箒木(四) ~雨夜の品定め~
「まだほんのぺーぺーのヒラ社員だった頃、つきあっていた女性がおりましてね。いえいえ決して美人では。当時はまだ結婚まで考えてなかったですから、若気の至りでついつい他に目移りも、ねっ?」
わかるでしょ、いひひと周囲に同意を求める左馬。完全にオヤジである。
「ところが浮気がバレたときの、彼女の嫉妬がすごいのなんのって……。
ほとほとやんなっちゃいましてね、もうちょっとおっとり構えられないもんかなあと。
とにかく疑り深いしシメツケは厳しいし、たまらなかったですね。
反面、こんな男に愛想もつかさず、一途に愛してくれているのは有難いとも思ったし、何だか可哀想な気もして、結局元の鞘に戻ったりしてたんですけどね。
どんな女だったか?
そうですね……恋人のためなら、不可能をムリヤリ可能にするというか・・・イケてない女と思われたくないがために苦手ジャンルでも超努力してこなす、て感じの勝気な女でした。
つきあいが深くなるうちに、多少こちらにも合わせてくれるようにはなりましたし、美人ではないことを気にして、化粧を工夫したり、身だしなみに注意したり、と可愛いところもありましたが、根本の性格というのはついに変わりませんでした。
当時私は思いました。
こんなに嫌われまいと始終気にしている女なんだから、ちょっとビシっといってやって、度の過ぎた嫉妬心とキツすぎる性格をどうにかできないもんかと。このままだとオマエとはやっていけない、別れると脅せば、考え直すんじゃね?
そこで私は、わざとつれなくしてみせた。
彼女は例によって、私に女が出来たものと思いこみ、怒り狂って恨み言のあめあられです。
その時こういってやったんですよ。
『もう沢山だこんなこと! あーあ終わりだ終わり!好きなだけ俺のことをメタクソ言ってればいいさ。俺はもう知らん。
ま、そのジェラシー癖を直して、少々のことは受け流せるような女になるってんなら、望みはあるかもなっ。俺が人並に出世して一人前になったら、もう一回結婚を前提としてつきあってやらなくもないけど?』
などと、ここぞとばかりに調子こいてまくしたてたら、彼女ふふんと笑って、
『わかってないわね。
アンタが何もかもイマイチで半人前なのは問題じゃないのよ。一人前になるまで待ってくれというなら、ええ、待ちますとも、いっくらでもね。
だけどあっちにフラフラこっちにフラフラ、いったいいつになったら浮気癖が直るのか、一生直らないんじゃないかしらん、て不安を抱えたまま年を重ねていくのはホントにしんどいもんよ。
仰るとおり、潮時なのかもね、私たち』
と憎まれ口をたたくので、こっちもつい腹立たしくなって言い返しますと、彼女も黙って引っ込むタマではない、指を一本引っ張って噛み付いてきました。私は大げさに
『あーああ、指まで食いちぎられちゃって、こんなじゃもう会社にも行けやしない。ずうっと下っ端のまま、出世も出来ないかもなあ。もう世を捨てて坊さんにでもなるかなマジ』
脅しつけたうえ
『終わったな。じゃ』
と言い放ち、噛まれた指を折り曲げてすたこらと去りました。
<<男の捨て台詞ポエム>>
指折り数える愛の日々
お前の折った一本が
そのままお前の悪い点
恨むなよっ
<<女の恨みごとポエム>>
辛さを心に秘めながら
数えた指はひとつ折れ
これが別れる折なのね
さすがの彼女も最後には涙目でした。
そうは言っても、本気で別れるつもりはなかったんですよね。なのに、意地で音信不通のまま、相変わらずフラフラ遊びほうける日々でした。
そんなとき臨時出勤がありまして、これがまた霙の降る寒い夜でしてね。
退社後三々五々に散っていく同僚を横目に、さて自分の帰るところはと思うと、やはり元カノの家以外にはないんですよ。
会社の宿直室で泊まるというのも気乗りがしないし、だからといって今カノの家もちょっと面倒臭い・・・て感じで。
そうだ元カノは今頃どうしてるだろう、様子を見るだけでもと雪を払いながら何気に行ってみました。
なんとも決まりが悪かったんですが、いくらなんでもこんな寒い夜に追い出すようなことはしないだろう、数日来の怒りも解けるかも、と思い戸をたたくと、ムーディーな間接照明の下で、着替えの服も用意万端、部屋もぴしっとととのえてあり、明らかに私の訪問を待っていたようなふしがありました。
ふふんやっぱりね、と得意になったものの本人がおりません。残っているお手伝い連中に聞くと、
ご実家のほうに今夜は帰られています』
という。
顔も見せないうえに書置きも何もなし、ただそっけなく事務的な対応であったので、すっかり拍子抜けしました。
もしやあのとき悪口雑言を吐きまくったのも、自分を嫌わせて別れるためだったのかそうなのか? などと思ってへこみそうになったのですが、用意してあった着物が色合いも仕立ても素晴らしいものでしたから、いやいやきっと別れた後でも私のことを考えていてくれたのだ、と嬉しくなりました。
私のほうはこれで、まだ望みがある、まったく愛想をつかされたわけではないんだと思い、何とかよりを戻そうといろいろ言ってもみたんですが、向こうは完全に別れるでもなく姿をくらますでもなく、無視するでもない。
『わかるでしょ、このままだとまた同じことよ? あなたがすっかり浮気癖を改めて落ち着くのなら、また一緒に暮らしても良いけど』
なんて繰り返すだけで。
そうは言ってもねえ、そんなにすぐハイそうですねと収まるもんでもないじゃないですか。オマエの方こそ改めるべきとこないか?とも思って、
『もう浮気しない。ゼッタイ』
とはっきり約束することもせず、強情を張っていましたら、彼女は本気でウツに入ったのか、とうとう亡くなってしまいました。しまった、シャレになんない、と猛省しましたね。
生涯を添い遂げる女性なら、あの程度でちょうどよかったのになあ、と今でも思います。
ちょっとした趣味ごとや実生活のイベントでも、それなりに相談しがいがあったし、染め物や縫い物は昔話の龍田姫か織姫か、というくらいの腕でしたし、本当に何の不足もなかったんですよね、今考えると」
……
(OLたち乱入)
「はぁー? 何ソレ、ありえなーい。サイッテー」
「でっしょー。あのセクハラ親父、ホントよっく言うよねー。顔合わせるたんびに必要以上ににじり寄ってきてさ、今日はやけに綺麗だね、あ、香水変わった? デートでもすんの? 彼氏どんな人? とか、いちいちいちいちウザイのなんの。とても反省してるとは思えないよ、普段の言動みてるとさ」
「彼女かわいそうじゃん(泣)正当なのはこっちなのにさ。二股三股かけられたら怒るの当たり前だろっ。挙句の果て死んじゃうなんて……ひーん、もらい泣き」
どーせこんな日には行くところもなくてウチに来るだろうって、すっかり行動パターン読まれ切ってんのに、あの程度でよかったーなんて超失礼よね。そういうオマエがどんだけの男なんだっつうの」
「ゼッタイ、とっくに愛想つかされてたんだよ!こんな奴に未練なんてありえなーい、より戻すなんて気さらさらなかったと思う、彼女。ただ家も知られてしストーカー化されちゃ困るからテキトーに相手してたんだよ」
「浮気親父に、天誅うー!」
「ところで右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「王子はこの話、どう言ってたの?」
「王子はね、黙って聞いてるだけだったって。中将様がいろいろ突っ込んでたって。こんなふうに」
……
「織姫並みの技量ということはさて置いて、織姫・彦星の永く添い遂げる間柄♪ てところだけはあやかりたかったもんだねえ。
なるほど、龍田姫並みの染色の腕前はたいしたものだったんだろうけど、花や紅葉も季節にふさわしい微妙な色かげんをちょっとでもはずすと、台なしになっちゃうもんだしね。
だからこそ難しいんだよねー」
……
「右近ちゃん」
「何」
「後半、意味わかんないんだけど」
「んー、中将様ってイケメンでオシャレで素敵なんだけど、ちょっと気取りやさんだよねー。あのね、つまりは女がもうちょっと柔軟になればよかったんじゃない?て言ってんのよ」
「はあーーーーーーー?」
「私が言ったんじゃないって。ふっ、だから言ったでしょ、オトコの本音なんてそんなもんよ所詮」
「王子様も?」
「多分ね。おきのどくだけど」
「ひーん(涙)」
……
「ところでですね、やっぱりヒラの頃につきあってた女がいるんですが……」
(OLたちと他の男どもの心の声)
「まだ、あんのかよ!」
「長げーよ!」
「やっぱり全然反省してないじゃん!」
左馬”セクハラ親父”課長代理の話はまだまだ尽きないのであった。
<帚木(五)につづく>
参考HP「源氏物語の世界」
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