「セーラー服と機関銃」「Wの悲劇」

 
薬師丸ひろ子さん二連発。どちらも角川映画。

「セーラー服と機関銃」相米慎二(1981)
「Wの悲劇」澤井信一郎(1984)

 どちらも昔観たのだが、全然印象が違う。特に「セーラー服」の方は破天荒さに驚いた。なんだこのストーリー(笑)それこそ「若おかみ」どころじゃない。女子高生がある日突然ヤクザ組長になるという荒唐無稽な設定はともかくとして(後のごくせんにも繋がる流れの源泉なのだろうが)、どうみても普通の女の子の薬師丸ひろ子がとにかく危なっかしくみえてしょうがない。自分が親目線になったからなのかもしれないが、手放しで話に乗れなくてちょっと寂しい気分になった。メチャクチャ面白い!ひろ子ちゃん信じられないくらいカワイイ!と思って観ていた若い私はどこにいっちゃったんだろうか。実験作ともいうべきこの映画の「若さ」に反応していたんだろうか。あの頃に戻りたいとは全然思わないけど、ただただ不思議な気持ちになる。
 それに対し「W」は格段に落ち着いてる感。劇中劇という凝った構造のせいか枠組みが明確でとらえやすい。相変わらずひろ子さんは危なっかしいけど、盤石のストーリー構成と展開、それと何より三田佳子さんの安定感よ!役柄のまんま大女優の風格漂う演技で、それこそ画面に出て来るだけで目がいってしまう。この人がいるからこそ、ハタチのひろ子さんの「若さ」「危なっかしさ」がくっきり浮き彫りになって、映画という世界の中で永久保存される形に出来たわけで、本当に役者というのは凄いものだなと思った。一方で、三田さんが、役者は芝居をやるためには何でもする!皆そうだったでしょ!と演説するくだりは、昨今の炎上騒ぎを思い出して何ともいえない気分になった。そうよねえ、芝居は元来高尚な文化というものではなく、常に金の問題から離れられない、泥臭く意地汚く、業が深いものなのよねえ(三田さん口調で)。
 あと世良公則のカッコよさにも驚いた。スタイルが良い。立ち姿とか所作、声も。ひろ子さんの衣装もいちいち可愛い。もちろん昭和なテイストだけど、逆に今だと新鮮かも。

 どちらの映画も、とにかくひろ子さんの「生々しさ」に改めて気づいた感。そりゃ顔も体型も一般人よりは全然可愛いんだが、女優としてみれば「別の生き物?」と思う程ではない。逆にここまで生々しい「普通」を演じて、撮る方もその「普通」を生のまま撮って、観る人にもガッツリ印象付けるような女優さんって中々いないんじゃないの?いわゆるベテラン俳優・女優と組ませたくなる気持ちもわかる。明らかに際立つんだもの。
そしてその「普通」を持ったまま、押しも押されぬ大女優に成長を遂げた現在。「Wの悲劇」のラストシーンはまんま彼女の分岐点だったんじゃないだろうか。

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