読むこと書くこと
平和で便利で快適な生活は、実はものすごく微妙なバランスの上に成り立っていて、ひとつ間違うと一気に総崩れになる。そういうことを薄々気がついていながら、気づかないふりをしてきた。いつまでもこの生活が続くはずがないと心の底でわかっていながら、続くことを前提に生きてきた。
そういう、人生に対する根拠のない自信のようなものは、これから先持つことはもうないだろう。いいのか悪いのかはわからないが。
津波に流されて壊滅した街の映像を繰り返し目にして、もしかして自分が今いだいている気持ちは、戦争を経験した人と同じなのかもしれないとぼんやり思ったりもした。
テレビの映像には匂いもないし風も吹いてこないし、マイクが拾わない音は聞こえない(音がない状態、というのもわからない)から、「目の当たりにした」というまでには至らないが、伝聞や写真などで何が起こっていたのかを知っただけ、に比べれば、雲泥の差の情報量だ。
私だけではない、おそらく日本全国、いやもしかしたらテレビが普及している国なら全部、このようなレベルの「経験」をした人がいるのではないか。とすると、史上まれにみる、いやもしかすると史上初といえるほど多数の人々の「共有体験」となったのかもしれない。
皆が皆、同じ思いを抱いたかどうかはわからないが、あの映像を観て浮かれる人はまずいないだろうし、もしかしたらとてつもなく大勢の人が、瞬間的にでも共通の意識をいだいていたかもしれない。
ああ、かもしれないかもしれないのオンパレードだ。妄想じみたこの考えがもし真実を含んでいたとしても、劇的に何かが変わるわけではない。世界は相変わらず、戦争する国は戦争を継続しているし、殺人や暴行や窃盗や詐欺も毎日起こっている。今後もなくなることはないだろう。だがほんの一瞬でも共有された「記憶」は、時間をおいてじわじわと効いてくるようにも思う。どう効いてくるのだ?と言われると困るけれども。
元々このブログは、自分の書いた作品を掲載するためのものだった。だが一年程前から「書いてなんになるんだろう?」「いったい人様に読んでもらう価値があるのか?」と自問する日が続き、思うように筆が動かず、やむなく本や映画やもろもろの備忘録と化していたのだが、震災後はそれすらまったく書けなくなってしまった。
生活以外のことへの気力を失い、書くことへの意欲も失い、いったん空っぽになった。ああもうこれで私は何も書けなくなった、何も生み出せなくなった。これからは何かを創作するということからは離れて生きるんだろうな、と本気でそう思った。
だが空っぽになったということは、グダグダした迷いも、消えたということだ。
同じような思いを持ったであろう、焼け野原を目の当たりにした人々は、それ以後何かを創ることをやめたか?諦めたか?そんなことはない。何かが失われれば、必ず新たに産み出されるものがある。繰り返し人類が経験してきたことだ。何よりも、当の被災者である東北の人々が既に体現しつつある。復興が進み、長い時間が経てば、とてつもない創造があの地から発信されるのではないだろうか。
くだくだと書いてきたが、要は物事は常に変転するものだという、当たり前のことを、やっと納得できただけ。幸福も不幸も、ずっと同じ状態はあり得ない。いつどうなるか判らないということを肝に銘じ、緊張感を持って生きるというのは決して悪い生き方ではない。
つまりこれからも、「もの書く日々」は続くということだ。
……つまらないオチで申し訳ない。
ただ今後は、最初の目論見どおり、創作を第一に考えたいと思う。以前は、短編はともかく長編をネット公開することに躊躇する気持ちもあったが、もうなんかどうでもよくなった。読んでくれる人が一人でも二人でもいれば、それでいい。作品を書き、誰かに読んで貰えれば、それでもう作家といえる。
本や映画やもろもろの備忘録も続けようとは思うが、フェイスブックにシフトしていくかも。
あちらは実名なのでちょっとまたニュアンスが変わるかもしれないが。
まあ、おいおい考えます。
変転は世の常である。そしていつも危機はあり、乗り越えなければいけない問題がある。まあ乗り越えてきたから言えるのですが、待ったー、この危機はそうあるもんじゃありません。
返信削除理由1
エネルギー問題。継続可能は、どちらを向いても不可能。
理由2
経済効力の人間性への浸透と波及。特に時間。
理由3
自然破壊。自然の復元力の加速度的悪化。自然の多様性の奪取。
理由4
既に信仰という意味すら判らない。宗教の権威に人間を貶めている。
理由5
100年計画の挫折。要するに誰もこの加速度的時間の趨勢を止められない。
無限に資源があるという世界、地球。1000年前の感覚を未だに引きずっている。そしてこれまた可笑しいことに、時間を収益に利用する経済が発達した。もう究極に突っ走るしかない。
スローライフの醍醐味と、その意味を本当に実現しなければ、あと2,30年もつかどうか。
子供が可哀想。でもいままでの業がすべて後の残り時間に押し寄せてくると思う。
まあ、面白くないから、解決法はと。
一人一人が全く違った意見を持ちながら、お互いを支え合うことが出来れば、世界はあっと云う間に、変容するでしょう。それは大きな愛と慈しみです。本当に実践していかなければいけません。対等性です。民主主義の本来の活用です。
多分、これは世界から、病院、警察、裁判所、刑務所がないことですから、可能性を思うことすら難しいでしょう。
でもそれしか、世界を変容できないし、出来なければ即破滅です。暫時的な方法が良かったのは、とっくに過ぎたと思うのは私だけでしょうか。
>一人一人が全く違った意見を持ちながら、お互いを支え合うことが出来れば
返信削除まったくこういうのがないというわけではなく、目指している人もいるし時々出来ている感じですが、全世界を覆うというところまでは至っていませんね。
>世界から、病院、警察、裁判所、刑務所がないことですから
これはよくわかりませんが・・・そういうのを「平等」というのでしょうか。
私は、何の罪もない子供たちや弱いものたちが不条理に死んでいくのを憂える気持ちが文明を作ってきた、と何となく思っているのですが。
だからまだ世界が終わるとは思っていないです。
お久ですう~
返信削除前の日曜に太極拳の会場まで行ったんですけど、待っても誰も来ないのでおっしょさんにメール入れてみたら、今日はありませんって。
うわーん。五本指ソックスも買い直して、超気合い入れて臨んだのに~
今度おっしょさんに会ったら、ちょっとだけ文句たれといてください笑
今度の日曜日は、行けるかどうか分からないんですよ~
それはそうと、震災後、僕の周りでももんのすごくいろいろな事がありました(T_T)。
ここで言っちゃうと、どうなんだろう、ってこともありました。(もしかご興味あったらメールください。重い話です。でもおさかさんにはちょっと伝えたいかも)
やっぱし、自分の出来ることを、精一杯やり続けるしかないんですよね!
震災時、仕事場だったんですが、直後、電話も東北にはつながらない状態の時に、「サーこれからが大変だ」って、ダダダダーっと震災対応関係の仕事されてました。私の隣の「モーレツ社員」さんの話ですが。
あの時は、あっ、やっぱこの人スゲー、って思いましたね。
そのDNA、私の中にも受け継がれつつあって、今は嬉しい感じです^^。
会社も芝居も恋愛も倒れない程度に目一杯頑張りまっすので、応援よろしくお願いしま~す!
ではではお互い、空気を吐き切って、入ってくるものを大切に、のんびり楽しく参りましょうね。
ではでは~
マジかよ、最初にこの記事にコメントしたんですが、消えちゃってる!!
返信削除お久です。
またコメントしに来ます。
とりあえず、おっしょさんによろしくです。
あれま、そーなんですか?
返信削除スパムトレイにも何もないから、スパム扱いされた
というわけでもないし…
ぶろがーってホントよくわかんない…
乗り換えようかしら。
おっしょさんは今週も元気でしたよ♪
19日の7:36に投稿したコメント、復活してますね。
返信削除良かったです。
また来ますう~
ではでは~
おっちーさん
返信削除そうなんです!
後で見返したら何故か二人ともスパムトレイに。
なんでやねん!
やっぱりたまに見ないとダメだなあ。
アチラと比べて、ホントのスパムコメントが
はるかに少ない(というか見たことないまだ)
のはさすがぐーぐるさんなんですけど。
内緒話はメールでも何でも、いつでも受付OKですからね♪
無理しすぎないよう気をつけつつ
いろいろと挑戦してください!