2010年6月29日火曜日

短編小説:穴が開いた(2)

 
 日々の暮らしの中で、穴の存在は徐々に忘れ去られていった。蓋にタイヤが乗り上げる度響くごおぉんという不気味な音にも皆慣れて、いちいち怖がらなくなった。

 月日は流れ、小さな村は隣の大きな町と合併することになった。広く便利な道路が沢山作られ、車や人の往来は格段に増えた。かつて町に向かう最短ルートであった鉄蓋付きの道は、歩く人もほとんどいなくなった。蓋の周りには丈高い草が生え放題、整備を施されなくなった路面はデコボコに波打った。

 ある日小さな男の子が行方不明になった。右手の甲に、生まれつき大きな十字型の痣がある子だった。近所中くまなく探したが見つからない。男の子の祖母によると、前の日に散歩に出かけた折、あの鉄蓋の下にある穴の話をしたという。男の子は大変興味を持ったようで、帰ってからも何度も同じ話をせがんだ。男の子の父親と母親は件の道路に走った。男の子の姿はない。草を掻き分け、蓋の近くに寄ると、ボルトが錆びて外れている。蓋はごくわずかだが、開いていた。新月の翌々日の月のように。ちょうど子どもの体の幅くらいだ、と父親が思うのと同時に母親が切り裂くような悲鳴を上げた。見ると草むらに男の子の履いていた靴が片方だけ落ちていた。

 町は大騒ぎになった。警察や消防の車が寂れた道路に殺到した。厚い鉄の蓋は重くて容易に動かせない。誰がどうやって開けたのか、いくら錆びてもボルトがあんなふうに外れることはあり得ない、特殊な道具なしでは絶対に不可能だ、と鍛冶屋を廃業し隠居した老人が震えながら呟いた。

 数時間かけて、やっと大人が二、三人ほど入れる隙間を開けた。だが誰も中に入ろうとしない。かつての村長も、蓋の上を悠々と通ってみせた大工も、とうにこの世を去っていた。母親は髪を振り乱し男どもを押しのけ、半狂乱になりながら自分の体に太縄を結びつけ、さあ下ろせと叫んだ。止める夫の手を振り切った彼女の足が穴の縁にかかったその時、おーいと声がした。薄暮の中、男の子が走ってくる。その手には大きな十字型の痣があった。再会した三人は大きな声でわんわんと泣き出した。周囲から安堵と感動の拍手が沸いた。

 皆が安心して解散しかけたとき、祖母が男の子の両手を握り静かに、何処へ行っていたのかと聞いた。男の子は俯き、もじもじしながら、穴の中だとこたえた。一度穴に落ちたのだが、気がつくと原っぱの真ん中にいた、母親らしき声がしたので近づいてきたのだという。

 その話は一夜にして国中に広まった。穴と蓋との隙間は奇跡の証拠として閉じられずそのままにされた。人々は寂れた道路に続々と集い、危険を避けるため周りに張り巡らされた柵は、願い事を書いた紙や板で埋まった。地元では、この騒ぎを苦々しく思う者も少なくなかったが、余所者の落としていく金が馬鹿にならないのも事実で、表立って文句を言うことはなかった。
(3)に続く

4 件のコメント:

  1. ああ、やっぱ読んでしまったあ!
    十字架ですよ!
    きたきた!
    しかも穴に落ちたはずなのに
    戻ってくる!
    なんかある!
    穴ですからね~。
    なんかやるでしょ?
    おさかさん、あなたはヤル人だ。
    淡々と書いてるけど、おさかさんの頭の中では
    ギャンギャンしてるでしょ?
    くっそー!
    どうなる?!
    穴!

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  2. あははは(汗)
    期待しすぎだっちゅうの!
    今日中に続きアップしやす♪

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  3. 底知れない巨大な穴・・・
    鉄の封印・・・
    子供の消失、そして再生・・・

    一体この穴はどんな不思議な存在なのか?
    どんなパワーを秘めているのか?

    ・・・期待がつのりますねぇ!

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  4. 矢菱虎菱さん
    あははは(大汗)。
    期待持たせ杉なんですね(滝汗)。

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