横笛 一
琥珀糖 紫陽花:越之雪大和屋本舗 |
「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「なんかこう……色々ありすぎて疲れちゃったわーん(ゴローン)」
「そうねー、ヒカル王子の四十賀からこっち、女楽やら紫ちゃんの急病やら三宮ちゃんのアレコレやら、とどめに柏木くんの病死だもんね。若菜上からの怒涛の展開、キッツイわあ」
「ああ、柏木くんももう一周忌なんだね(しみじみ)。王子も夕霧くんもメッチャお供えやらお布施やら大盤振る舞いしたんだって。さっすがセレブ」
「ヒカル院は法要のお布施に黄金百両出したらしいわよ」
「エエヤバっ!って王命婦さん!いらっしゃーい♪」
「ささ、どうぞ入って」
例によってお茶入れてきまーす、と侍従去る。
「王子、そんなに出したの?」
「そうよ、ドドーンと。ご両親とも感激しちゃってね、大号泣」
「侍従ちゃんがいない間に言うけど、やっぱり罪悪感ってやつ?だって王子のせいでもあるわよね柏木くんの病気。自業自得っちゃそうなんだけどさ」
「うーん、ヒカル院自身は自分が悪いとは一ミリも思ってなさそう。親友の息子で昔から可愛がってたし、若手の有能官人かつ風雅を解する逸材だったから、憎しみやら何やらは忘れて素直に惜しんでる感じじゃない?」
「ああーそうね。考えてみれば何もしてないわ王子。干すどころか自分から呼んでるもんね。知ってるぞって匂わせたわけでもないし」
「柏木くんは自分の罪悪感に潰されたのよ。睨まれたとかさ、まあヒカル院にも多少はコイツめって思いあってのあのイジリだったろうけど、罵詈雑言って内容でもないし、だいいち目で人は殺せない。あくまで柏木くん自身の問題なのよ」
「お待たせー♪このお干菓子?凄い素敵ー♪アジサイっぽくて」
「そうなのよ、綺麗でしょ。琥珀糖ってやつね」
「オッシャレー♪早速いっただきまーす♪」
しばしお茶タイム。
侍「うーんおいひーい。やさしい甘さ♪さっすが王命婦さんセレクト」
王「ありがと。実はこれ貰いものなの。セレクトは多分夕霧くん」
侍「エエー!どゆこと?」
王「夕霧くんが女二の宮さまのところに贈ったお供物のおすそ分け。昔からの知り合いが一条宮邸にいてね。山ほど来たらしいわ」
右「出たわね王命婦ネットワーク。相変わらず半端ない。そっか、センスいいわね夕霧くん。並々ならぬ気合が感じられる」
侍「あやしーい。いくら亡き大親友の奥さんっていったって、ちょっとやりすぎじゃなーい?」
右「メッチャ頻繁に出入りしてるみたいだもんね。王子ならとっくに手出してるところだわ」
侍「ちょっとおー!最近は全然そういうのないもん王子!って、やっぱ夕霧くん、その気なの?!えっそれっていいの?道義的には」
王「別にいいっちゃいいんじゃない?ただ雲居雁ちゃんには辛いわね。なんたって相手は内親王さまだし、正妻の座がピンチ」
侍「それってどこの王子と三宮ちゃん……ダメダメ!やめときなさい!夕霧くんにはそういうのムリっしょ!」
右「侍従ちゃん、自分の息子じゃないんだから(笑)しかしあそこのお母さまも内親王が結婚すること自体よく思ってないみたいだし、ややこしそう。かといってあのまま、親族でもないのにマメに通い続けるだけっていうのもヘンな気もする」
王「二の宮さまもまだお若いし、新しい幸せを考えてもいいと思うけどね私は。夕霧くんお手並み拝見てとこね」
侍「嵐の予感……ってまだ終わらないけど言っちゃう☆」
右「ところで、この間朱雀院さまから三宮ちゃんあてに竹の子と自然薯が届いてさ」
侍「へー、春の味覚う!朱雀院さまからしたら三宮ちゃんは出家するわ二の宮さまは夫に先立たれるわで心配が絶えないよねー」
右「そのお手紙がさ、また含みがあって。
『春の野山が霞む中、ただ貴女のため深い心をこめて掘り出させたものです。少しですが―――。
世を捨てて入られた仏道、私よりは遅いですが
同じ浄土を貴女も目指してください
とても難しいことですけどね』」
侍「え?別にフツーじゃない?如何にもお坊さんが言いそうな感じ」
王「っていう体にしておいて、やっぱりヒカル院が見ることも計算してるわね」
右「でしょでしょ!」
侍「どゆことー?!教えてー!」
王「霞んで見えない野山は多分、三宮ちゃんの周囲。そちらの状況はわからないけど、私は貴女の事を第一に思ってますからね!辛いことも多いだろうけど頑張ってね!みたいな?」
右「そうそう。ぶっちゃけ王子に対する牽制よね。ちゃんとしろよ?って。実際王子も見たのよ全部。
『もう今日か明日かの心地がしますが、なかなか対面もかないませんね』
とかなんとかつらつら書いてある上のお歌だからさ、刺さる刺さる。真顔になってたわ」
王「今日か明日かって言いつつ結構長生きされてるわよね、喜ばしいことだけど。三宮ちゃん、お返事は何て書かれたの?」
右「書き損じを王子が拾って見てたんだけど、
『辛いことばかりの此の世とは違うところに行きたい
わたくしも山に入りとうございます』
って相変わらずのご筆跡でね。王子呆れて、
『いやちょっと、こんなお返事したら余計に心配なさるでしょ……この六条院がそんなにイヤ?悲しいなあ』
なんて軽めに言ってたけど結構凹んでた」
王「はー、さすがね(溜息)。コッチはヒカル院が見ること全然想定してないそのまんまのお気持ち炸裂か。素直っちゃ素直だけど、ねえ」
侍「羨ましい……いつでもアタシが替わってあげるのにいいい!」
右「実際、メチャクチャ疎遠ってわけでもないけど親密でもない、最低限のお扱いってやつだからね。まあ出家したんだし仕方ないけど、王子の方はまだ未練あるっぽいのよね、何やかんや見た目が若くてカワイイし頼りなげだから」
王「いやヒカル院凄いわよ。あれ程コケにされてまだそれって。単に女に弱いのか、器が広いっていったほうがいいのか」
侍「もちろん器がデカイのよ巨大なのよ!!!そして男女ともに超絶優しいのっ!!!」
右「ハイハイわかったわかった。侍従ちゃんの一途さもスゴイと思う。でさ、若君よ。三宮ちゃんの産んだ子ね。この子がまたメッチャ可愛い盛りでね。その時も、お昼寝から起きて来て、王子の裾にまとわりつくわけ」
王「一歳過ぎたんだっけ。ヨチヨチ歩きくらい?そのくらいの幼児ってホント、破壊的な可愛さよね」
右「そうなの!今もう暑いからさ、うっすい上衣一枚だけなんだけど、寝てるうちにえらいことになってゼーンブ背中側にかたまっちゃうみたいな。言ってることわかるかしら」
侍「わかるー!ちっちゃい子ってそうだよね!浴衣とか着せるとさー、後ろから見るとフツーだけど前から見たらほぼ帯とオムツだけじゃん!ってなるなる!」
右「それがさあ、色白でお肌つるんつるんで、なおかつ体つきがシュっとしてて美しいのよ。髪の毛も何ていうのかな、真っ黒じゃなく青みがかった黒っていうの?露草で染めたみたいな微妙なニュアンスの色」
王「へえ、何か素敵。今度こっそり覗いてみようかしら。顔はやっぱり似てるの?柏木くんに」
右「どうだろう……切れ長の目とか口元は似てるっちゃ似てる気がするけど、そこまであからさまにそっくりってわけじゃないと思う。三宮ちゃんにはあんまり似てないかな。でもね、そこはかとなく品があって華やいだ感じがするの。王子と親子っていっても全然遜色ない、今のところは」
侍「そうなんだ!それもしかしてもしかしなくても、実のおとーさんよりイケメンってことじゃない?!あっ言っちゃった☆」
右「侍従ちゃんたら、私が遠慮して言わなかったことをそんなにハッキリ。そうなのよ、正直柏木くんよりずっといい感じなわけ。だから王子も冷たくするどころかメロメロよもう。朱雀院さまから贈ってこられた箱とか色々いじって、ほら小さい子だから何でも口に持って行くじゃない?竹の子を手に持ってかじったりしてたのよね。そしたら王子が、
『これこれお行儀の悪い。あーあーダメだよそのまんまじゃ。これ、誰かその竹の子隠してやって。食い意地が張った若君ですわね~なんて口の悪い女房達に言われちゃうよ?』
なんて言いつつ若君抱っこして目細めちゃっててね、
『この子の目元、ホントいいね。このくらいの幼い子ってあんまり見てなくて、今まではただ単に小さいなーって感想しかなかったけど、この子は違う。今からこんなじゃ成長したら大変だぞ?内親王もいらっしゃる中にこんな子が生まれてくるなんて、お互い厄介なことが起こりそう……残念ながら私はこの子たちが大人になるまで見届けられそうにないけどね。花の盛りは生きてこそ、だ』」
侍「えっとー……王子、親バカ?」
王「侍従ちゃんてば。ファンの鑑ね」
右「王命婦さんダメよ甘やかしちゃ。侍従ちゃんこれ、三宮ちゃんへの嫌味だからね?まーたやらかすんじゃなーい?ご両親みたいにさ!的な」
侍「アーアーキコエナーイ!!」
右「……ま、いっか別に(処置無し)」
王「でも、王子のイケズは今に始まったことじゃなくて元々だし、ファンなら承知でしょ。その上でファンなんだものね侍従ちゃんは。三宮ちゃんは意図せずして、そういう隠された本音とか本性とか引き出しちゃう特殊能力持ちなのよ」
侍「何それどこのライトノベル……」
右「聞いてんじゃないのちゃんと。まあでも、若君のことはホントに可愛がってるわよ。とにかくいっつもご機嫌で人見知りもしないしかーわいいからさ。まーた竹の子持ってヨダレダラダラ流しながらカミカミしてるのを、
『これはまた変わった色好みだな』
なーんてまたまた目細めてデレっデレよ。
『嫌なことは忘れられないが
この子は捨てがたく思えるものよ』
とか詠みつつ、何気に竹の子を取り上げたんだけど、若君怒りもぐずりもせずニッコニコでハイハイしまくるわけ。そりゃあもう皆で猫可愛がり状態」
王「子供には何も罪ないものね。ましてそれだけ可愛い子じゃ」
右「まさに子はかすがいってやつよね。王子も、
(この子が生まれるためにあの……思いもかけない事件が起こったのかな。避けられない宿命だったってことか)
って、まあもう仕方ないかって思い直したりもしてるみたいだけど、完全に割り切れてるわけでもないのよね。
(してみると私の宿世ってやつも大したことないんだな。大勢の妻たちの中でも、この宮だけは身分も家柄も不足なし、見目の良さも申し分ないっていうのに、尼になんかなっちゃってさ……やっぱりあの過ちは許し難いよ。ホント残念すぎ)
やっぱり三宮ちゃんへの怒りは収まらないみたい」
王「柏木くんはもういないし、矛先はそこしかないものね。スルーしようにも子供は可愛いし、朱雀院さまからは定期的に釘を刺されるしでヒカル院も辛いところよね」
侍「やっぱ王子優しい!だってさー、普通の男だったらまずあの手紙見つけた時点で激オコ、妻問い詰めて間男呼び出して社会的に制裁!ってかんじじゃないの?たまに嫌味言われるくらいじゃ絶対済まないよ。下手すりゃ家追い出されるんじゃなーい?」
右「優しいっていうか、コントロールが効いてる感はあるわね確かに。朱雀院さまの手前もあって表ざたには出来なかったっていうのを割り引いても。基本見捨てないもんね」
王「面白いわね。それ考えるとやっぱり朱雀院さまがヒカル院に強引に押し付けたのって正解なんじゃない?例えば柏木くんが妻にしてたとして、あんな感じで余所の男ともし過ち犯しちゃったらどうなるか……」
右「若くて繊細な分、反動も大きそうよね。それこそただじゃ済まない気がする。刃傷沙汰になったりして」
侍「ほらー!!!王子やっぱり凄い人!なんだよ!さっすがはこのアタシのいち推し王子!えっへん!」
右・王「ハイハイ」
参考HP「源氏物語の世界」他
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