2010年11月22日月曜日

11月に読んだ本 その一

忙しい日々がもうすぐ終わる。てなわけで篠田節子さん二連発♪


「ロズウェルなんか知らない」


あああ、これ面白かった。まずタイトルがイケてる。まったく物語の中に出てこないけど、ロズウェルというのが何で有名なのか知っている人間はニヤリとしてしまう。
登場人物は非常に多いのだが、ひとりひとりのキャラが立っていてわかりやすく楽しい。誰ひとり、善悪に偏り過ぎていないところもまたいい。

この丁寧で生真面目な文体でこのユーモア感覚。ますます惚れ込んでしまった。
私は作家で読むことが多いので、これでまた読む予定の本が増えることが嬉しい。



というわけでデビュー作いってみましたよ。


「絹の変容」 

第3回小説すばる新人賞受賞作。

うーんこれがデビュー作なんて・・・と唸る凄さ。

同じパンデミックものの「災厄の夏」に比べると当然食い足りない部分もあるのだが、むしろこちらの方が緊迫感があるように感じるのは何故だろうか。
選ばれる人間が持つ新人作家の輝き、というものが絹の輝きにだぶるからだろうか。

そしてまたタイトルがうまい。
物事の本質を的確にとらえる能力が高いのだろうなあ。


「女神記」桐野夏生


桐野版古事記、といった趣。子どもを産むこと、その能力を有すること自体が女性を縛る呪いのようなものととらえているのが面白い。
男はそういうものには縛られてはいないけれど、呪いの中にすっぽりはまってしまっているので、打ち破る力もない。呪いの存在に気づいてもいないのだから当たり前だが、見事になーんにも役に立たない(笑)。
呪いをかけるのもかけられるのも、それを解き放つのも女。結局世界は女によって回っている、これは桐野さんワールドのお約束であろう。

桐野版・伊邪那美さまはちょっと素敵♪

9 件のコメント:

  1. 読書の秋っつうことで、おさかさんもやっちゃってますねえ。
    ちなみにボクは、1冊も読んでないんですよ(新聞さえ)
    そんなわけで、もうすぐクリスマスなんで、クリスマス競作企画ってののお誘いで~す。
    矢菱さんが、立ち上げた企画なんですけど、まあ、みんなでクリスマス関連のものを書いて、わいわいやりましょうというものなんです。
    どうですか?
    詳しくは、矢菱さんのブログで紹介してますのでそちらをどうぞ!
    是非!

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  2. ヴァッキーさん
    読書の秋っつうか私は年中こんな感じじゃよ、ほほほほ。

    読書嫌いって言ってたけど、それであれだけのものを書くってのはすごいことだよね。
    クリスマス企画、気づいてはおりました(笑)今週末のイベントが終われば自由の身なので何とか考えてみます。ああさっさと打ち上げたーい。

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  3. ◉ 男になるとはどういうこと?

      勿論意味の世界ではないにしても、了解するよりないことを、押し進めた方法。

    ◉女になるとはどういうこと?

      生物学的な領域よりやや上回る聖なる創造性への回帰と、リリカルな夢見に富む豊穣なる地の自覚。

    ◉未熟なままではなぜいけないのか?

      円環と螺旋の違いに似て、衝動の原因からその当事と客観の、双方の自由性を担保するから。

    ◉人間性の成熟とは?

      知情意にバランスと夫々に富むこと。

    ◉愛に裏打ちされた実行とは?

      本能の隠された原因を敷衍すること。 
      光力の発動。

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  4. 匿名様というか預言者様

    「10月に読んだ本」の方にコメント入れておきました。

    未熟であることそのものはいけないことではないような気が、私にはします。
    ただ、成熟することをこばんであえて未熟なところにとどまる・・・というのは場合によっては罪深いかな。

    それにしても「男になる」ことが方法で、
    「女になる」ことが自覚、であるあたり興味深いですね。
    男の人の弱点を絶妙についてます。

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  5.   第一思考。世界の初めの始め。

      意識が生まれた。「わたし」の誕生である。光である。いのちである。
      法はない。全てが可能な創造の宇宙の誕生から、「わたし」以外にはない。
      愛は、全てがこの「わたし」であるから、「必然的」に付随する。

      創造原理は、「わたし」を分断、分離して、片割れを「認識」して、「わたし」を明らかにする、「かくれんぼ」である。

      Who am I.
      
      I am that,I am.

      外なる世界は「わたし」の内なる宇宙にある。

      存在の始めを問うのは、全ての「可能性」を問うのと同じである。それは「わたし」であるから。

      現実と夢は、相互互換する、「わたし」の擬似体験である。

      愛の慈しみとは、分離して「かくれんぼ」する私が、実は「わたし」であるという事実である。

      結論。全ては対等であり、全てが聖なる夢である。それは、「わたし」を「必然的」に忘れた私の体験こそ、愛の慈しみに溢れるのである。

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  6.  「往還」

      成就の悲しみは,慈しみの海を波立たせるのだろうか。愛は、一人で揺れている。燦めく光が、取り巻く夢の時空を抱いて、なお一層の大きな躊躇いに似た喜びへと誘う。
      ひとつになることは、問題でない。愛には、ただ営みの波紋を永遠へと導く夢と光が、聖なる紋章となる祈りがあるだけである。

        ただおもい
        あいがあなたを
        ひかりして
        つつみゆくゆめ
        わたしあいして

      ときめきときらめきの、萌える花びらが微笑んでいる。愛する悲しみと、離れた苦しみを優しく包んで。
      愛の喜びは、影と闇の企みを許して、条件を身を以って、無条件の慈しみへと投機する。
      何故かと問う。その夢が掴む現実へと崩落するのを願って。
      永遠の響きは、憂愁の靄の中、闇のもがきに光彩を放つ。往還は儚くとも、その刹那の迸りが、未到達の頂きへと限りなく、限りある意志を働かせるのだ。

      空を覆う雲の切れ目から、永遠からの光が、これ以上ないほどに真っ直ぐに、夢を抱いた大地を貫いた。

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  7. 預言者様
    この記事の最初は、忙しい日々ももうすぐ終わると思っていたんですねえ。甘かったわー。
    てかやっとちょっと落ち着きました。コメント遅れてすみません。

    預言者様の思いも少し落ち着かれたのかしら。
    離れたところからの視線を感じます。
    書くことってそういうことですもんね。私も頑張ろうっと。

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  8. 儚い預言者2010年12月25日 8:30

      未練と後悔、そして自責。
      私がこの世に生まれた学びは、何だろうか。
      最近、家内の親友(所属していたクラブの同級生。勿論私と家内の付き合いから知っている。また私も親友のこれまでの事を知っている。)の一人に、私のことを、ストイックだと言われた。それも知り合った時からそんな感じだと。
      今まで、私のいつも考えて、感じている事が、これだったのかと、不思議な思いになった。
      世俗的な夢と、超俗的な物事が、この今を生きているという、感覚、認識。
      私は私であって、私でない、何か大きな「いのち」に運ばれているような感覚、認識。
     
      過去という事実の、愛との対面は、これからも私を苛むであろうと、真実や「いのち」の事を思えば、何も間違いが無かった、ただ学びがあり、愛という故郷に、必ず還るであろうと思いに、愛の本質、優しさや、包容力、慈しみに、生きていきたい。

      あなたにこれからも、愛と光の導きがありますように。
      メリークリスマス。

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  9. 預言者様
    >私がこの世に生まれた学びは、何だろうか。
    この問いだけで、学びをほとんどやり終えてらっしゃると思いますよ。
    優しい、穏やかな思いだけでは何も変わらない。
    いろんな迷いや悩みや後悔や、もろもろのマイナスな感情こそ、前に進むための起爆剤だと思っております。

    聖夜の祝福をありがとうございます。
    どうぞよいお年をお迎えくださいませ。

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