おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

明石 三 ~オフィスにて~

2020年5月28日  2022年6月9日 
「ねえねえ侍従ちゃん!」
「なあに右近ちゃん、珍しいねそんな慌てて」
「ちょっとこっち来て」
 部屋の奥に引っこむ。
「兄から手紙が来たんだけどさ。……王子、明石に移ったらしいよ。元播磨守の、出家した人のお邸に呼ばれて」
「エっ?! マジで? 須磨のお邸は?もしかしてこの間の嵐でどうかなった?」
「渡殿に雷が落ちて焼けちゃったみたい。建物は無事だったけど、王子クラスの人が住める状態じゃないんだって。明石の方はすごい豪邸で、王子一行は完全お客様扱いで超もてなされてるらしい」
「明石の、元播磨守……で出家した人?何か聞いた事あるような無いような……」
「明石の入道って言われてて、妙齢の娘さんがいるんだけど地元の男になんてやらない!大願があるから!って感じの人らしい。『若紫』の冒頭でちょっと出てた話ね」
「思い出した!『諸国ぶらり旅ばなし』ね、娘さんに言い寄ろうとしたけど父親にブロックされて玉砕ってやつ」
「そうそうそれそれ。まあつまり、王子にターゲットオン!したってことよね。わざわざ舟で迎えを寄越したくらいだもの」
「えええ……マジか。そりゃ王子みたいな超絶優良物件来たらよっしゃ絶対ゲットー!ってなるよね親御さんからしたら。あーああー羨ましい!アタシも早いうちに押しかければワンチャン……」
 御簾がふっと揺れた。
「速いわねえ情報が。さすがは典局さんの配下だわ」
「あっ王命婦さん!」「またいいタイミングで現れるわね。てかもはや顔パス状態ねここじゃ」
「ふふ。嵐で滞ってたお手紙やらなんやら、ここ数日でまとめて届いたものね。ほぼ例の報告と同じタイミングで入道の宮さまにもお返事が来たわ。九死に一生を得ました的な内容だったけど、あながち誇張でもなかったみたいね」
「そういえば、少納言さんのところにも来たって言ってた!二条院から出た使者さん、紫上宛のながーい手紙と、ご褒美やらお土産やら山と抱えて帰ってきたって!」
「京も相当凄かったものね。屋根飛ばされてた家も結構あるし、内裏も北側はまだ水が抜けてない」
「その内裏だけど、上つ方はちょっと不穏よ?
「えっ」「どういうこと?」
「今、仕事らしい仕事ってある?」
「えっと、典局さんからはこの際だからお部屋の大掃除と文書整理しといてって……嵐でお籠り状態の時から継続してるけど」
「そもそも典局さん、殆どここにいないわね。どこかに呼ばれっぱなし」
 辺りをそっと見回す王命婦。さらに声をひそめる。
「実はね、ご病気なのよ。朱雀帝が」
「えええ?」
「何で?特にコロナも何も流行ってないよね?何の病気?」
「呪い」
「ひっ」
「……って噂。まだごく内々だけど、じわじわ来てる」
「どういうこと?何の呪い?」
「嵐の最後の日、十三日かな。一番雨風が酷かった夜、帝の夢に故桐壺院が現れたらしい。凄い怖いお顔で御前の階段下に立ってたんだって。それ以来、帝の目がどうもおかしい、見えにくい……もしや、夢で睨まれた目と目が合ったからではないか?」
「それはまたオカルトチックな……」
「王子の件で怒ってらっしゃるのでは……って帝は思われて、大后さまにもそう話したけど、
『あれ程酷く雨など降り、空が荒れる夜は、思い込んでいることが夢に現れるもの。軽々しく驚いたり怖がったりするものではありません』
なんてけんもほろろ」
「うわ、さすが本家イタコ技!クリソツう」
「まああの方ならそう言うわよねえ」
「そうはいっても、具合の悪いのは本当だから物忌して、加持祈祷も内裏と大后の宮でしょっちゅうやってるみたい。だけど今のところはかばかしい効果はなし」
「えっやばい。マジで呪いなんじゃないの?!」
「って思うわよね。それがいけないのよね、帝は繊細な方だから。大后さまの言ってることの方が正論、気の持ちようで本当に病気になることってあるからね。でも一旦そうなっちゃったら正論じゃ治せない。帝が本当の所何を望んでるかだわね」
「えっ右近ちゃんちょっと待って?帝って元々王子大好きだよね。じゃあ、ワンチャン王子が赦されるってことアリ?」
「お二人ともさすがだわ。ええ、まさにそういう目が出て来た。ただ大后さまは許さないでしょうね」
「ああ……途端にすべてのフラグがへし折れる感……」
「わかる。あの方がいる限り無理っぽい」
「ともかくも要チェックよ、内裏の動向には。あの嵐以来、明らかに運の向きが変わった気がする」
「確かに。王子、今すごい充実してるみたいだもんね明石で」
「明石入道はね、王子のお母様といとこ同士でお家柄が良いのよ。六十歳くらいで、年齢なりの衰えもあるし頑固なところもあるけど、日々勤行三昧で節制してるから見た目シュっとしてて清潔感ある上に、品格もあって頭も切れる。王子相手にみっちり講義できるくらい故事に詳しいらしい」
「それはすごい。王子だってかなりのレベルの知識人でしょ。それが対等どころか教えを請う相手って京にもそうそういないんじゃないの?」
あああ!もうダメ!王子、外堀埋められてる感ある。ハイクラースな一族、ハイセンスな居住空間、ハイレベルな知的環境に加え、こんな田舎にこんなイイ女が! 的な要素まで揃いぶみって、もう落ちてるも同然じゃないのコレ」
「侍従ちゃん、慧眼ね。今のところ家は海辺と山とで別にしてるらしいけど、まあ時間の問題よね。あからさまにグイグイ売り込んだりはせず、娘の先行きが心配(チラッ)って事あるごとに愚痴ってるそうよ」
「情報を小出しにすることでいっそう王子の好奇心を煽るわけね。年の功ともいうべき高等テクニック、さすがだわ。ファンになっちゃいそう」
「右近ちゃんたらホントおじさん好きなんだから。ていうか完全お爺さんじゃんこのヒト」
「ほっといて☆」

閑話休題。
 さあ面白くなってまいりました、ヒカル大逆転の巻がここから……の前にちょっと反省をば。
 ヒカルの側近、良清朝臣についてです。
 惟光に次ぐ昔からの忠臣にも関わらず、これまで殆ど名前の出てこなかった良清。「若紫」で明石入道の娘に言い寄って振られる話をした家来であったということが「須磨」でようやく明らかになります。しかも私、すっかり勘違いをしてました……「若紫」時には蔵人だった良清、自身が「播磨守」という役職に就けるはずもありません。「播磨守」は良清の父であり、赴任先に同行したということです。よくみたら「播磨守の子」という記述ありましたわ……すみませんすみません。臥してお詫び申し上げます。
 平安時代の常として、本名を明らかにすることは滅多になく、官職名や出身地・赴任先の地名などで呼んでいました。なのでこの時点で良清も「播磨」をつけて呼ばれていたという可能性はなきにしもあらず……と苦しい言い訳。ええい、紛らわしいわ平安の呼称のバカバカ(やつあたり)。
 ここでいう「守」はいわゆる「国司」ですが、これは通常「中流貴族」の仕事で、一定の任期を勤めあげると都に戻ります。ところが明石の入道は「上流」であったにも関わらず国司を志願、しかも都に戻らず赴任先に居を置いた。代々の国司の間では異色であり別格、その立ち位置をあくまで堅持していました。高リスク低リターンの宮仕えレースにははじめから参加せず、地方に引っ込み千載一遇のチャンスを待つ。良清さんには酷な話ですが、最初から狙いはヒカルだったのだと思います。


参考HP「源氏物語の世界」他
<明石 四につづく  
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