おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

若紫 二

2016年1月14日  2022年6月8日 
さて、柴垣に隠れて覗き見するヒカルと惟光、西側の部屋で経を読む尼君を発見! 
年の頃は四十過ぎといったところか?色白で上品で、痩せてはいるが頬はふっくら、目元や切りそろえられた髪の様子も、かえって若い女よりなまめかしく魅力的だ。身分も高そう、明らかにただ人ではない。 

何者? 
とドキドキなヒカル&惟光。 

同じ部屋の辺りには、垢抜けた感じの若い女房二人が居て、子ども達が出たり入ったりして遊んでいる。その中でも飛びぬけて可愛らしく将来性ありげな少女、年のころは十ほどか、泣きべそをかきながらやってくる。 

「あらあら、どうしました姫。喧嘩でもなさったの」 


声をかける尼君に、しゃくりあげながら話し出す少女。面差しが似ている。さては血縁関係か? 

「犬姫(いぬき)ちゃんが、雀の子を逃がしちゃったの。せっかく籠を伏せて逃げないようにしてたのにーウワーン」 

「まあ、またあのウッカリ者ったら。困りましたわねえ、一体どこに飛んでいったのかしら。せっかく可愛くなってきましたのに。カラスにでも見つけられたらことですわ」 

女房の一人が探しに出る。少納言と呼ばれたこの女房、少女の乳母とみえて、髪も長く美しい。なかなかのイイ女だ。

尼君はため息まじりに、

「なんとまあ、幼くていらっしゃいますこと。いくら言ってもお聞きになりませんのね。わたくしの命など、今日か明日かもわからないのですよ、なのに呑気に雀を追いかけているなんて。生き物を捕らえるのは罪深いことといつも言っているでしょう? ほんとに情けない。 
さあ、こちらへいらっしゃい」 

女の子はおとなしくちょこんとそこに座る。

とても可愛らしい少女、
眉はほんのりとして、何気なく髪をかきあげた額つき、生え際などが美しい。 

「これは……大きくなったらどんな超絶美女に」 


と王子、目が離せない。 
しかも、


似ている……名前を言えないあの人に。そうか、だからこんなに気になってしまうのか」 


思わず涙を流すのだった。 

尼君は髪をかき撫でつつ、

「梳ることをうるさがりますけど、素晴らしい御髪(おぐし)ねえ。子ども子どもしてらっしゃるのが本当に心配なこと。こんなお年になれば、もっとしっかりなさっている方もいらっしゃるのに。あなたのお母様は、十歳でお父様に死に別れたけれど、たいそう分別がおありでしたよ。今わたくしが突然いなくなってしまったら、どうやって生きていくおつもりなのですか」 

と、くどくど言って泣き始めた。単なるお説教ではなく本当に切実な感じが、覗いている方にも伝わってくる。 少女も幼いながらに空気を読んだのか黙りこくってうつむいている。 こぼれかかる髪はつやつやと美しい。 

これから何処でどのように育っていくかわからない 
若草のようなあなたを置いて 
消えゆくしかない露のようにはかない私の命 
死ぬに死ねない気持ちです」 

側にいる女房も「本当に」ともらい泣きしつつ 

初草のように幼い姫君の行く末を見届けることもなく 
どうして露のように消えるなどと…… 
そんな悲しいこと仰らないでくださいませ」 

などと返しているところに、この家の主である坊様があたふたとやってきた。 

「これこれ、人目もはばからず、今日に限ってそのような端近くまでお出ましになるとは。 
じつはここの上の坊に、源氏の中将さまがお休みを兼ねて加持祈祷にいらしてるんですよ、私もついさっき聞いたばかりですけどね。 
誰にも仰らない、正真正銘のお忍びということですので、仕方ないですが、こんなに近くにいらしてたのに今まで何もご挨拶しないままで……いやどうしましょ」 

「まあ、なんてこと。こんなむさ苦しい様子を誰かに見られていたらどうしましょう!」

 
女たちは慌てて簾を下ろしてしまった。 

「せっかくですから、素敵な王子さまをこっそりご覧になっては? 
私のような坊主でも、うっとうしい現世を忘れて、寿命の延びる心地がするお方ですよ。あぁ、いけません、もうご挨拶しに行かねば。それではまた」 

坊さんは言うだけ言って去ってしまった。 

「いいもの見ちゃったなあ。 
世の中の遊び人たちは、こんなそぞろ歩きをして相手を見つくろんだろうなあ。たまたま何も考えずに出てきただけなのに、思いがけない出会いって楽しい」 

ヒカルの君は上機嫌、 

「それにしても可愛い子だった。何者なんだろう。名前を言えないあの人の代わりに、朝から晩まで傍に置いて眺めていたいもんだなあ」

いろいろ思いはつきない。 

ゴロゴロしていると、誰かが惟光を呼び出している。ここのお坊様のお弟子さんらしい。狭いところなので、何を話しているか丸聞こえだ。 

「『王子がいらっしゃるんですって?!ついさっき聞いたばかりでびっくりですよ!すぐお顔を見に伺おうと思いましたが、私がいることを知ってて知らん顔なさってたと思うと、ねえ……ちょっとつまらないなと。あらかじめお越しを知っていれば、寝床でもなんでもうちで用意させていただきましたのに。本当に残念なことですわ!』

 
ウチのお師匠さんがそういうてました」 

ヒカルの代わりに惟光こたえる。 

「まあまあ、それはそれはすみませんでした。ヒカルさまは、十日も二十日も前から具合が悪くて……まあ瘧(おこり:熱病)ですな。何回も発作を起こされたので、都で評判のこちらのお寺にお世話になろうと、慌てて出向いてきましたんです。 
ですがなんといっても、世間の注目の高いヒカル王子ですからなあ。もし万に一つでも、こちらの加持祈祷の効き目が今ひとつ……なんてことになりましたら世間体も悪くなりますし、お気の毒なことになりかねないので、あまりおおっぴらではない、ごくごく内々の訪れということにさせていただいたんです。そんなわけで挨拶が遅れてしまい、いや申し訳ない」

ということで、ヒカル王子はかの柴垣の家の坊様に面会する運びとなった。 
身分はこちらが上といえど、相手は人品いやしからず世間にも名をはせている高僧なので、いくらなんでも会ってすぐに

 
ねえねえあの女の子たちはダーレ?」 


などと軽々しく聞くわけにもいかない。 
心の内を毛ほども見せずにいるヒカルを

 
「是非私の家にもおいでください。ここと同じくらい質素ですが遣り水もあって多少は涼しいですよ」 


と熱心に誘う坊さま。 
自分のことを何やかやと噂していたのを知っているので少々面映ゆかったが、やはり好奇心には勝てない王子、いそいそと出かけるのであった。 

<若紫・その三につづく> 
参考HP「源氏物語の世界」 
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