おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

葵 十八(第二回平安女子会&閑話休題)

2019年9月19日  2022年6月8日 
亥の子餅by和菓子舗・金沢さかくら
さて翌朝。私も今初めて気づいた振りをしつつ、これ見よがしに箱をお下げしたのですけれど、お皿は何処で調達したのか花足の逸品でしたし、お餅の形も盛り方もセンスが光る、今ならインスタ映えしそうなスタイリッシュで小粋な和モダンビジュアルでございました。流石は惟光さま、プロデューサーの高い要求に応えるばかりか期待以上の結果を出す敏腕ディレクター的な、そんな素晴らしい三日夜の餅だったのです。

「よくわかんないけど何か凄そう(笑)」「そういうのって王子の得意分野よね。観たかったわ」「あーああーあ、うーらーやーましい!」

 それを目にした瞬間、私は心を決めました。今から私は女優になるのだと。
 皆の前で目を潤ませ、感極まったようにこう呟きました。
 何から何まで行き届いていて、非の打ち所がありませんわ。ここまで若紫の姫のためにお心をかけていただくなんて……ご結婚の儀式をこんなに正式に、きちんとしてくだすって……勿体ないことでございます、ヒカルさまは誠に素晴らしい殿方で姫はこの上なくお幸せです、と。締めに涙をひと筋スーっと流すことも忘れませんでした。
 姫君にも親代わりである私にも、事前に何の根回しもお話も無かった……などということは間違っても気取らせてはなりません。あくまで自然な流れでこうなった、実は納得の上でした、とここに宣言したのです。

(一同、大拍手)

 ありがとうございます。
 ただ、姫君は相変わらず目も合わさずの口も聞かずでした。ヒカルさまはそれを咎めるどころか逆に、
 可愛い……! ほっとけない……!
 と思われたらしく、ますますお構いになられ、お仕事で内裏や桐壺院のもとへお出かけになる以外はずっと二条院におられました。他の女君の方々には適当にお手紙のみ、
色々あって世の中が嫌になってる。そういう気持ちが収まったらまたお逢いするかも」
 などと手前勝手な言い訳をなさっていたとか。

「うわあ……さすが俺様王子大炸裂。ていうか喪中だっていうのにお盛んよね。まあ夕顔の巻でもそうだったけどさ」
「それはそれこれはこれ。そうじゃないとモテ男なんてやってられないのよ、うん」
「侍従ちゃん甘いわ甘すぎるわ。イケメン無罪も極まれりね」

 私からヒカルさまに直に何かを申し上げたことは無いのですが、ある日通りすがりに、如何にも今思い出したかのように呼び止められこう言われました。
「あ、そうそう。若紫ちゃんの裳着の式についてなんだけど」
「はい、年内のなるべく早いうちにと準備をすすめておりますが」
「だよね。いつもちゃんとしてて感謝してるよ。で、あれなんだけど、この際姫の父君にもお知らせしようと思うんだ」
「兵部卿宮さまにでございますか」
「うん。流石にこうなったら世間にも知れるだろうし、その前に父君にはご報告すべきかなと思って」
「ああ、それは是非に。きっとお喜びになられるでしょう、ずっとご心配されてらしたと思いますし」
「だよね。だから、ちょっと気合入れてやるよ?よろしく頼むね」
 ヒカルさまはにっこりして、私の肩をぽん、と叩いて立ち去っていかれました。

えっ?!まだ裳着(=女子の成人式的な儀式)やってなかったの?なのにご結婚しちゃったってこと?流石にやばない?」
「葵祭の時に髪削ぎしてたわよね。歌のやり取りもしたみたいだし。あれを裳着の前準備と考えれば、まあ一応は一人前の女性扱いはしてたと……うーんでも苦しいわね、結婚と同時としても、相当異例という他ない」
「自分で色々仕切ってやりたいのかな。常識を覆すッ!他人のやらないことをやってのける俺カコイイッ!みたいな。そもそも若紫ちゃんをさらうって時点でもう異常だけどさ」

 はい。正直申しまして、順番は思いっきりグダグダです。若紫の姫君は絵物語などお好きで沢山読んでらしたので、普通と違う状況であることはよくわかっておいででした。
「今まで疑いもせず、万事頼り切ってお兄様お兄様と纏わりついていた私は、本当に浅はかだったわ……」
 どれほど悔やんでも時間は戻せませんし、起こったことも無かったことには出来ません。だからこそ辛く、苦しく、やりきれない気持ちに身を焼かれているというのに、ヒカルさまの方は全く意に介しておりません。というより、方向が明後日でした。以前とすっかり変わってしまった姫君を、ますますいじらしく愛しい存在として大事にしようと、細やかに心を砕かれていらっしゃいました。
 裳着の式は大々的とは言わないまでも贅を尽くし、厳かな中にも華やかに行われました。その後でさえ、ヒカルさまが笑わせようと冗談を言っても無視、顔も合わせようとなさらない姫君を、
「今までずっと愛してきた、これからもずっと愛し続けていく気持ちは変わらないよ。もう少し打ち解けてくれると嬉しいなあ……」
 などと空気を読まず、心折れることもなく日々宥めすかし口説き続けるヒカルさまの根気よさにはつくづく驚かされています。そんなこんなで年も改まり、今に至った次第です。
 皆さま、こんなに長々と、拙い自分語りをお聞かせしてしまいすみませんでした。お蔭様で随分気持ちが晴れました、ありがとうございました。

「少納言さん、ほんっとうにお疲れさま……しっかし王子、根気の使い所間違ってるよね」
「それよ右近ちゃん。普通に、喪が明けたらお嫁さんになってくれる?てひと言あればよかった話よね。半年、いや一か月、数日でもいいから待って心の準備させてれば、こんなにこじれることもなかったと思うわよ」
「えー、もう何でもいいじゃんヒカル王子が夫なんだからさあ。生活安泰だし何より超絶イケメンかつ有能よ?ヒカル王子ほど頼りがいのある男なんて他にいないよ、ぶっちゃけ」
「侍従ちゃんてば……珍しく酔ってるわね」
「いえいえ、私も同じ考えですよ。姫君にもそれとなくお話はしました。兵部卿宮さまと交流が再開したからといって、姫君には頼ることのできるご実家もご親族もございません。どうあろうと二条院にこのまま住まい続けるしかないんです。私とて同じ。娘ともども、一蓮托生なんです。だから……」
「少々のことは堪えるしかない、生きていくために。そう思ってらっしゃるのよね」
 王命婦の言葉に頷く少納言。
「ちっとも少々じゃないけどね。まあ、舐めくさってるのよね王子は。若紫ちゃんや少納言さんだけじゃない、自分以外のほぼすべての人を」
 少納言は目を見開き、更に大きく頷くと、酒瓶を取り皆のグラスを満たした。王命婦は一口で飲み干し、溜息まじりに言った。
「言うつもりなかったけど、この際ぶっちゃけちゃうわ。例の朧月夜の君、まだまだヒカル王子に御執心みたいよ」
「マジで! 弘徽殿のお方の妹さんよね? 春宮、じゃなかった朱雀帝のお気にの」
「そう。でね、王子の元の北の方、亡くなられた葵上さまは左大臣の娘さんでしょ? 右大臣としてはチャンスよ。朧月の君は普通に、王子の北の方の後釜に収まればいいんでない?ヒカル王子の名声ごとこっちに貰っちゃえばいいじゃん!何か問題が?て感じ」
「いや大ありでしょ。弘徽殿の辺りに」
「そう。あの方が絶対に認めない。どうあっても、ヒカル王子に頭を下げる事態だけは厭!なもんだから、妹さんにはとにかくガッツリ宮仕えをさせる方向で動いてるみたい。おそらく朱雀帝周りの凄くいいポジションにつくはず」
怖っ。そんな強引なことするとまた色々ありそうだわ……」
「ヒカルさまは今の所、寝ても覚めても若紫の姫、いやもう『紫の上』とお呼びすべきですわね。新妻に夢中のようですが、今後はわかりませんものね……」
「嵐の予感……」
 王命婦は再度酒を注ぎ、侍従に面と向かった。
「さて、次は侍従ちゃんよ?この王命婦に全部吐き出しなさい?」
「え、えええっ?!」
「やだー侍従ちゃん。長いつきあいのこの右近に隠しごとなんて水臭いわよ。さあさあ、どっからでもドーンと来い!」
「……ぐー」
「寝たふりするなー!侍従ちゃんザルのくせに!騙されないわよ!」

 ……というわけで更に騒がしくなってまいりましたので、この辺で現場からはおさらばいたします。次の女子会をお楽しみに♪

 さて久しぶりの閑話休題。
 「葵」が思った以上に長く、くどくどしくなってしまい誠に申し訳ありませんでした。読む方はキツイかもと思いつつ、私自身は大変おもしろおかしく書いてまして、止められませんでした。すみませんすみません。面倒くさそうな箇所はどんどん飛ばしてくださって結構です。あっもうやってるって?はい。
 ヒカルの犯罪的行動はともかくとして(平安時代においても結構やばめ)、女房さんたちの最大の怒りポイントはやはり
「アタシにひと言もなく勝手に!」
てとこなんですね。まして今回は大事な大事な女主人に大ダメージを食らわしてしまった……これはいけません。絶対に後を引きます。狭い世界で暮らす女性たちは運命共同体。こういう、人生の節目的なタイミングで信頼を根底から揺るがすような所業を、決して忘れることはないでしょう。
 最初にも書きましたが、この巻は今後の展開の上で非常に重要な伏線を多く含んでいます。決して帝にはなれないヒカルにとって、二条院は疑似内裏です。そこで我が王国を築くための第一歩が、若紫との結婚でした。親からあてがわれた妻・葵上が亡くなったことで、最初のしがらみから解き放たれたヒカルは、新たなしがらみに囚われる前に是非とも「我が王国」を確立しておきたかった。外の常識や一般的なモラル、本人の意思など丸無視でさらってきた若紫は、ヒカルにとっていわば自由の象徴でした。
 裳着の式の前に、ってところが地味にポイントですね。まだ若紫は「女」ではなかった。求めても得られない「母」を永遠に追い続けるヒカルは、一方でリアルな「女」というものに恐怖を抱いている。ヒカルなりの自由を実現するために、まだ「女」という括りの外にいる、身よりもなくしがらみゼロの若紫を手中に収めることがどうしても必要だったのです。
 だが誰かにとっての自由は、他の誰かの自由を侵害する。若紫の抗議行動は意思を持った生身の人間として当然のことなのですが、ヒカルにとっては心外なものだったでしょう。こんなはずはない、おかしい、何でこうなるの?と。かくてヒカルは、あるはずもない「パーフェクトな自由」の実現を求めてさらなる暴走を開始します。
 もう誰も止められなくなったヒカルの「自由」が何をもたらすか。
 それが次巻以降のお話となります。

参考HP「源氏物語の世界
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