2010年3月21日日曜日

三月に観た映画 その2

「ね、ね、誰? 誰がやってくれたの?」(ウロ覚え)でお馴染みのブルーレイが勝手に録画してくれた映画が溜まりに溜まっている。時々DVDに落とし、良さそうなやつから目を通す、とやっているが、既に「生きている間に見切れるのか」という量に達している(おおげさ)。

「俺たちに明日はない」1967年(米)

言わずと知れた超有名な映画。大恐慌の不況にあえぐアメリカで実際にあった事件を元に作られた。ぱっと最初の画面で連想したのは「イージー・ライダー」に出てきた、まっすぐな道。年代的にはもっと後なんだが、アメリカの良心の終焉、道徳観・倫理観の崩壊の始まりはここからのような気がする。

昔一度観ただけなので記憶が飛んでいたが、クライドの兄の妻役が秀逸だった。牧師の娘だったというのも象徴的だし、外見はいかにも厳格に育てられた風の真面目そうなダサ子ちゃんなのに、他の誰より卑怯で金に汚く自己チュー、ってところが何とも。いるよなあこういう人。
ボニーを演じるフェイダナウェイは納得の美しさ。こちらは悪ぶっているけど中身はピュアな乙女。


「カポーティ」2005年(米)

「冷血」ってどっちのことやねん、というのがテーマだと思われる。画面はとにかく構図や色や配置にこだわりまくっていて大変美しく見ごたえあり。セリフは最小限に抑え、無駄なシーン一切なし。アカデミー賞にノミネートされたのも納得いく。この超絶センスは兄貴系、なのかもしれないと監督及び「友人」つながりのスタッフを見つつ思う。
しかし「ノンフィクションノベル」というのは今もあるジャンルだけど、かなり心身ともにキツイみたいだ。特にトルーマンのように自分で取材する場合は。「冷血」のあと書けなくなったというのも頷ける。

山口光市の母子殺人、遺族の本村さんの言葉。「(マスコミは)何故殺したのか、その背景ばかりを気にしているが、そんなことはどうでもいいことで、『どうしたら人を殺さないようにできるか』を考えるべきだと思う」
フィクションが事実に追いつけないと言われて久しいが、フィクションに出来ることはまだありそうな気がする。今のところ気がする、だけだが。

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