「欲望という名の電車」エリア・カザン
A Streetcar Named Desire Elia Kazan(1951米)
【60字梗概】
男性問題を起こし郷里を追われた女性が妹の家に居候するが、不仲の義弟に真相を暴露され結婚話も霧消、精神に異常を来す。
とにかくヴィヴィアン・リーの演技が凄い。リー自身、後に双極性障害に悩まされたという人で、このころから結構不安定だったらしいが、この映画の中では「地を出した」ということは一切なく、すべて完璧に演技だったと私は思う。ただブランチという女になりきることで自らのキャパ一杯一杯どころかそれ以上に幅が広がり過ぎて、後の落差がえらいことになった可能性はある。女優という仕事に向きすぎていた、深入りしすぎた、というべきか。これも類まれなる才能に必ず添えられる負の側面なのか。
ブランチという女はとにかくよく喋る、派手好き、お風呂好き(長い)、お嬢様ぶる(かわい子ぶる)、若作り、虚言癖、好みの男は漏れなく口説く……
と来ると、同じ女には凄く嫌われそうな感じなのだが、この映画の中だけで言うとまったくそうではない。妹は何があっても姉の味方だし、近所の女性も思いやりを以て接する。これと選んだ男を百発百中で夢中にさせるその手腕はいっそ清々しい。ミッチを見事誑し込んだときの表情と、バレた後一人部屋で考え込むときの表情の違いにはかなり痺れた。必見。ある意味女の中の女ともいえる。
一方男たちといえば、心優しく善良なミッチはいとも簡単に騙されるが、恋の熱に浮かされている間も常に母親の意向を気にするマザコン男。義弟のスタンリーは粗暴で激しやすく、絵に描いたようなDV男。こちらも完全に正常であるとはとても言えないだろう。
ここからは私見だが(原作を読んでいないので)、おそらくブランチは非常に男を憎んでいる。スタンリーは最初からそれを見抜くが、その憎しみを力で抑えこもうとして失敗する。ミッチは抱えきれずに逃げ出す。身近な女たちが彼女を排除したり嫌ったりしないのは、彼女が決して男の思い通りには動かないからだ。自分たちの代わりに男に復讐してくれているという図式なのかもしれない。部屋の中の物を壊す男と、従来の人間関係や倫理観を壊す女。クラッシャー同士が対決した結果があのラストというのは皮肉がキツすぎるけれども。
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