おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

匂兵部卿 一

2021年8月5日  2022年6月9日 


「ねえねえ右近ちゃん」

「なあに侍従ちゃん。って結局変わんないのね。皆さーんここから『宇治十帖』ですからねー。お間違えなきよう。って誰も聞いてないか」

「あーあ、もうヒカル王子いないのねん……やる気なくすわー」

「まあまあ、そう言わず。桃でもいかが?」

「王命婦さん!いらっしゃーい♪うひゃー、美味しそうな桃!切って来まーす♪」

「なんもかわってない(笑)えっと、何年後の設定なんだっけ。約十年後?

「薫くんが十四歳だからそんなもんね」

「いやーちょっとさー、ここで原文そのまんま持ち出すのってどうかと思うけどあえて出しておきたいわ。この段に入っていきなりコレ。

『光隠れたまひにし後、かの御影に立ちつぎたまふべき人、そこらの御末々にありがたかりけり』

 つまり王子が亡くなってから、子孫の中に王子を継ぐほどの人材は全然いないって言い切っちゃってる。侍従ちゃんには聞かせられないわね」

「いや、むしろファン的にはいい流れなんじゃない?推し以上の人がそうそういちゃ困るってかんじで」

「なるほど……深いわ」

侍「お待たせー♪何の話?」

右「別に。わあ、美味しそう!早速いただきましょ」

侍「ふわあ何コレ!味濃い!甘い!」

右「ほんと超美味しい……え、大丈夫?すっごい高いんじゃないのコレ」

王「福島のブランド桃だけど定期購入してるからちょっとお買い得なのよ。いつもこの時期お取り寄せなの。気に入って貰えてよかったわ」

侍「幸せー♪」

右「心身ともに沁みるわあ。ホントありがとね♪」

 しばしお茶タイム。

侍「で、十年後の今どうなったの?まさかヒカル王子以上のイケメン登場!ナウでヤングなイケてるラブラブストーリー♪とかじゃないわよね?」

右「(王命婦さんすごい)いやいや、王子の輝きには遠く及ばないけど、今一番の若手ステキイケメンはやっぱり薫くんと匂宮くんよね!くらいの話よ」

侍「……誰?!」

王「女三の宮さまが産んだ若君が薫くんね。明石中宮さまが産んだ三番目の宮、六条院に預けられてヒカル院と紫ちゃんが可愛がってた子が匂宮くん。元服してから兵部卿を名のってるわね」

右「二人とも途轍もない名家の御曹司だから、お品はいいし顔立ちも整ってるし頭も悪くないけど、他人より飛び抜けてるかっていうとそこまでは……親の七光りとまではいわずともご威光効果は確実にあるわね」

王「イメージの力って大きいものね。あの!ヒカル院の最後の子!ヒカル院が特に可愛がってた孫宮!ってなればさ」

侍「さすがは王子!死してなおこの影響力エッヘン!って、薫くんは血繋がってないじゃん柏木くんの子じゃん」

右「それは言わない約束よ侍従ちゃん」

王「まあぶっちゃけ顔が一番似てるのは冷泉院さまよね」

右「もっと言わない約束じゃないの王命婦さん」

王「あらーだってご兄弟だもの当たり前じゃなーい。もう譲位されて久しいし畏れ多すぎて誰も持ち出さないのよね。夕霧くんは顔立ちこそ似てるんだけど、何しろ性格が真逆に近い。お歳を召されてからは余計に遠ざかったような気が」

右「夕霧くんって右大臣だっけ。出世したわねえ。さすが手堅い男」

侍「えっと今六条院ってじゃあ誰がいるの?薫くんだけ?」

右「明石中宮さまの一の姫宮さまが、もと紫ちゃんが住んでた春の町・東の対に住んでるわよ。なるべく何も変えないでそのまんまにしてるらしい。寝殿は、二の宮さまが実家っぽく使ってる。夕霧くんとこの次女ちゃんと結婚してるのよね」

侍「へーえ確かに手堅い!二の宮さまって次期春宮候補ナンバーワンだもんね」

右「その上、夕霧くんの長女ちゃんは春宮妃よ。押しも押されぬ華麗なる一族」

王「それに対して三の宮――匂兵部卿宮さまは気楽な三男ポジションてやつかしら。昔から見目も愛想もいいもんだから、父帝や母宮さまが溺愛してて内裏にもちゃんと部屋があるのに、本人は二条院が気楽ってそっちに居っぱなし」

右「ああ、紫ちゃんに此処に住んでね、桜と梅をお供えしてねって遺言されてたもんね」

侍「やめてえまた涙が……ちゃんと約束守っててエライじゃん匂宮くん!」

王「それはそうなんだけどね……夕霧くんとこの六の君を妻にって話があって、中宮さまも乗り気で勧めてるのに、本人が自分で決めたい!っていって聞かないんだって」

右「えっ、六の君って凄い評判いいよね。美人で賢いお嬢様で、引くほど縁談あるって聞くよ?」

侍「ああ何かそういうとこ何か王子っぽい。意識してマネしてんのかなー。人に勧められる結婚なんて真っ平!俺は俺の心に従う!みたいな?」

王「若者によくある自分探し的なアレかしらね。夕霧くんは例によって、無理には勧めない、だけど言われたら断らないってスタイル」

右「なんも変わってない(笑)とかなんとか言ってるうちに他にかっさらわれそう。まあ、お子さん多いから大して気にしてないか」

王「夕霧くんが一番心配してるのはやっぱり六条院なのよ。花散里の御方さまは二条東院を遺贈されてそっちに移ったし、三宮ちゃん……入道の宮さまは朱雀院さまから相続した三条宮に住まわれてる。明石中宮さまは相変わらずなかなか里下がり出来なくて、いっとき急に人が減って寂しくなったのよ院内が。そしたら

『誰かが丹精こめて造り上げた邸が無残に打ち棄てられて、跡形も無く荒廃してしまうのは昔からよくある話ではあるけど、本当に辛いことだし人の世の儚さを思い知らされる。せめて私が生きている限りはこの六条院を荒らすことなく、周辺の大路も人の姿が絶えないようにしたい』

 って言って、あの落葉の宮さまを夏の町に住まわせることにしたのよね。三条邸の雲居雁ちゃんと此方、キッチリ十五日ずつ半々に通ってるらしい」

右「えっそうなんだ。律儀だわね。そこまで杓子定規にしなくてもと思うけど夕霧くんらしいわ。王子の奥方たちは全員、義母とみなしてきっちり面倒みてるっていうし」

王「ホントいうと、紫ちゃんが未だに忘れられないんだと思うわよ。もし紫ちゃんが生きてたらこうしてお世話しようって気持ちで、他の人たちにも接してる。そこは夕霧くんの美点よね。義理堅い上に自分の気持ちにも忠実」

侍「紫ちゃん……ぐすん。王子以上の男もいないけど紫ちゃん以上の女も中々いないよね」

右「そうね、まさに唯一無二よ。今から考えると、二条院だって六条院だってただ紫ちゃん一人のために造って磨き上げたのよねえ……凄い話」

王「その紫ちゃんには子供は生まれず、明石の君が産んで紫ちゃんが育てた娘が中宮となり、その子供たちが家を守る。どちらが欠けても今は無い、と」

右「明石の君って未だにバリバリ現役で、宮さま付きの女房やってんのよね。都会から来たイケメンに孕まされて出産した田舎の箱入り娘のサクセスストーリーやばいわ」

侍「ちょっとおー!孕まされたとかヤメテー!一応恋愛よ恋愛!大堰の山荘じゃ超ラブラブだったじゃん!」

王「まあ明石入道の壮大な妄想、いや構想がまずあって、そこに男所帯で寂しかったヒカル王子が引っ張り込まれた体だもんね。それにしても明石の君は大したお人よ。ハイクラスハイレベル揃いの六条院でもひけをとらないその教養とセンスをここ一番でさり気なくアピールしつつ、常に一歩下がった謙虚さも忘れず、紫ちゃんから推される形で宮仕えデビュー、そこで如何なく才能を発揮して限りなく中枢に近いポジション確保だもの。運だけじゃなかなかここまでいかない。超絶有能ハイキャリアね」

右「王命婦さんにここまで言われるって本物だわ。半端ないわね」

侍「はーーー、でもやっぱり寂しいなあ……王子も紫ちゃんもいない世界なんてつまんなーい」

王「と、世の中の大半が思ってる状態で始まるわけよ、宇治十帖は」

右「はなっから嵐の予感てことね」

参考HP「源氏物語の世界」他

<匂兵部卿 二 につづく

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