2011年6月15日水曜日

暢気な時代の終わり

昨日、久しぶりに美容院へ行ったら、馴染みのお姉さんがお休みだった。何故か受付以外は男性の美容師ばかり。珍しいなと思いつつ、担当についた人となんやかやとお喋りしていた。お決まりの地震の話から始まって、たわいもないお喋りをしていたが、計画停電の話になり、店大変だったでしょと言ったら
「ええ、そーなんす。今回のことで、美容院って本当に電気いっぱい使ってんだなあって思いましたよ」


うんうん。
でもね、食べ物や水が何とか行き渡ったあと、散髪や洗髪のボランティアあったでしょ?
やっぱり美容師さんって手に職、人に役立つ仕事だなって思ったよ。
「ありがとうございます!さいたまアリーナでも洗髪とかやってる人いましたよね」


そうそう。ツイッターで回ってた。


「自分も見に行きましたけど…やっぱり大変そうでしたね、避難所って」


そうねー。


・・・・・・

「自分、実は福島出身なんすよ」


わあそうなんだ、津波は大丈夫だった?と聞いたら、実家は海から離れた高台にあるので皆無事でしたと。


「瓦が大分落ちちゃったから、直しに来いとか言われてるんですよね。まあでも弟がいるからいいかなーと」


そうか、弟さんがいるなら安心だね、男手があればね。まあとにかくご無事でなにより。


「・・・自分、三人子供いるんすよ。今奥さんのお母さんと同居してて」


あらま、うちと同じだ。いくつくらい?


「一人はこの間産まれたばっかで。上は一歳半と三歳です」


ひゃあ、そりゃ大変だ。退院したばっかりよね、昼も夜もないでしょ。


「そーなんすアハハ」


・・・・・・

あんなこと言ってたけど、内心は心配だろうな。もしかしたら、妊婦のお嫁さんと乳幼児二人をつれて、こっちに避難してきたのかもしれない。前には見なかった人だし、ありえない話ではない。
私が原発のげの字も話題に出さなかったから、つい福島出身であることを言いたくなったのかも。
どちらにせよ、いろいろ大変なことも多いだろう。頑張れ、若いお父さん。


情報収集のため、ネットの中をあちこち回るのが毎日の習慣になっているが、こと原発に関して、特に放射能の問題に関して、ネットがなかったらなかなか知り得なかった有益な情報がある一方で、とんでもなくひどいデマや巧妙にミスリードを誘う無益どころか有害な情報までが溢れている。


東電や政府をバッシングするのはある程度仕方ないとしても(それでもやり過ぎはイカンと思うが)、福島への誹謗中傷がひど過ぎる。しかも結構な有名人や、ジャーナリストを名のる人間、専門家を自称する人間が、福島の野菜を産業廃棄物呼ばわりしたり、もう福島から一切モノを出すなと発言したり、霧のかかった4号機を危険だ爆発するかもとか騒いだり。
怒りを通り越してもはや力が入らなくなるのであまり見ないようにしているが、大体において、関係のない人=直接この問題にさらされていない人ほど大仰に騒ぎ、デマを飛ばしたりそれを無検証で信じたり、しているように思う。とにかく悪い情報はあっさり信じるくせに、良い情報は隠蔽だインチキだとなかなか認めようとしない。東大の学者は全員御用学者とか、もう何なの。そんなに皆、自分の知識量や理解力や判断力に自信があるのか?日々専門的に研究し、地道にデータを取り検証し続けている人たちより、直接関わってない「専門家」や「ジャーナリスト」や「普通の主婦」を信じる根拠はなんなの。
テレビに引っ張りだこの「原子力を専門とする」ある学者さんは、話の「わかりやすさ」で定評があるが、運営するサイト内で「福島のものは絶対に他県に出さない」などと暴言を吐いていた。その根拠としているつもり?の計算も、文系の私でもこれはないだろ・・・と呆れ返るくらい酷いもの。それなりに普通の人に影響力のある人が、こんな発言したらどういうことが起こるか、考えてみたことはあるんだろうか。
福島に知り合いや縁者はいないんだろうか。昨日の私のように、福島出身の人が自分の髪を洗ったり切ったりすることだってある。その人に彼は除染したのかと迫るのか?大丈夫か?小さい子いるんだろう?(手遅れかもしれないが)今からでも内部被曝検査しろと親切ごかしにささやくのか?


反吐が出そうだ。


私は、過剰に心配する人を馬鹿にする気はない。妊婦や乳幼児持ちは、注意しすぎくらいがちょうどよいとも思っているし、私自身も子持ちだから、原発の現状・放射性物質の飛散状況や濃度の情報・食物の基準値や検査状況などの情報は毎日注視しているし、スーパーに行っても買うものはいろいろと考える。だがその中身を、表に出すことはしない。私は単なる一般人であり、私自身の理解と判断で行っていることを、事情も何も違う他人に安易にすすめることなど出来ないからだ。自分の専門外のこと、よく知らないことを、さも真実はひとつ!であるかのように全世界に発信するなど、本当に信じられない。
先ほど関係ない人間ほど騒ぐ、と書いたが、もうひとつ。
騒ぐ人は、そもそも自分の感情をアピールしたい人だから、心配心配心配!私はこんなに心配してるのに皆なんで平気なの?と他人を煽る。黙って静かにしている人が、何も心配していない・考えていないとは限らないのに。


無理やり逆に考えてみると、これだけネットが発達し、これだけいろんな情報をマスコミでない素人でも手に取れる、こんな時代は歴史上初めてである。玉石混交となるのも仕方ないかもしれない。皆してこの混乱をくぐり抜けることで、既存のメディアが従来もすくなからず流してきた、嘘やミスリードを誘う言い回し、捏造を見抜ける力が多数につくのであれば、必要悪の騒ぎと言えるのかもしれない。

4 件のコメント:

  1. なぎさひふみ2011年6月21日 14:04

    信じる。自分を信じなければいけない。そうすれば、人への信頼も、見極め出来る。
    自分を信じなければ、見極めなく人を盲信してしまう。

    そして真実は信の向こう。この驚愕は、世故に惑うことの、全く逆であるから、より一層真実は内なる夢になる。真実は真実のままで。

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  2. なぎささん
    いつもありがとうございます。

    >自分を信じなければ、見極めなく人を盲信してしまう。
    本当、そのとおりですね。
    自分自身と立ち位置を常に確認しつつ、惑いながらも
    生きていきたいと思います。

    それにしても、震災からこっち、本当にいろいろと
    変わってしまったなあ。
    というより、震災前にくすぶっていたものが
    表面化・具体化したというべきでしょうか。
    大人としてしっかり見極めたいと思います。

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  3. なぎさひふみ2011年6月22日 17:39

    真実と虚偽のごった煮に、エネルギーの最高潮における、意識の変更転回の位置にあるように思えてなりません。
    放射能という自然界における最も重い物質からの放出がその顕れであるかもしれません。
    地震の最高度、原発事故も最高度の危機。

    何か無意識からの意識への統合が求められている。というか、求めていたのかもしれない。それはその続きが破滅に向かう前のまだ間に合うという意味で。
    大破滅(地球破滅)の前に気づきという意味で。
    被災の方々はその悲惨さを訴える高貴な犠牲を引き受けたのかもしれない。

    地球といういのちが破滅すれば、それは宇宙全体に波及して、人類のエゴの放漫がすべてを台無しにするかもしれない。

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  4. なぎささん
    放射能って、でも実は自然そのものなんですよね。
    検査などで、また飛行機に乗っても被曝する。
    人の手の入らない自然のままの環境であっても、
    線量が高い場所は存在する。
    火や水の扱いと同じラインに、実は放射能もある。
    廃棄物の処理が難しすぎるのと長い年月かかりすぎるのと、
    影響がいまいちよくわからないところが圧倒的な
    デメリットではありますけど。

    人間は自然を「支配」することなんか無理なんだろうなと思います。

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