乙女 二
「なあに侍従ちゃん」
「あのさあ……結局この朝顔の人って、ヒカル王子のこと好きなの嫌いなのどっち?」
「私に聞かれても。まあ、嫌いではないんじゃないの別に。結婚に至るまでの色々が面倒っていうのが本音でしょ。プライド高そうだし、昔から噂があったけどやっと落ちたのか、いいお歳だもんねなんて世間に好き勝手言われるのも我慢ならないとか?」
「えー、別にいいじゃんねーそんなの。どうせ何やったって言う人は言うんだし。あのマメ男の王子に諦められちゃうとかどんだけ頑固なの……替われるもんならアタシが替わりたいわ!そりゃ立派なお邸だけどお年寄りの宮さまと後は女房たちしかいない寂れた場所で、何を楽しみに暮らすのかな?普通に暇だよね。それに寂しくないのかなあ女として。あーああ勿体ない!」
「斎宮になった時点でそういう人生は見えてたのよね。帝の譲位か崩御か、もしくは親族の不幸、本人の病気とか無いと退下できないから、タイミングによっては婚期逃しかねない。ていうか、高確率で逃す。だから、誰も娘を出したくなくて中々後任が決まらないんだよね。ある意味、こういう性格の方ならまあ適任っちゃ適任だったんだろうけど」
「そっかー。じゃあ梅壺の女御さまはよっぽどうまくいった感じなのねー。あの方もまるきり箱入りの生真面目女子だから、入内せず年取ったら朝顔の人みたいになりそうだもんね。あまりにも純粋培養すぎるのも考えものだわ」
「斎宮の間は恋はご法度だからね。神の花嫁だもの。よほど男親がタイミングよく縁談を用意して、退下したら即エイって有無を言わさずってやらないと無理なのかも。平安時代だと、内親王さまって基本皇族としか結婚できないって決まりもあったし、そもそもパイが少ない。いつもながらハイスペック女子も大変」
「そうだ、考えてみれば女五の宮さまも未婚なのね。むむ……ていうか、アタシたちの周りって皆未婚……スペック関係なく」
「少納言さんは少なくとも一度はしてるわよ。せっちゃんも。乳母でお子さんいるんだもの。王命婦さんとか典局さんは別格のトップキャリアだしね」
「ヤッバ!アタシたちってヤバくない?!」
「何を今更。何もヤバくないわよ。男に縛られない自由な平安女房ライフを堪能してんのよ私たちは。だいたい平安時代って、ずっと同じ男と継続っていう方が少数派じゃん」
「イエー♪って、確かにそうだ……次の話ってまさにそういうやつね」
「そこまでいくのにちょっと色々あるけどね」
「面白そうな話してるわね」
「あっ王命婦さん!いらっしゃーい♪」
「侍従ちゃん、今日はあんまり時間ないからお茶は無しで。……ちょっと奥で、いい?」
「もちろん。ささ、どうぞどうぞ」
いつもの密談場所に落ち着く三人。
「手短にいくわね。ヒカル内大臣の息子さん、あ、大殿のほうね。今度元服なさったんだけど、どうも大学寮に行かれるらしい」
「えっ。それはまた珍しいわね」
「大学寮?ナニソレ??」
「まあ平安女子にはまったくカンケーないもんね。式部省直轄の官吏養成機関なんだけど、身分低いけど優秀な人の登竜門みたいな感じ。今じゃ上級貴族はまず行かない」
「そう。そもそもいいとこのお坊ちゃん方たちは家庭教師的なのつけて家で勉強するし、親の力で初手から高位で宮仕えだからね、特に必要ないっちゃないのよ。なのにさ、何と内大臣は息子ちゃんを六位スタートにして、大学寮試を受けさせるつもりらしい」
「六位?!マジで?!」
「え、ちょっと待って。あの息子ちゃん童殿上してたじゃん。六位って、殿上に上がれなくなっちゃうじゃん。いわゆる地下人ってやつよ?内大臣の御子息だっていうのに。ヤバ!」
「そうなのよ。だからお祖母さま、大殿の大宮さまが怒っちゃっててね。何で?って」
「いやホントまた何で?臣下身分とはいえ、大臣の息子なんだから最低でも五位スタートじゃないの?他はみんなそうでしょ」
「そういうのがダメだ、たまたまいい家に産まれたからといって当たり前と思っちゃイカン!ちゃんと苦しい思いをして勉強して、自分で勝ち取れ!的な感じらしい」
「えええ……でもさ、今まで一緒に童殿上してた余所の息子さんたちはそのまま殿上人になるわけでしょ。自分だけ六位で、いきなり貴族ですらない感じになるって、さすがにキツくない?」
「キツイわよー。何しろ服の色すら違うもんね。浅葱色の六位服」
「うわあ……参内拒否しちゃいそう」
「そうなのよ。可哀想じゃないのいくらなんでも、って内裏の女房さんたちの間でも持ち切り」
「なんだろ、自分は何不自由なく育って超ワガママで自己中で、ダメな辺りにも手出しちゃってしなくていい苦労したから、そうならないためにってこと?わからなくもないけど随分と勝手な話だわね」
「右近ちゃん手厳しい(笑)全面同意だけど。まだまだ内大臣は上に行きそうだからね、世間の批判封じって意味もあるのかもしれない。自分の子は七光りじゃなく実力!って堂々と言うための」
「なっるほどー。やっぱり王子ねん、カッコイイ!」
「ほんっと侍従ちゃんてば王子に甘い、甘すぎ」
「相変わらずの二人で嬉しいわ。あとそれとは別に、というか少し繋がるのかもしれないけど、またひと騒動ありそうよ内裏も、って予言しとく。というわけで、今日はこの辺で!じゃあね」
手を振りつつ去っていく王命婦を見送る二人。
「王命婦さん、すっかり元気になってよかった。やっぱりああして忙しく働いてる方が一番イキイキするわよね。私も目標にしようっと!」
「アタシはあれほどテキパキ系ムリだからー、のんびりゆったりテキトーに生きる!」
「えっ結婚は?」
「えっ右近ちゃんこそ!」
それは置いといても、嵐の予感。
参考HP「源氏物語の世界」他
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