若紫 四(オフィスにて♪閑話休題)
「なあに侍従ちゃん」
「最近、ヒカル王子見ないんだけど」
「昨日帰ってきたみたいよ。山奥に引っ込んで静養してたって」
「あ、もう帰ってるんだ。じゃあこれからはまたお姿が見られるのね♪うふふ」
「侍従ちゃん、あれだけいろいろあっても、まだファンなわけね」
「だあって、やっぱカッコイイじゃーん? つきあえるわけはなくてもさ。イケメンは見て楽しい、眼福ってやつー?」
「なんかオヤジ臭いわねえ(笑)わからなくもないけど。でもまた何かあるらしいわよ、王子」
「あー知ってる知ってる。静養先でどっかの娘さんを見初めたって話でしょ?」
「もう噂になってるわけ。早いわね~、さすが侍従ちゃん。でもね、娘さんっていうか、ガキんちょらしいよ。十歳くらいの」
「エー! ありえなーい! ロリコンじゃん! ホント守備範囲広いわね……」
「さすがに周りに止められたらしいけどね」
「そうよねー現代だったら完全に犯罪だし、さすがの早婚な平安時代だってちょっとね。だって多分、その子……月のものなんてまだ、なわけでしょ?」
「よっぽど発育のいい子なら別だけど、ま、9割がたないでしょうね」
「入内するんだって最低限ソレが始まらないと、ダメだもんね。子ども作れないし。大体13歳から14歳ってところなのかしらん」
「平安の女性の平均寿命、40歳後半くらいだしねえ。出産も命がけだし。若いうちにさっさと妊娠してさっさと出産しちゃったほうがリスクは少ないわよね」
「でもいくらなんでもあけっぴろげに『月のもの来ましたー♪』ってお赤飯たくってわけにもいかないし」
「男の場合は元服、女は裳着、よね。もう嫁入りオッケーですよーっていう親の意思表示」
「この腰紐を解いてくれる人募集中♪ってことでしょ、右近ちゃんうふふ」
「ヤダー侍従ちゃんたらあからさまー♪うふふ」
……しばしお仕事に熱中してお喋り中断……
「話がズレたわねー、右近ちゃん」
「何が? 侍従ちゃん」
「ぶっちゃけヒカル王子は、どういうつもりなわけ? そんなお子ちゃまなんか引き取って」
「いずれは妻にするってんでしょ、当然」
「だって正妻さんいるじゃん。そっちはどーすんの。それにあの、ちょっとコワイ六条のおん方さまってのもいるし。ちっちゃいうちはいいけどさ」
「さあねー。何も考えてないんじゃない? ペット飼うような感覚じゃないの? 何しろお金はあるし家は広いし」
「はー、おばあさまの尼君が反対するわけだ、そんなんじゃ。アタシならいつでもオッケーなのになあ♪ あんなイケメンがお父様になるなんて、そんでゆくゆくは旦那になるなんて、夢のようだわ」
「って侍従ちゃん……アナタ王子より年上でしょ」
「ヤダー右近ちゃん、それは言わない約束よっ♪」
などとさまざまな憶測を呼ぶヒカルの行動は、十代前半で結婚していた平安時代の事情を鑑みてもなお
ぶっちゃけ異常である。尼君がドン引きするのも道理なのだ。
三の最後では、坊さまにまでやんわり
「珍しい場所で珍しいもの見て舞い上がってるだけでしょ?いつも見てるこちらからしたらなんてことないただの子供ですよ。落ち着いてね」
とたしなめられちゃってるあたり、そうとう痛い感じでもある。
だがヒカル本人はいたって真面目なつもりなのだ。母の顔を知らず、育てられた祖母も早くに亡くし、寂しかった自分の生い立ちに見知らぬ少女の境遇を重ねあわせ、深く同情を寄せている、その心はたしかに真実なのだろう。
だが、完全なる「父親」「保護者」となろうという気持ちでは絶対にない。
その辺り周囲にもミエミエなので、誰もヒカルに賛同しないのだ。特に祖母である尼君は。
見た目には、超のつくリア充男であるにもかかわらず、実はヒカルとうまくいっている女性は誰一人としていない。
正妻の葵の上しかり、六条の御息所しかり。空蝉には逃げられ、唯一心を許しつきあえるかと思った夕顔は死んでしまった。最愛の女性ははなから許されない、絶対に結ばれることのない相手。
すべてをリセットして、新たに始めたい。
そんな欲求を満たすことができそうな幼い少女。しかも最愛の女性と縁続きで面差しも似ている、となれば……
私見だが、「夕顔」以降、源氏は本格的に「小説」の体を成してくる。噂話のまとめのようだった冒頭から、空蝉・夕顔を経て、人物造形・登場人物の関係性・伏線など、全体としてのバランスや構成・展開の仕方をしっかり考えながら書いているふしがうかがえる。読者サービスとしての情景描写は相変わらず多いが、表現がシンプルになり無駄な部分がかなり減っている。この「若紫」から、俄然面白さに加速がついてくるのだ。
そういった重大な転換期の段として、教科書に取り上げられることになったのかもしれない。
しかし同時に、ヒカルの常軌を逸した病みっぷりも加速していく。いやほんとサイテーですわ(笑)
<若紫その五につづく>
参考HP「源氏物語の世界」
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