!すご!やっぱ多産系なんだねえ致仕大臣の一族って。それにしてもそんなに継子が入り混じってたらそれぞれの女房さん達大変なんじゃない?どっちが上とか下とかでツンケンしちゃったりさー」

「それよ、真木柱ちゃんの采配が素晴らしい。元々明るくて気立てのいい、家柄がどうとかしきたりがどうとか煩くない今時の子だから、揉め事も変に白黒つけずにサラっとおさめる、悪口やら嫌味やらいわれても穏やかに聞き流す、とにかくすべてポジティブに捉える、で家庭内はいたって平和に保たれてるって」

「さっすが。あのヒス婆……もとい、エキセントリックなお祖母様、窘めるふりで同調するお祖父様、何より急にキレ散らかすあのお母様を日々相手にしてたんだもんね……そりゃ練れるわ人生悟るわ」

「とにかく今は幸せそうで何より。娘ちゃんたち大体同じ年回りだから、次々裳着の式も終わってもうすっかりお年頃よ。七間の広くてデッカイ寝殿つくって、南面に紅梅大納言と大君(紅梅の長女)、西面に中の君(同 次女)、東面に宮の御方(真木柱の長女)って感じで住まってるって」

「宮の御方……そっか、お祖父様もお父様も親王さまだもんね。お血筋が違う」

「そう。紅梅くんにとっては継子だけど、何しろ二つの宮家から受け継いだ宝物がたっくさんあって、内々の儀式とかメチャクチャ品格高いらしい。普段使いのお道具も衣装も並じゃない、本物のセレブってやつね」

「ほおおおさすが。故兵部卿宮さまといえば、王子にしょっちゅう頼りにされてた違いの分かる風流人☆だったもんね。故式部卿宮さまも自他ともに認める雅なお方だったし。だけどそれだけ条件のいい妙齢の女子が三人って、きっと大変だよね婿選び」

「そうそう。宮仕えさせようにも、今の帝には明石中宮さまっていう誰も太刀打ちできない最強のお后さまがいらっしゃるからキツイ。王子譲りの美貌と明石の君譲りの頭脳、その上紫ちゃんに仕込まれた気立てと嗜みでしょ、どんな娘さんだって霞んじゃうわ。じゃあ春宮さまは?っていったら、夕霧右大臣のとこの長女ちゃんが既にいて、こちらも並ぶものなきご威勢。しかも父がいとこ同士なだけにやり辛いことこの上ない。でもそうも言ってられない、やっぱり出来のいい我が娘を宮仕えさせてこそ男の本懐ってやつだよね!ってことで、紅梅くんの長女ちゃんは春宮にお輿入れだって。十七だか八だかでメッチャ可愛いらしいよ」

 ピコーン♪

「えっ誰……って少納言さんに王命婦さん!」

「どこのお邸?何かゴーカね」

王「ハーイ、ただ今私たち紅梅大納言邸に来ておりまーす。期間限定・ベテラン女房の大募集があってね。二人とも合格したの」

少「ビックリしましたわ。まさか王命婦さんもいらしてるなんて。でも嬉しいです♪」

右「最近こっちに現れないと思ったら……フリーダムねえ」

王「だって暇なんですもの。私たちもう根無し草みたいなもんだし」

少「六条院にそのままいても全然いいんですけど、ちょっとお外も観たいじゃないですか、ウフフ」

侍「エーいいなあ!アタシもどっかでバイトしよっかな☆」

右「ウチは典局さんの配下でしょ。仕事あんのよ山ほど」

侍「しょぼんぬ……」

王「まあまあ、たまにはいいんじゃないの?」

少「そうですよ。私、時々二条院にも行きますから、是非今度一緒に」

侍「ヤッター!!!ヒャッホー!!!」

右「ったく、みんな侍従ちゃんには甘いんだから」

王「あら、もちろん右近ちゃんも行ってもらうわよ?もう私たちはそういうお仕事なの。典局さんから聞いてない?」

右「ええ(困惑)……特に聞いてないけど」

侍「まあいいじゃーん♪どうせ超時空だからさここ。好きに楽しくやろう!イエー♪」

王「そうそう。そんなわけで、紅梅大納言邸から語らせていただきます。まずは少納言さん、どうぞ」


 えっ私?緊張しますわ……では、触りだけ。

 世の中の評判通り、ここのお邸にお住いのお嬢様がたは三人とも、見目良し品良し性格良しの三拍子揃ってまして、まずは紅梅さまの長女・大君が春宮に入内の運びとなりました。次は次女の中の君なんですが、此方も、

「臣下にくれてやるなぞ勿体ない、匂宮さまにどうだろう?」

 とのお心積もりだとか。というのも真木柱さまとの間に産まれた若君が今十歳で、童殿上されているのですが、宮さまに殊の外気に入られているんですね。内裏辺りでお顔を合わせるたびに呼ばれては構われているそうです。利発でいらして、先行きが楽しみな感じのお可愛らしい若君なんですよ。また宮さまが、

「弟だけじゃ物足りないよって大納言に言っといて」

 なんて仰るものですから、紅梅さまは「よしよし、狙い通り」とほくそ笑んでいらっしゃる、といった具合です。

「誰かに気圧されるような宮仕えを無理にするより、あの匂宮にこそウチの大事な娘をお任せしたいね。婿として思い存分お世話できたらそれこそ寿命も延びようというもの。わが藤原家から皇后が出るという春日の神の御神託が、もし私の代で叶ったら……冷泉院の御代に中宮の位を争って負けた無念をずっと忘れずにいた亡き父も、少しは慰められるかも」

 息子として、父としてのそんな願いを込めての、大君の入内にございました。幸い、春宮さまには大変なご寵愛を受けていらっしゃると専らの評判です。

 宮中には北の方・真木柱の君がご後見として付き添っていらっしゃいます。継母にも関わらず、慣れない暮らしに戸惑う大君を、優しく細やかな気配りにてしっかり支えていらっしゃるとか。まことに見上げたお心がけに存じますこと。

 以上、少納言でした。


 ハイ、王命婦です。

 入内準備でてんやわんやだった大納言邸も、大君と真木柱の君の二人がいっぺんに抜けて一気に静かになっております。紅梅大納言もすっかり手持ち無沙汰、まして西面の中の君や東面の宮の御方は寂しくて仕方がないご様子。この連れ子同士の女子は皆すごく仲良しで、夜は一つ部屋で寝たり、色んなお稽古事やちょっとしたお遊びごとも、皇統の宮の御方を師匠とたのんで三人楽しくやってたみたい。

 ただ、この宮の御方が超のつく恥ずかしがり屋で、実母の真木柱の君にさえ滅多なことではお顔を見せないのね。大丈夫?って思うくらいの引っ込み思案なんだけれど、別に性格も悪くないし雰囲気も暗くない。気を許した相手ならすごく愛嬌もあって、誰より魅力的なのね。だからこそなさぬ仲の姉妹にも慕われてる。

 以前、紅梅大納言が真木柱の君に、

「やれ入内だ何だと、我が子ばかり心配してあれこれ準備してるみたいで何だか心苦しいね。宮の御方の将来もこうと決めたら言ってね?我が娘同様にお世話するから」

 って仰ったのね。そしたら、

「あの子は……そのような世づいたことは何も考えてらっしゃらないご様子なので、なまじなご結婚はかえって負担になるかもしれません。運命に任せて、わたくしが生きている限りは面倒を見ます。後に残すのは心配ですが、出家するという道もございますし、何にし人から笑われたり軽くみられるようなことがないように生きていけたらと」

 涙ぐみつつ、宮の御方がどれだけ申し分ない子かも力説されたのね。紅梅大納言にしても、今まで我が子と分け隔てなく対応してきたものの、

「宮の御方の顔も姿も、私は全然知らないんだけど……どんな子なんだろうか。何とかチラっとでも見えないかな」

 なんて気になっちゃって、周りをウロウロしてみるけど全然、一切隙が無い。

「母君がいない間は、何かあれば私が代わりにこの東面に馳せ参じますが、こんなに水臭く距離を開けられるのは辛いですね」

 ぼやきつつ御簾の前に陣取った紅梅大納言の耳に、ようやく微かーにお返事が聞こえて来た。その声も気配もとてつもなく品が良いやら愛らしいやらで、

(ああ、これはきっと美人。間違いない。我が娘たちだって決して他人に劣らないと自負してたけど、この子には勝てないかも……ホント、世の中って広くてイヤになっちゃうね。二人といない!って思っても、上には上がいるもんだ)

 って思ってらっしゃるのがバレバレの顔つきをなさってた。ちょこっと距離が縮まったものだから俄然興味が沸いちゃったのね。もう五十過ぎのお爺さんだし元々淡白な人だから、北の方のお留守に何かしようって気はないだろうけど、舞い上がって語り始めちゃった。

「この数か月何かと慌ただしくて、琴の音すら聴かなくなって久しいね。西面にいる中の君は琵琶を熱心に練習しているようだけど、貴女ほど上達できるかどうか。生半可な腕ではとても聞けたものではない楽器ですからな。出来れば念には念を入れて教えてやってください。この爺は取り立てて習った楽器はないが、まだ若い盛りだった頃に合奏ばかりしていたお蔭か、演奏の良し悪しはどんな楽器でもそれなりに区別することが出来ます。貴女は中々気軽には弾いてくださらないが、時々聴かせていただいた琵琶の音はまこと、昔を思い出しますな」

 こうなるともう止まらないわね。

「亡きヒカル院のご伝授としては、夕霧右大臣が残っていらっしゃる。薫中納言、匂兵部卿宮のお二人は、何事につけても昔の人に劣らず、前世からの宿縁も並ではない方々だが、特に音楽の方面は熱心でいらっしゃる。貴女の琵琶、お手さばきがやや弱い撥音は右大臣に及ばないと思いますが、音色は大変よく似ておられますね。琵琶は絃をいかに正確に押さえるかがポイントで、柱をさす間に撥音が変化して艶な響きを醸し出しますのが、女性の弾き手に特有の面白さでしょう。ああ、久しぶりに合奏でもしたいものだ。女房達、楽器をこれへ」

 命じられましたので、私たち女房がわらわら前に出てお持ちいたしました。年かさのベテランばかりですので特に顔や姿を隠したりはしません。ただ、身分が高く年若い女房でみだりに男性の前には出ないと決めている者は動かず、見えない所で畏まっています。

「何と、女房たちですら私を他人行儀に扱うとは。面白くないな」

 少々ムっとされていた紅梅大納言でした。

 そうはいっても、こういう周囲の嗜み、品格を保つことこそが宮の御方のハイクラースを明確に表すものでもございますからね。致し方のないことです。

<紅梅 二 につづく

参考HP「源氏物語の世界」他

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