箒木(五)~雨夜の品定め~
「先ほどの『浮気相手』の女のことなんですがね。
これが人品卑しからず、気配りもバッチリ、和歌を詠ませても、文字を書かせても、琴を弾かせても、けっこうな腕前でして。ルックスもそこそこよかったもんですからかなり入れ込んで、再々会っておりました。もちろん元カノには内緒で。
元カノが亡くなってからは、どうしようかな、悪いかなとは思いつつ、それでも死んじゃったもんは仕方ないですからね、自然デートの回数も増えていったんですが……慣れてくると、それまで魅力だった派手で色っぽいところなんかが、何か裏があるんじゃないか、なんとなく信用ならない、なんて思われてきまして、ちょっと引き気味に会ってたんですよね。
そしたら案の定、二股かけられちゃってて。
九月でしたか、月の綺麗な夜に、退社しようと車に乗りましたら、顔見知りの社員が乗せてってくれといってきたんです。その晩私は○×部長の家に呼ばれていたもんですから、そこまででもいいかと聞きましたら
『えへへ、実は彼女んちに寄るんです。何か今夜はそういう気分なんですよねー』
なんて言うんですよ。
例の彼女の家というのが、たまたま通る道筋にあたっていまして、塀の崩れかけた所から池の水に月が照り映えるのが見えました。月さえ宿る場所をこのまま通り過ぎるには惜しい、といってヤツは降りていったんです。
いやもう勝手知ったるって感じでしたね。
この男、そわそわしつつも正面の門を入り、玄関先のすのこの上に腰掛けて、月を眺めたりなんかしてるんですよ。菊の花が一面に、色とりどりに咲き乱れ、紅葉は吹く風のなか競うように舞い踊っている、その様子はなかなか見ごたえのあるものでした。
男は懐から横笛を取り出して吹き鳴らし、その合間に『月影も良し』などと謡うと、きっちり調律したらしい和琴の音が見事に合わせてきました。まあまあいい感じでしたね。イマドキの華やかな琴の音色が、家の奥からひかえめに柔らかく聞こえてくる様子は、月の清らかさに似つかわしい気もしました。その男はいたくご満悦で、簾の向こうにいる女に
『庭の紅葉を踏み分けた跡こそ見えませんが、あなたのことだからきっともう他にいい人がいらっしゃるんでしょうね』
などとすねてみせた。菊を手折って、
『琴の音色も月も
宿るところなのに
つれない心を
留め置くことは
かなわなかったようですね
今までほっといて悪かったのやら悪くないのやら』
などと言って、
『もう一曲お願いできますか?熱烈な聴衆がいるのに弾き惜しみなどしないでくださいね』
などとからかうと、女は気取った声で、
『あなたのほうこそ
その笛も冷たい木枯らしの方がピッタリ合うんじゃない?
どうしたらあなたを
留め置くことができるのか
わたしにはとんと見当もつかないわ』
と、聞くにたえない睦言をいいあう始末。
……
(♪乱入♪)
「ちょっと待ったあ!」
「今度は何よ、侍従ちゃん」
「どこが『聞くにたえない睦言』なのか、ワカリマセーン、先生!」
「やあねえ、侍従ちゃん。こんなこと適当に受け流すものよ。えーとね、なんつったらいいのか……『もう一曲お願いします』ってつまり、またお願いしまーす、ってことよ」
「何を?」
「ふっ、お子ちゃまねえ。侍従ちゃんたら」
ため息をつき肩をぽんぽんたたく
「とりあえず今日お泊まりしていいかな?ってこと。言わせんな恥ずかしい」
「おおお。で、女のほうは、断ってんの?それともオッケー?」
「多分、というか絶対OKだよね。でもすぐにどうぞどうぞって入れるのはシャクじゃん?結構長いことほっとかれてたみたいだし。じらしてんだよね。男にもっといろいろ言わそうとして。そこがオトナの駆け引きってもんよ」
「へぇへぇへぇ、メモメモ♪」
(♪乱入終了♪)
……
女は私が車の中でちっくしょーと歯噛みしてるのも知らずに、今度は楽器を変えて、本格的にかき鳴らし始めました。上手く弾いてはいるんですが、それが他の男のためと思うと、もうとてもいたたまれない感じがしましてね。
たまーに話すだけのOLでも、色っぽくて雰囲気あるコなら、もしかしていつかナントカできるかも!なーんて思いますでしょ。
たまーに通うだけの相手でも、一応きっちり妻とするのであれば、あまりにフラフラと色っぽすぎるのも困る、とちょっと嫌気がさしてしまったので、この夜を境にもう通うのをやめてしまいました。
この二つの例を考え合わせますに、若い時のことといえ、あまりに派手な女というのはちょっと心配って感じでしたね。ましてや今後は一層警戒しなければ、と思います。
萩の露のように触れなば落ちんといった風情、玉笹の上に乗った露のように手に入れたと思うと消えてしまうような、そんな女はそりゃあオシャレでイケてて魅力的でしょうけど、やめといたほうがいいですよ。今わからなくても七年ぐらいのうちに絶対わかりますって。私のようなしがない親父が言うのもなんですけど、男好きのする、過剰にオンナっぽい女にはお気をつけてくださいねー。絶対浮気して、こちらの評判をも地に落とすことになりますから」
したり顔で忠告する左馬課長代理。
頭の中将は例によって素直に頷き、
ヒカルの君は、そういうもんかねえ、と苦笑する。
「ま、どっちにしても、けっこうイタイ話だよね」
「いやいや本当にお恥ずかしい」
照れる親父(だが満足げ)を囲んで皆どっと笑う。
……
(♪乱入♪)
「ねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「このオヤジ、自分から別れたーみたいに言ってるけど、逆じゃないの? 最初からその月の宿るなんちゃらの男が本命でしょどう考えても」
「そうねー、向こうにとってはそれこそ単なる浮気相手って感じだよね。てかこのオヤジ、ずっとこの二人を車の中から見てたって、キモくない?」
「超キモい! ドン引きだよねー。なのに女っぽくて魅力的な女は皆尻軽みたいなしっつれいな言い方してるしまったく。今後は一層警戒しなきゃ、なんて心配しなくても、もう相手にされませんから!残念ー!」
「でもこの親父、絶対またこういう女に引っかかる、と思う人ー♪」
「はーい」「はーい」「はーい」
「この部署のOL全員一致で、けってーい……て、私たちだけしかいないじゃん」
「ところでヒカル王子さー、つまんなさそーだねー」
「そりゃそうでしょ。めっさモテ男なのに、なにが悲しくてあんな親父のしょーもない長話をふたつも聞かなきゃいかんのだ、って思ってるよきっと」
「わはは、そうよねえ。その気になりゃいくらでもとっかえひっかえできるのに、あえてしないってのが本当のモテってもんだ」
「大体ヒカル王子と何かの間違いでつきあうことになったら!」
「いやーん♪ヤバーイ」
「浮気なんて、するわけ、ないじゃないのおおお!」
「右近ちゃんに一票ー!」
巻き上がる御簾。
「貴方たち、にぎやかだけど仕事は?」
「い、今やってまーす」
「もうすぐ終わるところでーす」
「蕎麦屋の出前じゃないのよ」
「はーい」「はーい」
<「閑話休題」へつづく>
参考HP「源氏物語の世界」
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