おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

賢木 二 ~オフィスにて&閑話休題。~

2019年12月10日  2022年6月8日 
「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「えっとーこれってさあ……」
「ああ、お泊りしたみたいよ。中将のおもとさん曰く」
「そ、そんなあっさり(泣)。ていうかおもとさんと話したの?!いつの間に」
「ううん、私も又聞きなのよ。直接の関係者はもう京にはいないしさ。
 何でもあそこの女房さん達揃って王子のキラキラ☆オーラに当てられちゃって、
『何で、こんな素晴らしい方とお別れしなくてはいけないんですか御方さまはっ!』
 って大騒ぎだったんだって」
「そらそうなるわ……わかる、わかりみがふかい」
「でもさあヒカル王子は多分、というか絶対、百%より戻す気はないわけじゃない?単に、超スペック高い元カノが物理的に手の届かない所に自ら去っていく、っていうシチュエーションが悔しくて何か勿体ない気がするだけでしょ」
「右近ちゃんたら王子には厳しーい。でもわかる、常陸宮の姫君にだってあそこまで情熱かけて言い寄って、夢が醒めた後も面倒みてるヒトだもんね。まして六条の御方さまなんて超絶無理めの美女だもの、俺様を忘れるなんて許さねえ!絶対に忘れさせないぜ!みたいな?キャー!他人事ながらドキドキするう!」
「いやー御方さまにしちゃいい迷惑よ、必死で未練を断ち切って逃げようとしてるのに強引に再燃させられちゃってさ。しかもそれを野々宮っていう神域で、女房さん達以外にもバレバレって辛くない?まあどの程度イチャコラしてたのかはわかんないけど」
「えー別にいいじゃーん。だってもう二度と逢えないかもしれないんだしさ、神様だって許してくれるよ。最後のひと夜、燃やし尽くす……!って泣けるわーそれも相手がヒカル王子だよ?!夢のよう……(うっとり)」
「何か演歌っぽくない?(笑)まあ王子は良くも悪くも王子だから、その後も旅装束とかお道具とか贈って来たらしいよ、女房さんたちの分まで」
「へー流石セレブ!」
「だけど六条の御方さまは至ってクールに、最低限の礼儀だけ踏まえた塩対応で済ませたんだって。娘ちゃんの手前もあるし。
 ここだけの話、娘ちゃんはあんまり王子のこと良く思ってないみたいでね。伊勢への下向が遅れに遅れた原因がそこだってわかってんのよね」
「新しい斎宮さまって十四歳だっけ?潔癖なお年頃よねー」
「十六日に出立だったじゃない?その時野々宮に王子が斎宮さま宛の歌を木綿につけて寄越したらしいのよ。
『鳴る神でさえ思いあう仲は裂かないと言いますものを
 大八州を守りあそばす国つ神も心あらば
 尽きせぬ思いがありながら別れねばならない理由をお教えください
どんなに考えられても割り切れない気がすると思いますよ』
 そしたら、超絶忙しい中なのに速攻で返事が来たんだって。もちろん書いたのは女別当(斎宮付きの女官)だけどコレよ、
『国つ神が天にお二人の仲を問うたなら
 あなたの中身のない言葉をまず糺されるのではないですか?』」
「うわお!オブラート無しの直球ストレート来た!」
「いやもうぐうの音が出ないとはこのことよね。尽きせぬ思いが~とかいいながら、実際王子は見送りに出なかったわけだしさ。見物の車が多かったから人目に立ちすぎて色々面倒だったんだろうけど、まあアレよね、第一は振られた女にみっともなく縋りついてる的な絵面になるのが嫌だったんだろうね見栄っ張りだから」
「右近ちゃんたらほんっと王子嫌いよね。全面同意だけど」
「同意するんかい(笑)それでね、桂川でお祓いしてから内裏に入って儀式って流れだったんだけど、六条御方さまにとっては思い出の場所よ。大臣の娘として大事に育てられて、十六歳で入内、二十歳で夫の春宮に死に別れ、今三十歳で再びの宮中、しかも斎宮になった娘の付き添い。涙こそ零さなかったけど、感無量……ってお顔をしてたって」
「経歴だけ聞くと、平安女子としては理想に近い形の人生を送ってるように見えるけど、普通に大変だよね。良くも悪くも常に注目されちゃうし、そらメンヘラチックにもなるわ。今回の付き添いも前例が無いってことで結構叩かれちゃってたんでしょ?」
「何か変わったことやると無責任に文句付ける輩って必ずいるからね。でも、だからって娘を一人で送り出して京に残ること考えてみたら、そっちの方が無理よね。ヒカル大将の次の北の方になれるほどのスペックなのに、このままいくと単なる棄てられた元カノポジションだよ。体裁悪いなんてもんじゃない。王子だって完全に悪者になるしお互いに辛い。
 それに対して伊勢に行くっていうのは期間限定の出家みたいなもんだから、一旦リセットするには絶好の機会よ。前例破りは「自分自身の意思の強さ」のより強烈なアピールにもなるし。王子にとっても御方さまにとっても、両方の立場がこれ以上傷つかない最良の選択だったと思うわ」
「はー、ハイスペック過ぎるのも考えものね……フツーのOLで良かったアタシ」
「斎宮さまもお母さま譲りで相当可愛らしい方みたいだから、朱雀帝も気に入ってるみたい。もちろんヒカル王子も見逃さないわよね、鼻っ柱の強い賢い女子は元々嫌いじゃないし」
「またまた嵐の予感……」
「懲りないわよね……」

 閑話休題。
 詰め詰めの「葵」を終えてなだれ込んだ「賢木」、ここに来て明らかに書き方が変わってきているのを感じます。まず、どういう人なのかあまり語られなかった六条御息所というキャラクターが俄然生き生きと形を成して来ている。生霊として内面をえぐったことで、作者自身にも明確にその姿が見えてきたのではないでしょうか。身分も教養も容姿もハイレベル、自他共に認めるこだわりの趣味人でもある。そのぶん抑圧も強く、一旦タガが外れるとコントロール出来なくなる脆さも抱えている。ただ基本的には理詰めで冷静な判断が出来る人ではあるので、最終的にはベストの選択をする……この人物造形が、この章最後の以下のやりとりによく表れています。
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(伊勢に向かう車の行列が二条院近くを通った際、ヒカルが榊の枝に挿して渡した)
「私を振りすてて今日は旅立たれるが、鈴鹿川を
 渡る時に八十瀬の波に袖が濡れるのではないでしょうか」
 辺りはもう暗く慌ただしい折だったので、翌日逢坂の関の向こうから返事が来た。
「鈴鹿川の八十瀬の波に袖が濡れるか濡れないか
 伊勢に行ってまで誰が思い起こしてくださるでしょうか」
 言葉少なに書いているが、筆跡はいかにも風雅で優美だったので
「これでもう少し情愛深さがあれば」
 と思う。
 霧が深くたちこめて常ならぬ様の明け方に、ぼんやりと独り言をいうヒカル。
「あの方の行った方向を眺めていようこの秋は
 霧よ、逢坂山を隠さないでくれ」
 西の対にも渡らず、誰のせいというのでもなく物寂しそうにぼんやり過していた。まして旅の空にある一行は、どんなにか思う所が多かったことか。
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 実の無い言葉と十四歳の斎宮が喝破したと同様、この時点で六条御息所は全くヒカルの言葉を信じていないことがよくわかります。
 ご自分の邸の近くを通ったから少し気にしているだけで、鈴鹿川を越えて伊勢に着く頃にはどうせ私のことなんて忘れるでしょう?
 まさにその通り真実を言い当てているので、ヒカルにも若干刺さります。だから「もう少し情愛深さがあれば」なんて言い方をしている。ヒカルが送った「情愛深い言葉」は、見事にその甘ったるい嘘をはぎ取られて中身のみ戻って来た、情愛が無いと感じたならばそれは元々自分自身がそうなのだ、ということに気づいていない。
 作者のメタな感想は以前からさりげなく出て来ていましたが、ここに来てかなりあからさまに強い口調で書いています。最後の一文がまさにそれ。ヒカルという「非の打ち所のない男」の問題点がどこにあるのか、六条御息所というこれまた「非の打ち所のない女」への言動を通してくっきり明示されたというところでしょう。

参考HP「源氏物語の世界
<賢木 三につづく>
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