若菜下 十八
「王命婦さん、少納言さん、侍従ちゃん、グラスの用意はよろしいでしょうかー?」
「はい」「はいっ!」「イエー♪」
「本日は皆さま、右近宅にようこそ!狭い一般家庭で恐縮ですが、ただ今より第五回平安女子会を開催いたします。乾杯の音頭はわたくし右近が取らせていただきます、よろしくどうぞ。
皆さん、『蛍』での第四回から実に十数年の月日を過し(いやここは時空超越ワールドですけれども)ほんっとうーに色々とお疲れさまでした!とても一言では言い尽くせませんが、まずはこれですね!これしかない!
紫ちゃんの全快を祝ってーーーーー!乾杯!」
「乾杯!!!」
一斉にグラスを干し、大拍手。
侍「うわー久しぶりの女子会ーたーのしー♪少納言さん、おっつかれさまー!(どぼぼぼ)」
少「ありがとうございます、ハイご返杯(どぼぼぼ)」
右「最初から飛ばすわねえ……私はもうノンアルでいくわ。さあさ、おつまみもどんどん食べてね。大したものはないけど」
王「いや凄いわよ、これだけの品数を出せるなんて。全部手作りよね?手羽先の甘辛揚げ美味しいわーいくらでもいけちゃう」
右「まあ私一人で作ったわけじゃないけどね(笑)兄も参加したがってたけど断固拒否して、手伝いだけやらせたわ」
少「この茄子の煮びたし、絶品ですわ……(うっとり)」
侍「ハーイ、お注ぎしますようー♪」
ピコーン♪
右「あら?王命婦さんタブレット持ってきてたんだ。誰?」
こんにちわあーーー!!!ご無沙汰してまっす!!!二条宮は朧月夜の君のいちの女房・中納言でーっす!!!」
侍「耳が、耳があああ!声大きスギイ!」
右「な、何事?どうしてここに繋がって」
王「あっごめんね右近ちゃん。言い忘れてた。中納言ちゃんがどうしても皆さんにお伝えしたいことがあるからって、リモート参加頼まれたのよ。ちょっとだけお話聞いてあげて」
右「アッハイ」
侍「エー何ー?また悩み事ー?……って、中納言ちゃんその頭!!!」
あっわかっちゃいましたー?
出家したてのホヤッホヤでーす♪いやーこの髪形、ラクですね!王命婦さんの仰る通りでした!メッチャいいですわコレ!軽いし洗いやすいしすぐ乾くし!
右「出家……ってことは朧月夜の君が遂に?」
そうなんです!元々朱雀院さまの御出家からずっとお考えではあったんですけどー、ヒカル院には散々反対されて引き留められちゃっててー。
ただ紫上が倒れられて以来、碌に交流なかったですからね。ご回復されたって風の便りで聞いたけど、此方には何の音沙汰もなくて。だからもういいかなーって。
あっ紫上は大丈夫なんですよね?
少「はい、お蔭様でもうすっかりお元気にしていらっしゃいます。……あの、この間ヒカルさまが其方にお手紙を?」
ハイ。私に黙って先に出家しちゃうなんてズルイ!的な(笑)。それまですっかりお見限りだった癖にね、なーんて。紫上お元気なんですね!よかった、それだけ気になってて。
で、ですね。ヒカル院のお手紙がこんなで。
「海人(尼)となられたことをよそ事に聞き流せましょうか
私が須磨で藻塩垂れ(涙にくれ)ていたのは誰のせいだと?
さまざまな世の無常を思いつつも未だ現世に留まって、貴女にも先を越されてしまったとは残念です。私のことはお見捨てになられても、せめて回向の数には入れていただけるものと頼りにしております」
云々かんぬんと、かなりくどくど書かれてましたね。
右「ハイハイいつもの、離れてく人には未練タラタラのアレね」
侍「右近ちゃんたらキビチイー!」
少「ハアなるほど……それであのお返事なわけですね」
少納言さん流石です。そうなんです、朧月夜の君のお返事がこちら。
「無常の世とはわたくしだけが知っているとばかり思っていましたので、先を越された、などとは驚きですわね。
海人(尼)舟にどうして後れを取るなどと……
明石の浦にて海人のような生活をしていらした貴方が
回向は一切衆生のためのものですから、勿論貴方ももれなく入っておりますことよ」
侍「こっちもキビチイー!」
右「王子って明石じゃ海人どころか、明石の君と結婚して子供まで作っちゃってたんだもんね(笑)何心にも無いことを、貴方はまだまだでしょ!的な最後の一刺しってやつ?」
少「そのお手紙、紫上にもご覧に入れてらっしゃいましたわよヒカルさま。青鈍色の紙を樒(しきみ)の枝に挟んであって、それはまあ仏道に励まれる方なら普通の事なんですけど、とにかくその手蹟が素晴らしいのなんのって。コッソリ見るつもりがつい見とれちゃいましたわ」
王「樒か……毒があるのよねアレ。ウィットが効いてる。流石だわね」
あざーす!
ああ、コレですよコレ、この反応……私が求めていたご意見ですっ!
いや、正直言うと結構未練タラタラではあったんですよ朧月夜の君も。だからこそお知らせしないで一気に髪を下ろされた。で、予想通りのこのお手紙でしょ。心揺らぎますわよねー出家したからっていきなり女じゃなくなるわけじゃないですもん。これぞ青春!熱愛!ってかんじじゃないですかーヒカル院との恋は。
だからこのお返事も、朧月夜の君・渾身の一筆!超超、気合入れて書かれてました。
少「ええ、ええ、素敵でしたわ。ヒカル院もいたく感心されて、
『ああーしてやられたね。完敗。全くやんなっちゃうね。色々と心細い現世をよくも過しているもんだ私も。普通の世間話でもちょいちょいやり取りできて、四季折々のあわれを捉え、情趣をも見逃さない、色恋を離れた付き合いの相手は、朝顔の前斎院とこの方しかもういない。なのに出家しちゃったなんて。前斎院は前斎院で、勤行三昧に精進しておられると聞くし、寂しいね』
などと仰っておられました」
あらまあ、あの前斎院さまと同列に語られるとは畏れ多いことでございますわ!「色恋を離れた」なんてシレっと仰ってますけど、まあ紫上の手前そう言うしかないですもんねーハイハイ。
あっ、いっけなーい☆大事なこと忘れてた!
少納言さん、六条院から朧月夜の君へ贈ってくださった袈裟や法衣や屏風、几帳、敷物その他お道具一揃い、どれもこれもすっごくすっごく素敵でした!!!ちゃんと法衣としての形式は押さえてるのに、如何にもな堅苦しさはなくて、ひたすらオッシャレー&センス抜群で!朧月夜の君も凄く喜んでらっしゃいました。準備するの大変だったでしょ?感謝です!
少「いえいえ、私の手柄では……すべてはヒカルさま、そして紫上の采配ですから。あと夏の御殿の、花散里の御方さまですね。こと縫物にかけてはあの方の右に出る者はおりません。お道具類はヒカル院が内裏付きの職人さんに命じて作らせたみたいです。気に入っていただけて何よりですわ」
あっざーす!!!
はーこれで全部、言わなきゃいけないことは言った、かなー?女子会のところ大変お邪魔いたしましたあ!皆さんと久々にお話しできて楽しかったでーす!
それでは、また!
プツッ。
右「皆さんと、っていうかさあ……」
王「ほとんど一人で喋ってたわね(笑)尼削ぎ姿似合ってたわ。朧月夜の君もさぞお美しいでしょうね」
侍「さーて、じゃまたお注ぎしま……エッ!もう無い?!」
黙ってグラスを空ける少納言。
右「しょ、少納言さんまさか」
王「いつもの流れね。何かあるなら吐き出すのよ?」
侍「お酒持って来まーす!」
少「ああ……大丈夫です。さっきの話、続きがあるんですが中納言さんには言うわけにいかなくて、待ってたらつい」
右「まあ少納言さんも大概ザルだからいっか。ささ、遠慮なく語るのよ!」
はい……いつもいつもすみません。
ヒカルさま、例によって例のごとく、まーた問題発言ですよ。
「大勢の女性を見て来たけど、やっぱり思慮深くて尚且つ心惹かれる点において、朝顔の前斎院はダントツだったね。女の子を育てるってホント、難しいよ」
これ、裏を返せば朧月夜の君はチャラくて落としやすかったって言ってるようなものですよね。自分から言い寄って、恋愛関係に引き込んでおきながらこの言い草。
右「たしかにこりゃ中納言ちゃんには言えない箇所だわね……」
王「普通にどっちにも失礼な気がするわ。紫ちゃんも困るわよねえこの話題」
そうなんですよ……で、例によってまた話がズレまして。
「だいたい宿世ってものは目に見えないものだから、親の力なんて及ばないよね。ただ生まれてから大人になるまではしっかりみてやらないといけない。その点私は娘が少なくて良かったと思うよ。若いうちは、物足りないな~もう少し女子が多くいたらよかったのにって寂しい気持ちになることも多々あったけどね」
知らんがなって感じですよね!全く。
「孫たち、とくに内親王は気をつけて育ててね。明石女御は入内も早かったし、ご寵愛がめでた過ぎておちおち宿下がりも出来ないでいる。そりゃありがたいことなんだけど、親としては何とも心許ない。女子は誰にも後ろ指さされずのんびり暮らしていけるように、万全な教育をつけてやりたいね。普通の身分の娘なら大抵は夫に任せればいいんだけど、内親王は独身のままの人も多いから」
「わたくしになど、充分に満足いくご養育が出来るかどうかわかりませんが……此の世に生き永らえている限りは精一杯お世話して差し上げたく存じます。どうなることやらですけれども」
どうなんですかねえ。回復されたとはいえ一時は危なかった紫上ですのに、そんな重要な役割を丸投げって。
出家といえば、紫上も心底望んでおられますからね?形ばかりじゃなく本気の出家。朧月夜の君には最近まで焼けぼっくいに火がついた元カノとして悩まされ、今またこの件でも先を越され、で中々に複雑な思いでいらっしゃるんですよね……。
語り終えて溜息をつく少納言。
右「おまけに法衣制作の差配までさせられてね。いや、きっと快く請け負ったんだろうけど、何だかな」
王「平安貴族の女性の仕事っちゃそうだし、紫上の立場としてはやらざるを得ないものね。そもそもお好きなことでもあるだろうけど、もう以前のようなお体じゃないんだし無理させないようにしないと」
少「そうなんです、本当それ……ヒカルさまはその辺無頓着なんですよね。現実を直視したくないんでしょうけど」
侍「ハーイ、皆さんお注ぎしますよー♪」
右「私はソフトドリンクね!そういや、朱雀院さまの五十賀ってどうなったんだっけ。ずっと延期しっぱなしじゃない?」
王「八月は夕霧くんの母君・葵上の忌月だし、九月は朱雀院さまの母君・大后さまが崩御された月だから十月以降?」
少「ああ、それなんですけど実際十月を予定していたんですよ。ですが女三の宮さまのつわりが酷いのでまたまた延期で。先に、女二の宮さまが朱雀御所に参上されたそうです。舅にあたる致仕大臣さま、まだ太政大臣さまですね、あの方の全面バックアップにより大変に盛大な賀宴だったらしく、二条院でも専らの話題でしたわ」
右「未だにヒカル王子をライバル視してるもんねあの方。ここぞとばかりに超気合入れまくったんでしょう。あれ、柏木くんも参加?」
少「柏木衛門督さまは大臣の長子にして女二の宮さまの夫ですから勿論です。ただやはり体調がすぐれないようでしたね。儀式や宴には何とか出席したものの、終わったらまた寝込んでしまわれたとか」
右「病は気から、の実例みたいなかんじだわね」
少「女三の宮さまも、体調不良はつわりのせいだけじゃなさそうですね……お気持ちも晴れる間がなく、欝々と沈んでおられるようです。盛大に祈祷もされてますけど、まあ、ね……」
侍「しつもーん!あの二人の不倫、いわゆる密通?って、ぶっちゃけどのくらいの罪なのー?王子みたいに自分から須磨に逃げないとー的な感じ?」
右「それはないんじゃない?あの時は大后さまが反対勢力抱え込んで王子に謀反の意あり!って騒いでたからね。さすがに今回そういうこじつけは無理だし、王子もそこまで追いつめるつもりないと思う。ただ、心情的にはキツいだろうねお互いに」
王「ヒカル院本人に手紙を見られちゃったっていうのは痛いわね。しかも妊娠しちゃってるってさ。どうにも誤魔化しようがない」
侍「そっかー。いやさ、何なら柏木くん、王子に潔くごめんなさい!して三宮ちゃんをお腹の赤子ごと引き取るって道もあるのかな、なーんて。後先考えたらそれが一番なんじゃん?」
右「全部表ざたにするってこと?」
侍「いやそれだと大騒ぎになっちゃうから、王子がそろそろ出家するからとか何とか理由つけてさ。元々柏木くんが望んでたことでもあるし、三宮ちゃんまだ若いんだし、選択肢としてはアリじゃないの?」
王「朱雀院さまは絶対納得しないでしょうね」
少「そうですね……ヒカルさまが身重の宮さまを目下の者に押し付ける、みたいな図になってしまいますし。それと……そもそも女三の宮さまは柏木さまのことをまるで愛しておられないですから、うまくいくとは思えません」
侍「うおっとお、少納言さんのブッチャケ来たー!そっかー、ダメか……しょぼん。何か可哀想だよねえ二人とも。若気の至りっちゃそうだもん」
右「まあアレよ、絶対に手引きしちゃいけなかったのよ。隙を作っちゃいけなかった。なんだろなーあのお部屋のあのユルさ。小侍従ちゃんだけが悪いとも思えない。考えれば考えるほどありえないわ」
王「ワザとそういう女房を集めた……」
王命婦がグラスを片手に呟く。
王「あの宮さまの御様子じゃ、しっかりした女房をつければつけるほど粗が目立つ。如何にも危なっかしい、ゆるふわな雰囲気で、任せるに足る女房もいないからこそ、ヒカル院も細かく面倒をみざるをえない。他の女君にさく時間が少しでも減ればそれでよかった。六条院内の均衡が少しでも崩れれば、それで」
一同固唾をのむ。
王「ただ、思惑通りにはいかなかった。ヒカル院は相当にうまくやった。というより、紫上の人徳が想像以上だった。六条院には嵐どころか、皆を優しく包むそよ風が吹くだけ。まあそれはそれでいい、女三の宮もそれで穏やかに暮らせるならば」
侍従、空いたグラスに注ぎまくる。
王「しかし誰があの院で最上位の女かは示しておかねばならない。それで位階も二位を与えるよう取り計らって、今上帝という強力なバックの存在も見せつけた。紫上にもし何かあればその時こそ……宮の天下となるように。しかしここでも誤算があった。いざ紫上が危篤となると、ヒカル院は度を失い、他のことは全てお留守になった。紫上が亡くなりでもしたら即座に出家する勢いで。ヒカル院の愛情はただ紫上一人にあった、諸々のしがらみも位階も何も関係なく」
少納言、青い顔で身じろぎもしない。
王「男女とも主を欠いた六条院がどういうことになるか。あの宮一人をいつまでも心にかけていた父にはわかる。あの、心弱く幼い宮。周りにはふわふわと頼りない女房達ばかり。何が起こるか……何が起きたか、宮の父であり、ヒカル院の兄である彼には察しがついただろう。紫上の回復後、宮の妊娠が発覚した後のヒカル院の対応。なるほど……これはこれで、目的は達成されたのかもしれない。秋好中宮、朧月夜と望んだ女をことごとく奪われた私の心、すこしはおわかりになっただろうか?まあわが娘は……貴方が望んだわけではなかったけどね」
右「ひっ……」
侍「えっちょっとまってヤバ!コワイんだけど!」
王「……なーんてね。ちょっと典局さんの真似してみたわ。あまりうまくないわね」
右「な、なーんだ。創作?ビックリさせないでよ、余りに真に迫っててドキドキしちゃったわ」
少「……侍従さん、申し訳ありませんがお代わりを」
侍「アッハイ!気が付きませんで!(何杯目?)」
右「少納言さん目が座っ……」
王「しっ、話を聞くのよ!」
もはや誰も酔えなくなった女子会はまだまだ続く。
参考HP「源氏物語の世界」他
にほんブログ村
コメント
コメントを投稿