2016年1月18日月曜日

若紫 七(オフィス&右近宅にて♪)

「ちょっとちょっと!右近ちゃん!」
「どうしたの侍従ちゃん? そんなに慌てて」
「聞いた?! 藤壺の宮さまのこと」
「ああ、ご懐妊されたって話? 長いことお宿下がりしてたと思ったら、そういうことだったのね」
「えーでもさ……ちょっとヘンじゃない? 具合悪いってご実家に帰られたのって、確か四月だったよ? あのとき藤壺のお部屋のお掃除手伝わされたからよく覚えてる。そんときもう妊婦だったとしたら、今最低四ヶ月か、五ヶ月? だけどもう七月にもなるのに、宮さまのお腹まだペッタンコだよ……。物の怪のせいとか何とか言われてるけどさ、そんなことってあり?」
「帝も久々に宮さまが参内されたからはしゃいじゃって、毎日のように藤壺に通いつめてるらしいわよ。おめでたいことよね」
「だからー!」
「侍従ちゃん?」
 しーっというように、指を口に当てる右近。
「何を言いたいかは察しつくけど、職場じゃNGよその話題。平安時代の部屋って壁もドアもほとんどない、単に屏風や簾で仕切られてるだけなんだからさ。壁に耳あり障子に目ありどころじゃない、ザル以下っていうかすべて筒抜けよ?」
「……そ、それもそうね……え、ていうか右近ちゃんやっぱり何か知ってるのね! あそこの女房さんたちと仲いいもん。ずるーい私にも教えて!」
「落ち着いて侍従ちゃん。仕事が引けたら、私んち来れる?」
「もちろん行く行く! お菓子持ってくね!」

簾が巻き上げられ、お局女房が顔を出す。
「アフターファイブのお話もいいけど、今日中にその御文の整理は終わりそう? 二人共」
「は、はーい」「ただいま」
………… 
(右近の家)
「はーつっかれたー。一ヶ月分仕事したような気分。お茶が美味しいわー♪」
「アタシたち頑張ったわよね、残業しないために。あ、これ美味しいね、侍従ちゃんありがと」
「でしょー。少納言さんに教えてもらったの♪お寺のスイーツってヘルシーだしなかなかイケルのよね」
「少納言さんて、例の若紫ちゃんの乳母さん?」
「そうそう。大変だったらしいわよーヒカル王子。あんなちっちゃい子相手に、断っても断っても諦めなくて、皆ドン引きしてたって」
「知ってる、有名よねその話。それこそ物の怪でも憑いたのか?! てくらいなりふり構わずだったってね。王子らしくないわ」
「そうなのよ! 現代なら不審者情報事案決定よね! そんでね、それまでストーカーか!?てくらいシツコクしてた王子がさ、ある時いきなりパタっとトーンダウンしたわけよ」
「ふんふん」
「それがちょうど、四月に藤壺の宮がお宿下がりした、そのタイミングなわけ」
「なるほど」
「まあ、転地療養中の北山であれだけ若紫ちゃんに執着してたのは、吊橋効果っていうかー、スキー場でのインストラクターがモテるようなもんっていうかー、要するに非日常空間で珍しいものみて一時的に熱あげちゃったってやつだったのかもしれないけど」
「それにしても、急すぎ?」
「京都に帰ってきてからもしばらくは情熱的なお手紙出してたみたいだしね。なんか不自然なのよ。…ねえ右近ちゃん、ニヤニヤしてないで早く話してよー! わかってんのよ、右近ちゃんて藤壺宮さまの腹心の女房・王命婦(おうのみょうぶ)さんとマブダチなんでしょ?」
「マブダチ(笑)古っ、侍従ちゃん年がわかるわよ? まあいいわ、話しましょ」
……
若紫の巻は、その名の通り、ヒカルと若紫の少女との出会いがメインである。だがもうひとつ、重大なエピソードが存在する。ヒカルと藤壺の宮の密通である。
ヒカルの、藤壺宮への思いは今に始まったことではなく、昔からの憧れの存在であった。折々に思慕をつのらせていく中、都を離れた療養先での、面差しの似た少女との出会い。隠し抑えつけていた思いがここではっきり形になる。手の届かない藤壺宮の代わりにせめてこの少女を、と望むがうまくいかない。都に帰ったものの、正妻は自分に無関心で冷たい。ヒカルの思いは落とし所を見つけられず、ついに暴走したのだ。
……
「なるほどねー。やっぱり王命婦さんが手引きしたんだ。そうじゃなきゃ絶対無理だもんね」
「一応彼女の名誉のため言っとくけど、相当何回も断ったみたいよ。だけどさー、あのキラキライケメンでしょ。おまけに老若男女問わずの人タラシだしさ…死ぬの生きるの言われて、根負けしちゃったみたい」
「あーわかるー。私だったら秒殺かも」
「ぶっちゃけ、藤壺の宮さま自身も恋してたのよね。少年の頃から自分に熱い視線を送ってくるヒカルのことを。何しろお歌がこれだもんね」

こうして目の前に見ていても、また逢う夜はいつになることか……夢のようです
我と我が身を、その夢のうちに紛らわせて消えてしまいたい

世の語り草になるでしょう、この上なく辛い我が身を
覚めることのない夢と成しても

「あああああもう! お歌だけで倒れそう! 情熱的よねー(うっとり)これをあの美男美女の二人がとりかわしたかと思うともう絵面が良すぎてヤバいわ」
「結局相思相愛なのよね。一回きりの過ちってわけでもないし、現に子供出来るくらいの宿縁があったってことだし」
許されない愛かあ……憧れるわね右近ちゃん」
「そうねー。私たちみたいな外野は気楽なもんだけど、王命婦さんは大変よ。まさか帝以外の胤でご懐妊だなんて予想外だったから、辻褄合わせに神経すり減らしてさ。帝があっさり『物の怪のせい』ってことで納得してくれたおかげで、周りも一安心って感じよ」
「……帝は、ご存知ないんでしょ? え、まさか」
「だから、壁はないのよ。仕切りだけなのよ? 人の口に戸は立てられないっていうけど、その戸すらほとんどない時代だから。わかんないわけないよ、いくら世間を知らない帝でも。お子様初めてってわけでもないんだし」
「うわあ……」
「ま、歴史的にみてもよくある話だしね、帝の寵姫を家臣が寝とるっていうのは。その家臣が息子ってのはちょっとキツイ状況だけど、いつも見てて、気づかないはずはない。我が息子の、藤壺宮への熱い視線を」
「おぉふ……」
「今、帝が藤壺に通いつめてるのも、やたらとヒカル王子を内裏に呼びつけるのも、
お前らこれで終わりにしろよ
って警告だとも解釈できるわけ」
「こ、怖い…ね」
「まして当の宮さまと王命婦さんはガクブルよ。だからもう手引はしないし、お手紙の返事も一切渡さないようにしたみたい」
「……あ! そのせいか!」
「何?」
「つい最近、少納言さんから聞いたんだけど、ヒカル王子からのお手紙が復活したらしい」
「そうなんだ。わっかりやすいわねー王子」
「なんかさ、話聞いてて思ったけど……もしかして王子、三月の時点で若紫ちゃんを手に入れていれば、藤壺の宮さまに対して突っ走ることはなかったんじゃないの?」
「うーん、そうかもしれないけど……ただいくらなんでもまだガキンチョだから、結局すぐには満足できなくて、おんなじことになったんじゃないかなあ。まあ、タイミングがたまたま良すぎたというか、悪かったというのか……」
「とりあえず、今後はまた若紫ちゃんに矛先が向くわけね」
「少納言さんも大変ね……そうだ、今度女子会しない? 王命婦さんも誘って」
「王命婦さんに少納言さんに右近ちゃんに私? 濃ゆいわー(笑)」
「いいじゃん♪ やろうよ侍従ちゃん」
「うんうん♪ 楽しみね、右近ちゃん♪」

<若紫 八につづく>
参考HP「源氏物語の世界」 

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