2009年11月17日火曜日

四十代主婦、西尾維新を読んでみた

中学生の娘が最近、ライトノベルばっかり読んでいる。
と、以前の日記にも書いた気がするが、相変わらずである。
このところ、やっと私にもわかる、というか聞いたことのある作者のものを借りてきたので、読んでみた。

「クビツリハイスクール」西尾維新

おどろおどろしいタイトルの割にこのアニメな表紙、ポップな装丁。世間一般で言うライトノベルのイメージそのものの外見に、正直のっけから引いた。

で、二ページほど読んでみて。
おお、案外文章は確りしている(失礼!)。四十代の、本にはちょっとうるさいオバちゃんの目にも、特にひっかかることなくするする読める。登場人物の名前と喋り方と設定そのものがアニメっぽいというきらいはあるが、まあその辺慣れればなんてことない、かもしれない。
といいつつ、そのまま放置して一週間。そろそろ返さなきゃイカンというので、しぶしぶとまた読み始めた。今度は最後まで何とか読んだ。

うむむ。
なんともいえない読後感。
読みにくいかといえばそんなことはない。ドライブ感もあるし、キャラクターも面白い。話のつじつまとかは、あって無きが如し、というか、言うのは野暮……という雰囲気で、まあ特にそこがどうこうと突っ込む気はさらさらない。そんなこと問題じゃないのだ。
お話としては、こんな感じ。
世間的にはお嬢様学校として知れた学園に、訳もわからず女装して乗り込まされた主人公。ある女生徒を救い出すのが任務だが、いまいち事情がわからない。どうやら学園は通常の学校ではないらしい。そこで起こった密室バラバラ殺人事件、主人公と請け負い人は、否応なく巻き込まれていく……
書いてて思ったが、漫画みたいだなあ。この荒唐無稽な設定と無茶ぶりなストーリー展開、あり得ないキャラクターたち。まあしかし、そういうのも嫌いではない。アニメ声の危ない武闘派少女とか、口は悪いが超絶美人で天才・最強のお姉さまとか、よわっちそうなのに実は策士の主人公とか。悪くはない。最後まで飽きずに読めたし。
しかし、思った。この主人公(男)の語り口だけ、なんか純文学っぽい。文体が、という意味ではない、言ってることがである。以下、私が勝手に抱いている純文学風の考え方のイメージ:
「だって、俺(私)はこんなだから、当然こうするっしょ?」
そこに論理的思考とか、世間一般の常識とか、フツーの大人ならこう考えるっしょ、などというものは存在しない。ただ「自分」のみ。「俺(私)が基準」。
いや別に私は純文学を否定するつもりはない。むしろ好きである、ただし現実に自分の近くにそういう人がいたらイヤだし困るが。
これ読んで、ますますライトノベルの定義がわからなくなった。定義なんてする必要もないのかもしれないけど。

ちなみに中学生の娘の感想:
「面白いんだか、面白くないんだか、わかんなーい」

……だったら勧めるなよ。

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