2011年6月8日水曜日

何を信じるか? その2

なんかもういろいろと疲れる。わからないことをわからないままただ持っているのって、案外と消耗するかも。内臓脂肪も消耗してほしいもんだがそうはいかんらしい。

ということで今日も吐き出し御免。

まず放射能関係の問題について。

ぶっちゃけ、浴びちゃってるとは思う。さいたまは地震の被害もほとんどなかったし、学校が休校になることも、外出禁止令が出ることもなく、長女の部活は通常どおり(公共交通機関が乱れた時は遠方への練習試合は中止、公式試合も延期になったけど)、小学校の子どもたちは普通に校庭で体育してたり遊んだりしてたし、五月に運動会もやった。
野菜や魚も販売されてるものを普通に食べてるので、内部被曝もそれなりにしてるんだろう。

だからどうするかというと、どうにもならない。浴びちゃったものは。

今までどおり、健康に留意して暮らしていくしかない。
プラス、福島原発の状態を見守り、外に出た放射性物質の量や飛散方向に気を配るくらい。
しつこいようだが、今まで通り、バランスの良い食生活を心がける・適度に動き適度に休む・定期健診を受ける、などなどこんなことがなくても注意すべき点を注意して、生きていくしかないのだ。

怖れる人をわらうつもりはない。特に小さい子持ちや妊婦は心配して当然だろうし、実際に細心の注意をはらうべき問題だと思う。だが実は悪いことばかりでもない、とあえて言う。今回のことで、食べ物や飲み物がどこから、どのような流れで店に並ぶのかということに皆の関心がいき、結果さまざまなチェック体制が強化されつつある。一般住民から行政への働きかけも、飛躍的に増えたのではないか? 当たり前だと思っていたことが当たり前でないと皆が気づき、共通の関心と適度な危機感を持つことは、むしろ喜ばしいことだ。

生きていく上で、リスクは避けられない。毎日活動している以上、リスクをゼロにするのは不可能だ。だとすれば、その時々・各家庭の状況に応じた予防・対策を講じていくしかない。

私と私の家族に関していえば「これまで生きてきた中で一番多い放射線を浴びた」ということはほぼ確実だろうが、それでこの先どうなるかというのは確率的な問題。
食生活を整え、新陳代謝をよくし抵抗力をつけ、病気になるべくかからないよう気をつけて生きていく。私に出来ることはそのくらいしかない。

情報について。

ぶっちゃけ、今回の地震でも原発問題でも政治の問題でも、テレビを中心とするマスコミにはかなり失望している。今は無編集の生の映像も、生の声もネットにアップロードして沢山の人に見聞きしてもらうことが容易にできる世の中だ。「ネットの情報は嘘が多い、鵜呑みにするな」と批判する向きもいるが、そもそもテレビや新聞や雑誌といった既存のメディアだって完全に信用できるかといったらそうではない。むしろ「恣意的な編集」を受ける側に「わかりやすく」「本当のことだと思い込ませる」という手法は、ことによっては相当悪質だ。鵜呑みにしてはいけない点では同じなのに、そうではないフリをしている。

「鵜呑みにしない」というのは、何も信じないこととイコールではない。自分なりに基準をもうけ、信頼できると判断できるところはとりあえず信頼する。そうでないと動くことが出来なくなる。

私は学歴がすべてを左右するとは決して思っていないし、東大出だから無条件に信頼するということはしない。そもそも会社勤めのとき、超のつく高学歴でも電話ひとつ取れない・口の聞き方ひとつ知らない、という人はたくさんみた。
しかしそれでも、声を大にして言いたい。

頭の良い人…いわゆる高学歴で、専門的知識や技術を持つ(だが話はあまりうまくない・またはちょっと上から目線)人を貶めるのはもうやめようと。

今回の原発事故で、TVではさまざまな人がさまざまな意見を発信していたが、テレビの人って本当に科学的思考が欠けてないか? そもそも専門としている分野も違えば立場も異なる人間を集めたって、まとまるわけもなく、視聴者に伝わるわけもない。あげくに政府や保安院の後出し情報に翻弄され、あの時大丈夫だと力説していた学者は「御用学者」だ!と決め付ける。今出ている情報から判断するとこういう意見になる、とちゃんと言ってた人も多かったよ。
責めるべきは、高水準の専門知識や技術を持つ人間を使いこなせないこの国のトップと、何を伝えるかを決められずまとめられない自分たちの方でしょうに。
とりあえず超・素人のコメンテイターに意見言わせるのはほんっとに時間の無駄、言ってる人の影響力と事によっては害悪にすらなりかねないので今すぐヤメレ。ってもうそういうのはほとんど観てないけど。まあネットにおいても、トンデモ説をブログやツイッターなどで喧伝する人もいて、結構なアクセス数を稼いでいるのを見るとホントにうんざりする。国や行政や専門の研究機関も知らない、私だけが知っているわかっている提案・下手すると陰謀!なんか存在しないって。

事故直後から地道に測定を重ね、データとして積み上げ発信している専門家集団はちゃんと存在する。もちろんそれをそのまま発表しても、素人にはよく理解出来ない。ある程度取捨選択して、わかりやすくまとめる作業は必要なのだが、それが出来る人があまりいない。出来たところで「都合の悪いことは隠す。バイアスのかかった情報だ」とか言われたりもする。よくある論法だ。
情報全部出せ→全部出す→わからん!わかるように説明しろ→いろいろはしょって説明→はしょった理由は何だ?説明できないってことは隠してるってことだな→はしょった部分出す→無駄な情報はいらん、ごまかしてないか…以下ループ。双方の歩み寄りは必要だと思うが、自分の理解力の無さを人のせいにはしたくないものだ。
全貌を理解することは、不可能に近い。自分の理解出来ない情報は、とりあえず脇に置いとくことだ。捨てるか捨てないかは後で判断するとして。

人のかけるバイアスより、自分自身が知らず知らずかけている「バイアス」に注意したい。

良い情報は嘘かごまかしではないかと疑うのに、悪い情報はあまり確認しないで本当と思い込む、なんてことをしていないか? 映像や文章は、編集がきくものだ。自分が見ているものは本当に一次資料なのか? 的確な調査とデータに基づいたものなのか? ある部分だけ恣意的に取り上げたものではないか?
さまざまな面から考えて当たらねばならない。疲れるけど。

最近呆れた記事は某大手新聞社系の週刊誌。

「子供の鼻血が出た」
ことで不安を感じている母親のエピソードのあとに内部被曝に関する記事。
「鼻血」「体がダルイ」というのは確かに放射線障害による症状のひとつではあるだろうが、この子供の鼻血が内部被曝によるものだという確たる証拠はどこにもない。読み方によっては「もう症状が出ている子もいる」と理解する人もいるかもしれない。そうではない、「内部被曝への不安を持ってしまう母親を通じ、政府・行政へ対策ちゃんとしろの提言をしてる」ともいえるあたりが姑息だ。母親の、子どもへの愛情ゆえの不安を、読者を引き寄せるために利用しているといっても言い過ぎではないと思う。

いわゆる高学歴のマスコミ人の、科学的思考の無さと理数系技術系の仕事をする人への嫉妬(としか思えない)と偏向には、自分が文系なのもあって余計に腹がたつ。自分の理解力の無さ・知識のなさにも腹がたつ。子どもたちに「あんたたちはしっかり勉強しなさい、特に理数系」と言うしかない自分の無力にもうんざりする。

だけどまあ、なんとかやっていくしかないのだ。

2 件のコメント:

  1. なぎさひふみ2011年6月10日 11:10

    私、思い出した。放射能たっぷりと浴びてる。今から四十年以上前、そのときは、地下核実験が盛んで、中国のが日本に流れてきて、雨になって落ちると。そのときいつものように外に遊びに出て、雨が降ってきたが、傘も差さず家にかえったが、母親が血相変えて、私を裸にし、お湯で何回も何回も体を流していた。
    相当な被爆だと思う。でも体は今の所、年齢相応には健康だと思う。
    そう言えば、精子の数が普通の3分の1で、子供がなかなか出来なかった。子供一人元気だ。

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  2. なぎささん
    それ、私も浴びてますよー。
    旦那も西日本だから多分。
    でも子供三人いるし、今のところ健康だし。
    結局のところ、影響があるかどうかわからない量って
    ことだと思っています。
    半分運みたいなもの。
    気にしすぎてギスギスと生きるより
    多少危険あっても楽しくおおらかに暮らす方を選びますよ私。(情報には注意しつつですが)
    明日事故で死んじゃうかもしれないんだし
    癌じゃない別の病気にかかることだってあるんだし。

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