2016年10月12日水曜日

十月に読んだ本

朝晩めっきり涼しくなりました。読書の秋です。
 
「ドキュメント 太平洋戦争全史 上下」亀井宏
 
ドキュメント、という名にふさわしく、作戦名・戦艦名はもちろんのこと、所属する部隊や役職まで緻密に書きこまれている。どうしても文が長めになるので最初は少し読みづらかったが、これらがきわめて大事な、省略することのできない情報であり、著者のもっともこだわったところだということはすぐに実感できた。
太平洋戦争においては、ミッドウェーの大敗により急速に戦況が悪くなっていった、ということは漠然と理解していたが、それを本書で戦力の損耗量として明示されたことで非常に納得がいった。
 各作戦で何人死んだ、ということはあまり書かれていないのだが、戦力(=乗り物)が次々と失われていく様子がなかなかに胸に来る。乗員はもちろんのこと、それらを作り・運び・メンテナンスしてきた多くの人たちも、比喩ではなく命をかけて仕事にあたっているはずだ。その膨大な時間と労力と費用が一瞬にして無残に破壊される絶望感、想像するに余りある。
戦後がもう遠くなった時代に生まれた私としては、なぜもう少し早くこの戦いをやめられなかったのか? という疑問がいつもある。さまざまな理由が絡み合って、一言ではいえない問題だということだけはわかっているが、本書からは「正しい情報を得られなかった」ということがまず第一かと感じた。戦力が低下していくにつれ、その傾向はますます顕著になっていく。大本営の隠ぺい体質云々以前に、まず現場の人間が、正確に状況を読み取ることができなくなる。レーダーも日本軍は末期までもっていなかったし、急造のパイロットは、操縦に精一杯で敵船団の様子を詳細に観察できず、空母なのか駆逐艦なのか掃海艇なのか、という区別も怪しい。制空権・制海権を大幅に失い、輸送もろくにできなくなってくると、ますますこのような技術的な問題は大きくなり、解決からは遠ざかっていく。正しい情報を得る手段がなく、正しいかどうか判断する材料すら急速に失われる中、待ったなしの現場の動きに引っ張られ、流れに呑まれてしまった、というところか。
戦史もので共通して述べられているのは、戦場で働いた人たちは(兵士でもそうでなくとも)全員、本当によく頑張ったのだ、ということ。このような底力が、自分の中にもあると信じたい。
 

2016年10月7日金曜日

末摘花 五(ひとり語りby侍従)

 八月二十日過ぎのことでございました。中々顔を出さない月のかわりに星の光がさやけく照らす、松の梢を吹く風の音も心細げに響く夜……ぅぷふあっっっ
 し、失礼しました……息が続かないよー何これ超辛くない? 右近ちゃんよくあんな長い語りやったよね……え? 何? やだっマイク入ってんの?!やっば……ん? 素でやれ? そうねーアタシもその方がやりやすいし! りょーかいっ!
 
 でね、その晩。おつきの人と泣ける昔話なんかしつつゴロゴロしてたヒカル王子なんだけど、そこに大輔の命婦さんからの「今ですわ!(はーと)」てお知らせよ。そりゃもういそいそと、でもこっそりと、例の常陸宮の邸へGO! したわけ。
♪ようやく出てきた月の下
 ぼうぼうと、薄気味悪く荒れた籬(まがき:垣根)、
 ぼんやり眺める王子の耳に、
 かすかに聞こえる琴の音♪
 王子の到着ドンピシャに合わせたこのカンペキな演出、さすがは大輔命婦さん。古臭くてボロッボロのお屋敷もなんだか風情あるよに見えてくるから不思議よね。
 耳の肥え過ぎた王子からしちゃ
「うーん、何かカクンカクンしてて乗れない……もう少しキャッチーな感覚がほしいとこだなー」
てなくらいの腕だったみたいだけど、まーいいじゃんねそこは。プロじゃないんだし。
 何しろ辺りに人目というものが皆無な屋敷だから、王子一行は気安くズカズカご入場。物音に大輔の命婦さん、今初めて気づきましたー! みたいな顔で姫君にしれっとこうよ。
「まあ、なんてことでしょう(棒読み)。(うにゃうにゃ)…ってことでヒカル王子がいらしたようですわ。何とか姫さまに繋いでくれという矢の催促を、私の一存では、とずっとお断り申し上げていましたのに。困りましたわね。『この際、直接お話ししたい』とかねがね仰ってはいらしたのですよ。ああ、どうお返事すればよいかしら? 並々ならぬお気持ちでのお出ましでしょうから、あまり無下にも出来ませんわ……如何でしょう、物越しにでもお話を聞いてみるだけ聞いてみては?」
姫君はメチャクチャ恥ずかしがって、
そんな……知らない男の人と、何をどうお話していいのか……」
ずずずずっと奥に引っ込もうとする。命婦さん、
「姫さまは、まるで幼い子供のようにお可愛らしくていらっしゃる」
と、それはそれは優しい、慈愛に満ちた微笑みを浮かべつつ(怖)、
「親御さまがご健在で、何不自由なくお世話をしてくださっているのならば、箱入り娘のままでいらしても致し方ないのですが……このような(社会的にも経済的にも)心細い有様だというのに、世間を知ろうともせず引きこもってばかりいらっしゃるなんて、よろしくありませんわ。大人にならなくては
あくまで丁寧に、真綿より柔い言葉でじわじわと、的確に弱い所を締めてくる。怖いわ~。
 そうそう、しばらくお側仕えしてみてわかったんだけど、この姫さまって、筋金入りのお嬢様育ちってだけじゃなく、元々からして他人に反抗するとか拒否るとか、そういうことできない性格みたいなのね。そりゃ大輔の命婦さんからしたら、赤子の手をひねるようなもんだわ(ぶるる……)。
「答えなくていい、ただ聞いていればいいと仰るなら……格子もしっかり閉めてあるなら、いい、かも……」
と恐る恐る譲歩したのをすかさず、
そうですか! でもさすがに王子を外の簀の子(オープンデッキ)などに座らせるのは失礼にあたりますからね、一応軒下には入っていただきますわ。いえいえ大丈夫ですよ♪ヒカルさまだってそこまで強引でもチャラくもないですから、ええ」
と言い切るや、二つの部屋の端にある障子を手づからがっちり閉め、敷物しいたり調度品置いたり色々サクサク整える。
 姫君はひたすらもじもじもじもじ……滅多にこないお客、しかも男、しかもヒカル王子! リア充女子だってテンパりそうな状況なのに、ましてカレシいない歴=年齢の桐の箱入り娘ちゃん、心得も何もあるわきゃない。完全思考停止状態で、大輔の命婦さんに100%丸投げモードよ。
 そうこうしてるうちに、さあ夜も更けてまいりました♪ 古女房さんたちは部屋の奥に引っ込んでおねむ、だけど若い女子は眠るどころじゃない。何せあの! イケメンヒカル王子がっ! ま・さ・に今、目と鼻の先! ヤバイよね! うんヤバすぎ! いっぽう姫君は、一応一番いいお着物にお着替えして化粧直しもしたものの、どうしていいのかわかんないって感じで、ただただボヤーっと座ってる。
(小声)「大輔の命婦さん?」
「なあに侍従ちゃん?」
「ヒカル王子、メチャクチャ気合入ってません? なんだかキラキラ☆オーラ当社比三倍増しってかんじー」
「そうね。お忍びらしい抑え気味なコーディネートでありながら、かえって顔の華やかさが映える絶妙なバランス……やるわね。さすがは我が乳兄弟」
「それにしても、この部屋やたら暗くないですか? これじゃ姫君の顔も何も」
「見えなくていいものが沢山あるのよね、ここには」
「ああ……(察し)ちょっと、いやかなりボロ……古いですもんね、お部屋も調度品も。まあそれだけ由緒正しいおうちってことですけど」
「フォローありがとね侍従ちゃん」
 薄暗い部屋の奥から、んごごご……と鼾の合唱。古女房さんたちだ(といっても多分三十代~四十代)。
「そうなのよ。古いのよね……何もかも
 命婦さんふっかーく溜息をつく。
「……あのー、言っていいですか」
「なあに?」
「正直、この場所にヒカル王子って……イケメンの無駄遣いっすね
「それは言わない約束よ侍従ちゃん」
「まあでもアレですね。こんだけコミュ障……いやおっとりされていらっさる姫さまなんだから、逆に安心? ていうか、少なくとも変なとこでしゃしゃって失敗、なんてことにはならないですよね絶対」
「それは確かにそうなんだけど……ただ私がこうして手引きしたことで、こんな純朴な姫さまに余計な悩みを負わせちゃったりしたらって思うとね……さすがに胸が痛むわ
と言いつつ、何気に姫君を端近に押し出す命婦さん。抜け目なく姫の衣にたきしめておいた香りがふんわり広がる。
(おお、何かいい感じ。お淑やか通り越してちょっと静かすぎる気もするけど、筋金入りのお嬢様だもん仕方ないよね♪超期待)
王子、俄然やる気アップ。立て板に水と口説き出す。
が。
返事がない。ていうか、無反応
???
 だけどそこは百戦錬磨のヒカル王子、困惑しつつもお歌よむ。
 
 何度あなたの沈黙に負けてきたことでしょう
 ものを言うなとも仰らないことを頼りに
 色々と言ってきましたが、捨てるなら捨てて構いません。
 「どうせ同じことならば思っていないと言い切れないのか、どうして世の中はこう『たすき』のように  人に思いをかけずにいられないものなのか」
 の歌のように、私は苦しい……
 
「(小声)ほらっ侍従ちゃん出番よっ!」
「え、えええ?!ちょ、まって……うーーーーんと……」
 
 鐘をついて論議を終わらせるように
 もう何も仰らないでチーン
 なんてさすがに言えませんわっ!
 
「ん? 随分若い声だな。何かノリ軽すぎだし……まさか姫君? にしちゃ馴れ馴れしすぎんじゃね?」
王子鋭い。
「珍しすぎて、何と言ったらいいのかわかりませんよ。
言わぬは言うに勝る、ともいいますが
かといってずーーーっとだんまりのガン無視はさすがに傷つきますって……」
 
などなど、あくまでさりげなく、だがまっとうにジャブを繰り出してみる王子だけど、
無 反 応。
「何なのこの態度。意味ワカラン。実はほかに男がいるとか、そういうオチ???」
 ついにブチ切れたヒカル王子。すっくと立ちあがり中に押し入ってキター!
大輔の命婦さん、
「あーあ、やっちゃった。こうなると誰も止められないわ……侍従ちゃん、あとよろしくね。じゃ」
「え?!ちょ、待ってくださいよー命婦さん! あわわわ」
 
…… 翌日、オフィスにて ……

「へー、それでどうしたの? 侍従ちゃん」
「どうしたもこうしたも……あ、これ美味しいね右近ちゃん。生姜が効いてて」
「でしょー。今内裏で大流行りの黒糖きなこおこしよん。ま、今朝大輔の命婦さんにいただいたんだけどね。侍従ちゃんにって」
ええーーー? 何ーーー? もう命婦さんったら……一人でお部屋に逃げちゃってー」
「侍従ちゃんは逃げ遅れたわけね」
「そりゃそうよ。まだ屋敷の間取りとかよく覚えてないし、あんな真っ暗にされてたらどこにも動きようがないって。一部始終見ちゃったわよ……聞いたというべきか」
「あらあらあら。それはそれは。で?」
「んーーーー、なんというか……どう説明したらいいんだろ。王子はねー、まあ普通にしてたんだろうと思う。ああこういうふうに口説くのねーって。だけどさ、姫君よ。この期に及んでもまったくの無 反 応 なわけ」
「へえ……だってカレシいない歴=年齢なんでしょ? 必死で逃げるとか泣くとか怒るとか、そういうのもないってこと?」
「そうなのよ! 空蝉さんみたいに全力で抵抗ってわけでもないし、かといって夕顔さんみたいに全力で身を任すってことでもないし……王子最後まで腑に落ちない感じで」
「何だか気の毒ねー。あ、王子がね」
「うん。溜息つきながら夜中にそーっと帰ってた」
「どーすんのかね、この後」
「さあ……」
 
>>「末摘花 六」につづく
参考HP「源氏物語の世界

2016年10月6日木曜日

九月に読んだ本 2

「空棺の烏」阿部智里
 
「八咫烏」シリーズ第四弾。作者、凄い勢いで書いてる、そして凄い勢いで進化している。今回はいわゆる訓練学校(寄宿制)での、少年たちの成長物語・・・なので、登場人物の九割が男。先輩後輩の序列が明確で、政治的な派閥も絡み、思惑や陰謀が渦巻く寮生活。ホグワーツのクィディッチ試合を思わせる立ち回り、インディ・ジョーンズばりの冒険活劇。これはもう、きっと作者の趣味・嗜好炸裂の作品とみた。雪哉のみならず、一人一人の男性キャラをここまで生き生きと、楽し気に書かれると、デビュー作が女子中心の話だったことが大変不思議。自分への挑戦だったのか、それとも、若宮や他の男性キャラを引き立たせるための裏技だったのか。伏線はりまくりの、どんでん返し好きな作者ならばきっと両方アリ、なのだろう。
それにしても雪哉くんの腹黒さにはしびれる。そしてやはり、浜木綿さんがもうひとつ活躍が足りない気がする。悪い女性を描くのはかなり上手なので、悪そうorクールにみえて実は・・・てな感じのツンデレ系女性ならいけるのではないだろうか。ていうか次作すでに出てるし、今後大いに期待♪
 
「満鉄調査部」小林英夫
 
この本、かなり薄い。いつもなら二時間あれば読めるボリュームなのだが、中身が濃くてなかなか進めなかった。無駄なことは何もなく、史実や資料に基づいた客観的事実が整然と述べられている。こういう文章、若い頃はただ無味乾燥で退屈と感じたものだが、今は端的な情報ほど背後にあるものや意味を理解しやすいように思う。
鉄道を中心に、ひとつの国をほぼ一から作り上げるという大事業、当時多方面から人材を募っているが、呼ばれた方も相当にワクワクしたのではないかと思う。いわば事務方のトップエリートたちが、くる日もくる日も生真面目に調査を積み重ね、集めた膨大で精度の高い情報と、実用に足るよう整理しまとめあげた考察の数々が満州国、ひいては本国日本を支え、戦中においては軍にも大いに活用された。終戦とともに満州国も調査部も消滅したが、彼らの活動や経験は、戦後日本の復興に少なからぬ影響を与えているという。
高度成長を支えたかつての「日本型経済システム」も、今はグローバル化という声のもとに崩れてしまっている。素人考えとして、すべてを元に戻すことは不可能としても、こういう、ある意味囲った中での経済を何とかする、ていう方式のほうが、やはり日本と日本人には合っているんじゃなかろうか。まあ、そもそも世界的にも、「グローバル」て無理なんじゃ? という雰囲気にはすでになってる気もするが。 

2016年9月27日火曜日

九月に読んだ本

烏に単は似合わない」
「烏は主を選ばない」
「黄金の烏」
阿部智里

本はネットで便利に買える昨今だが、本屋に行くのもやめられない。新しい紙と印刷の匂いと、平積みになった本の表紙を見て回るのはいくつになってもワクワクする。それぞれに人の目を引くよう工夫をこらし、我こそはと主張する本ばかりの中で、何故か妙に目につく本というのがたまにある。一度きりではない。何となく気になる、くらいの本ならたくさんあるが、二度三度と同じ作者の本が自然に目に入ってくるようであれば、それは自分にとって間違いなく外れなしの本である。
と、いう法則が今回発動。なんと中学生の子供が借りてきた。ああっと思わず声が出てしまった。親子の絆ってすごいもんだ(笑)単に好みが似通ってるのかもしれんけど。
 
いわゆる異世界ものだが、非常にきっちりと構築されていて、すっと入り込むことができる。魔法や術などに頼らない・全体的に人生ハードモードなところは、十二国記を思わせるが、特に一作目(デビュー作・松本清張賞)は平安時代の宮中の、女御たちの寵争いをモチーフにしていて、源氏物語好きの私としてはかなりツボ。女子のいやったらしいじわじわしたイビリの描写もさることながら、何気ないエピソードを装って伏線をはりまくり、最後にぜんぶつながってどんでん返し、という技にはしびれた。こういうの好き。どんどんやってください。文庫にもなってるようなんで、買います。はい。
ただどちらかというとこの作者、男子の方が得意?な気がする。男性キャラは子供からおじさんに至るまで、悪役だろうが良い人だろうが魅力的なのに対し、若宮の奥様はもうひとつ…個人的には薄さん好きなんだが、せっかく最強の二人をペアにしたんだからもっと活躍させてほしいなあ。

2016年9月13日火曜日

九月に観た映画 3

「残穢(ざんえ)」中村義洋 2015
「鬼談百景」2015
 
子供が生まれてある程度大きくなるまで、何が怖いって子供といることが怖かった。圧倒的に弱い生き物と常に密着せざるを得ない状態というのは、つまり一人でいる時よりも数段「弱くなる」ということだ。これがなかなか精神的にキツイ。母は強くなる、というが、それは母の愛とか感情的な色々以前に、この最弱の組み合わせをレベルアップするには大人である母の方が強くなるしか方法がないからだ。母性本能ってつまりそういうことなんだろうと思う。
こういった焦燥感というか、恐怖感を子供の人数分味わった今では、お化けや幽霊はまったく怖くなくなった。そういう話を聞いてもその時うわあと思うだけで、夜怖くてトイレに行けないとか眠れないとかいうことは一切ない。それはそれでちょっとつまらないことではある。
とはいえ今でも怖い話は好きでよく読む。映画は久しぶりだったのだが、二作とも楽しめたことは楽しめた。特に「残穢」は相当トーンを抑え気味に始まって、じわじわと「繋がっていく」感じが中々にぞくぞくできてよかった。が、ラストが…うーん…正体がよくわからないから怖いのに、実体になっちゃったら単なるびっくり箱ですがな。小説と同じにするのは映像的に難しかったのかもしれないが、そこは何とか、もうひと工夫欲しかった。「鬼談」の方も、演出がちょっと派手すぎ。もう少しあの「そこはかとない怖さ」を表現してほしかった。
二作とも丁寧な造りで、竹内結子さんの語りが秀逸だっただけに惜しい。ただ、私以外の人が観れば怖いのかもしれん。基準がもうわからなくなってしまった。
 
「オデッセイ」リドリー・スコット 2016
 
怖いといえば、状況的にはよほどこっちのほうが怖い。火星探索に来ていた宇宙飛行士たち。嵐に見舞われ、ひとりが飛ばされて行方不明、生存絶望として船は出てしまう。一人残された男がいかにして救援が来るまでの日々を生き延びるか、という話。
そもそも宇宙飛行士じたい、生半可な人が就く職業ではない。頭脳明晰・優秀なのはもちろん、鋼の体力とメンタルも要求される(と、「宇宙兄弟」で読んだ)。絶望的な状況下でも、取り乱すことなく冷静に問題点を分析し、ひとつひとつ解決していくという、まさにサバイバル能力の超絶高い主人公であるからこそ成り立ったドラマだ。やっぱり色々知っていて、色々できることが多いほうが、生き延びる確率は上がるんだなーと実感する。
彼の帰還のために、国籍や人種の違いを超えてたくさんの人々が働き、祈る。きれいごとといえばそうかもしれないが、単なる根性とか精神論ではなく、優秀な頭脳と高い能力によって物事が動くさまは見ていて気持ちがいい。
この超絶エリートたちそれぞれの結構なオタクエピソード(でも重要事項)も面白かった。小説のほうも読んでみたい。

2016年9月12日月曜日

九月に観た映画 2

「シン・ゴジラ」MX4D
 
まーた観てしまった。シンゴジラの面白さについては、山ほどレビューがあるのでもういいかと思う。なので初体験の「MX4D」について書いとく。
屋上にゴジラがいる「新宿TOHOシネマズ」のMX4Dシアターは二日前から予約可能になるのだが、その日の午前中みるみる埋まっていって慌てた。もともと座席数が少ないのに加えレディースデーであったことも大きいのだろうが、シンゴジラ人気はまだまだ高いと実感。新宿という場所も考えると、早めに予約しとくのが吉かと思う。
シアターはややこじんまりしているが、座席は結構広めでふかふかしてて座り心地は良い。手荷物は膝の上、傘は入口で預けられる。蓋つき飲み物の置き場もあるし、ポップコーンもビニール袋をもらえるので、こぼれる心配は少ない。
予告編からすでに椅子からポコポコ突き上げが。でもびっくりするほどではない。ミスト状に吹きかけられる水は、顔が結構濡れることは濡れるが、むせるほど大量ではない。ただ、メガネの人はちと面倒かも。レビューには、気が散って本編に集中できないので最初は普通のシアターがおススメ、という意見もあったが、個人的にはそこまで邪魔になる感じはしなかった。映像のインパクトに比べるとちょっと物足りない?くらい。一緒に行った友達が「お化け屋敷みたい」と評していたが言いえて妙。
MX4Dについて結論的には、何人かで連れ立って行く&レディースデーなどの割引日なら、選択肢の一つとしてはアリかと思う。早めの予約必須。映画館的には、料金がそこそこするので、いっそ完全にイベント用としてほかの企画(声出しとか)との合わせ技がいいんじゃないだろうか。

そしてこれ観終わってから、野村萬斎さんてドコに出てた?!という話になり、友人が調べたらまさかの
ゴジラ!!!
といっても中に入ってるわけではなく、萬斎さんの動きをトレースしてるらしい。ああもうまた観たくなってきたじゃまいか。


「モスラ対ゴジラ」1964年

というわけで借りてきた。
小さい頃に何回も何回も!観たこの映画。当時見飛ばしていたであろう場面が、今となればけっこう見ごたえがあって楽しい。台風により不時着した巨大卵、それに群がる新聞記者・金儲けを狙う商売人たち。これだけ大人が話してるだけの場面が多いのに、当時の小学生が皆黙って観てたというのはすごいことだ。子供って実はいろいろ理解できる頭があるんじゃないか? でも、まったくこの辺の会話は覚えてないけど!

放射能という言葉の多用はいかにもという感じだが、ゴジラの登場の仕方が中々にショッキングでカッコいい。これ中に人が入ってたんだよねえ。動き方がヨタヨタしてるし段差で転びそうになるし鉄塔にしっぽひっかけてよろめくし、三歳児か(笑)建物の壊し方も何だか子供が駄々こねてるみたいだ。そして避難民の一部が着物姿で、学生が学ラン姿ってのがまた時代。
モスラの生息する南の島や島民は今見るとちょっと笑ってしまうけど、その風景や服装、動き方やなんかも実に丁寧に作りこんであるのがよくわかる。新聞社の他にも警察消防自衛隊、危機に対して大人が真剣に働く姿を、当時の子供たちはこれで疑似体験してたんだなあと思うと感慨深い。戦車とか戦闘機とかヘリとか、まあプラモデルだったりするんだろうけどそれがまた相当クオリティ高い。
そして幼虫モスラの双子が愛らしすぎる!武器弾薬にびくともしなかったゴジラが、幼虫モスラのきわめて有機的な戦い方にあっさり負けるあたり象徴的だが、カワイイから許す。それに島への帰り方、てっきり孵化して飛んでいくのかと思ったらまさかの遠泳。そうだこの場面記憶にあるわ…二体並んでざっぷんざっぷん…可愛い。たまらん。

2016年9月2日金曜日

九月に観た映画

シンゴジラ」

夏休みが終わり、久々に朝から誰もいない時間が! てことでやっと観ました。関東大震災の日=防災の日、でもあったので、いろんなところで防災訓練やっててそういう意味でもタイムリー。
さて感想はこの一言に尽きる。
面白かったー!!!むちゃくちゃ面白かったー!!!
ゴジラを映画館で観ていた世代としては、冒頭ですでにワクワクできる。そうそう、田舎の映画館だと、最初に東映まんがまつりで、最後に東宝のゴジラだったんだよねえ。あの音楽が流れ始めると、館内の空気が一斉にピーンと張りつめたもんだった。最初に軽く原因不明の事故みたいなのがあって、「何かの生物なのでは…」という説が一笑に付される流れも同じ。細かいとこだけど、セリフがかなり早口で長いのもイメージ通り。当時幼かった私には、何いってんだかさっぱりだったが、大人たちが右往左往して色々言い合ってるだけで緊張感半端なくて結構怖かったもんだ。戦闘シーン少ないとかいう意見も散見するけど、人間の精一杯の努力が一瞬でぶち壊される絶望感は半端なく、もうじゅうぶんですやめたげてください…と言いたくなる。さすがヱヴァの監督、破壊力抜群である。
何より、ありがちなヌルイ人情話とか安い恋愛フラグとか、いっっっっさい無かったのがほんっとうに素晴らしい。部外者が訳も分からず無謀なことやって大迷惑かけるとかいう無駄にイラっとするエピソードもなく、ひたすら皆がそれぞれの能力を発揮しながら頑張るというスタイルがいい。とくに、政治家がちゃんと政治家の仕事してる姿を、ここまでキッチリ描いた(パニック)映画って今までなかったんじゃないだろうか? 政治家というと大体、私利私欲に走る奴とか権力をふりかざす奴とか、わかりやすい悪役が出てくるパターン多いけど、実際これだけの国難来たらそんなことやってる暇ないよね。
「国を守る」って大変なんだなあ…と、映画の中にも出てきた言葉を呟いてみる。
 
キャスティングもよかった。長谷川さんや竹之内さんは言うに及ばず、よもや石原さとみさんを「オトコマエ」だとか「カッコいい…!」と評する日が来るとは(笑)「使えるカードは自分のものだろうが親のものだろうが他人のものだろうが、委細構わず最大限に利用する」カヨコさんを、ここまで嫌味なく魅力たっぷりに演じられる女優はあんまりいないんじゃないだろうか。それにしても、他の登場人物も主役級がゴロゴロいて、えらい贅沢な使われ方だった。たぶんこれ、観るたびに新たな発見が!てやつだ。何回も観に行く人が多いのも頷ける(私もたぶん4DXとか行っちゃうと思う)。
 
東映も頑張ってるし、今年は日本映画復活の年となるか?!

2016年8月30日火曜日

末摘花 四(オフィスにて♪)

「ねえ……侍従ちゃん?」
「なあに右近ちゃ……じゃないっ、大輔の命婦さんじゃないですか! どーしたんですか?」
「お久しぶりね。お元気そう」
「……な、なんか……痩せました? いや前から細かったけど……えっと」
「やっぱりわかる? やつれてるわよね私。嫌だわ」
 ふふ、と力なく笑う大輔命婦。
「いやでも! むしろさらにエロく…いや色っぽくなられて素敵! 羨ましいですっ!」
「ありがと」
「今日はどんな御用ですか? 右近ちゃんなら今お使いに行ってて、15分もすれば戻ってきますけど」
「ううん、今日はね、侍従ちゃんに御用なの
「え……(ドキ)」
「ちょっといい? 凝ってるわ」
 少し冷たい、なめらかな白い指が侍従のうなじに触れる。
はうあ!……ああああ、何ですかコレ……ぎもぢいい…」
「うふふ、若いからすぐほぐれるわね」
「……(言葉にならない)」
「侍従ちゃん?」
「はい……」
「実はね、ちょっとお願いがあって
 もみもみぎゅー
「なんれすかあ……なんれもききまふよ……ふわわわわ」
「うふふふふ……侍従ちゃんて、ホントに可愛いわ」
………
「で」
 戻って来た右近の隣で、侍従が大きく伸びをする。
「はースッキリ! なにこれすごい、ザ☆大輔命婦スペシャルゴッドハンドパワー半端ないわー」
「引き受けちゃったと」
「うん! まあ、軽いバイトだと思えば!」
「まさか侍従ちゃんが、常陸宮さまとご縁があったとはね。さすがは大輔命婦さん、凄い情報網」
「右近ちゃん、そうなのよ。アタシだって知らなかったもん、あの姫君とアタシが乳姉妹だなんて。ウチの乳母さん、何人も掛け持ちしてたのは知ってるけど、すごいとこに出入りしてたのねえ……そんな伝手があるからって、いきなり中途採用のアタシを姫君の側仕えに突っ込んだ命婦さんも中々だけど」
「案外軽くないかもよ、そのバイト。だって、要するにヒカル王子を手引きするための内部協力要員でしょ」
「あーそれはそうだよ、もちろんわかってるって。仕方ないよ、あの王子が一旦目をつけた女を簡単に諦めるわけない。今までの空蝉さんとか若紫ちゃんとかの話でわかるじゃん」
「命婦さんも相当うるさく責められたみたいね。同情するわ」
「だってさ、その姫君って、全っ然返事しなかったらしいよー。王子もそんなに頻繁にはお文出してないんだけど、フツー何かかんか返すじゃん? 紙に書かなくても使いの人に言付けるとかさあ。いくら引っ込み思案つったってさすがに失礼だし、世間知らずにも程があるってもんよ」
受け取りっぱなしーの完全無視かあ。それは王子、ムカついたろうね。そんなことされたことないもんね」
「大輔命婦さんに泣きついてきたらしいよ、こうなりゃ意地だ、どうにかしてえって。命婦さんもここに至ってウザいの通り越して、逆にあの姫君にとってはチャンスなんじゃない? て思い直したんだって。ほら、すっごいボロ屋じゃんあそこ。そもそも、父宮さまが存命の頃だって、古臭ーい雰囲気に誰も寄りつかなかったくらいだから、今なんてなおさらよ。雑草ボウボウでどこが入口なのかもわかんないし!」
「そんなところにあのキラキラ王子が目をつけたってこと自体、奇跡みたいなもんだわね」
「そうそう。女房さんたちはそりゃもう大騒ぎよ。何としてもこのご縁はゲットしなきゃ! て感じで」
「なるほどね。ただ、大輔の命婦さんはもうちょっとクールに状況を見てる気がする。
ヒカル王子の、ヤダヤダヤダこのおもちゃ絶対買ってーママー! 状態を解消したい!
→あの姫君に『適当に気の利いたこと言ってあしらう』てことは期待できない
→とすると物越しでも何でもいいから二人を会わせるしかない
→会って話して、お気に召せばおk、身分も釣り合うし大人同士だし無問題!
→お気に召さない場合でも、ヒカル王子ならうまいこと取り繕って何とか角立たないよう終わらせてくれるでしょ!
よってどっちに転んでも、命婦さんはうるさく責められる状態からは解放される。むしろ姫君側からは感謝される立場に」
「命婦さん、姫君が万一にでも傷つかないようにってすごい心配してたよ。優しい人だよねー」
「侍従ちゃん……あなたまさにそのために投入されたのよ。箱入りで純朴な姫君がとんでもない受け答えして王子がドン引きしないように、内側からフォローする役まわり」
「えっヤバい! 超重要な役じゃん! 嬉しい、命婦さんにそれだけ買ってもらえたなんて(ポッ)!」
「侍従ちゃん完全にセンノーされちゃって……大輔の命婦さん、ナイス人心操作」
「いいのアタシ! 命婦さんのためならなんだってやってやるわあ!」
「利用できるものはとことん利用しつくす、しかも本人自らすすんで動くよう巧妙に立ち回る……それが大輔の命婦という女……恐ろしい子……!」
「お仕事うまくいったら、また肩揉んでもらうんだあ♪たーのしみー」
「ダメだこりゃ(笑)」

ちゃんちゃん、
というわけで閑話休題です。
「右近ちゃん」の名を夕顔のおつきの女房から取ったのと同じく、「侍従ちゃん」もまたこの末摘花の段から取っています……ということを途中まできれいさっぱり忘れておりまして……(年だなマジで……)。仕方ないので、「魔性の女・大輔命婦が侍従を常陸宮にねじこんだ」という設定を無理くりつけて、このあと「末摘花」の残りを侍従ちゃんの一人称でお送りしたいと思います。適当ですみません。

>>「末摘花 五」につづく
参考HP「源氏物語の世界

2016年8月23日火曜日

8月に読んだ本 2

「鬼談百景」小野不由美

「残穢」とセットで読むとちょうど百話となる、現代の怪談。新耳袋を全巻揃えている私としては、内容的には割とお馴染みであったが、「物語」というものが字面のとおり「語る」ものだということを改めて実感。
小野さんの文章には、書き手自身の感情をうかがわせるような言い方はほとんどない。かといって無味乾燥ではなく、余計なものをそぎ取ったシンプルな語り口が、かえって心に響いてくる。この本のような、短くまとまった話の集まりでは、その効果が一段と効いてくる。漫談より怪談の方が、人の心を癒すというが、整然としたつくりの中にあるからこそ感じ取れるわずかな綻びというか、尖ったささくれのようなものは、思っている以上に有用な刺激となるのかもしれない。
こちらも「残穢」と同じく映画になるらしいが、できれば二本立てにしてもらえると助かる(笑)色々と怖すぎるか? でも、けっこう人入るんじゃないかなあ。私なら行く。

「はなとゆめ」冲方丁

平安の女流文学トップ2の一人、清少納言についての物語って…橋本治さんの桃尻語訳枕草子くらいしか読んだことない。(それにしてもすごいタイトルだ、今考えると)教科書にも載ってる「枕草子」にしても、正直、自慢話と愚痴が多いなー、しかし日本で初めてコラム書いた・しかも女性ってことで評価高いのかなーなどと思っていた。
冲方さんの描く清少納言は、頭がよく機転も利くが、決して自信満々のシャキシャキキャリアウーマンといった風ではなく、恥ずかしがりやで、褒められると素直に喜んで舞い上がる、打たれ弱くてすぐ凹む、ごく普通の女性だった。ただ一途に中宮定子を慕い、不遇な状況になってもなお献身的に仕えるあたり、尋常でない芯の強さがうかがえる。
紫式部の日記には、清少納言に対する結構なワルクチが書いてあったりするが、二人は同時に並び立っていたわけではない。紫式部が中宮彰子の女房として内裏に入ったのは、清少納言が去ったあとだった。が、野心たっぷりの藤原道長がかつての中宮・定子とその女房たちに追いつき追い越せとばかりに入内させた彰子のもと、選りすぐられた超・優秀な女房たちの一人としてのプレッシャーは半端なかっただろうし、さらに「同じ物書き」として、全然作風もジャンルも違う、おそらく才覚においては格下の清少納言と、常に比較され続けたとしたら、本当にたまったもんじゃなかっただろう。
もう「無い」ものにはマイナスのつけようがなく、それどころか「枕草子」によりどんどん良いイメージがプラスされていくばかりで、後から来た者は永遠に追いつけない。道長に追い落とされた側である清少納言が、こうなることを読んで「いかに中宮定子とその女房達が綾なす世界が素晴らしかったか」ばかりを書いてたのだとしたら、相当のイケズだ。才女・紫式部が「あの女…大したタマよね」と思わず吐き捨てる程イラっときたのも、わからんでもない。
それにしてもここまで女の機微がわかる冲方さん、何でやらかしちゃったし…と残念でならない。物書きは性格がよかろうが悪かろうが、道徳的だろうがそうでなかろうが、作品が面白ければ読む側としては気にしないので、早く戻ってきてどんどん書いてほしい! お待ちしております。

2016年8月22日月曜日

末摘花 三

 ヒカル王子も頭中将も、その晩約束していた女がいたが、それぞれ分かれ行くのはさすがにお互い気恥ずかしくて出来ず、一つ車に乗り、雲隠れした月の下、風情たっぷりな道中を、笛を吹き合わせながら大殿邸(頭中将の実家=ヒカル正妻の家)へと向かう。
 先払いもせずこっそり邸内に入り、人目につかない渡殿に直衣など持ってこさせて着替えた。何食わぬ顔で今来た風を装い、笛など吹きすさんでいるのを、舅の左大臣が聞き逃すはずもなく、高麗笛を持ち出しヒカルに手渡す。こちらの笛も器用に、だがしっとりと吹いてみせる。琴も取り寄せ、御簾の内の、楽器に堪能な女房たちに弾かせる。
 中務の君という女房は、優れた琵琶の弾き手であったが、頭中将から、ごくまれにしか来ないヒカルの方に乗り換えてよろしくやっていたので、大奥様のお覚えがめでたくない。この宴に浮かれるわけにもいかず、いたたまれない心持ちで、ぼんやり物に寄り伏している。かといってまったく目に入らない場所に離れてしまうのも寂しいし…などと思い乱れていた。

 いっぽう若者二人は、先ほどの琴の音を思い浮かべて、あのみすぼらしい様子の邸宅さえ一周回って逆にいい感じじゃなーい? などと妄想に走る。
「もしもああいう場所に、美人で可憐な女子がひとり寂しく年月を重ねていたとして…その子に惚れちゃったりして…のめりこんだりしちゃったら…うーん、世間が黙ってないだろうし、体裁は悪いだろうなあ」 頭中将の妄想は止まらない。「あんなところ」に通っているヒカル王子、「絶対ただじゃ済まないな」などと面白半分な心配を巡らせるのだった。

 その後、ヒカルはもちろんのこと頭中将も文を送ったものの、返事がない。二人とも、いつもと勝手が違うぞ???と困惑しきりだ。
「ちょっとー、酷くね? あんな清貧っていうか地味ーな生活をしているような人なら、ちょっとした草木や空模様につけても何か面白味っていうか、風情を見出すもんじゃないの? それでご本人の心ばえっていうかさ、魅力? あっこんな可愛いとこあるんだーなんてことが自然と垣間見えるってもんでしょうに。重々しいご身分ていったって、ここまでシャットアウトされちゃうと興ざめっていうか…なんだかなって感じだよねー」
と、頭中将はヒカル以上にやきもきしていた。いつもの如く馴れ馴れしく
「ヒカル王子、例のところからはなんか言ってきた? 私も試しに文出してみたんだけどさ、なーんか…尻すぼみって感じで」
と残念がる。
(ほうほう、やっぱり送ってたんだな)
とヒカルほくそ笑んで、
「さあね…しいて見たいとも思わないけど、たぶんウチにも来てんじゃないかな」
と興味なさげに答えてみせる。
「なんだよーはぐらかしちゃって!」
と悔しがる頭中将。
 ヒカルとしても、たいして深くも思っていないとはいえ、ここまで徹底無視・スルーされるのはさすがに良い気はしないし、頭中将が熱心に言い寄っている風なのをみて
(女ってマメに言葉をかけてくれるほうに靡くよね。後から来た中将にかっさらわれるなんてことになったら面白くないな)
と心配にもなり、大輔の命婦に相談することにした。

「いつまでもはっきりしない、余所余所しい対応でほんと辛いんだけどどうにかなんないの? どうせチャラい気持ちだとお疑いなんだよね? いくら何でも、そんなソッコーで心変わりするわけないよ。あの方が心を閉じてるおかげで、お文のやりとりすらままならないし、そのうち周りから見たらこっちに何か悪いとこがあるんじゃね? てことになりかねない。家族のごたごたとかがない、なんの気兼ねもなく暮らす人はふつうもっとおおらかなもんだと思うんだけど
と文句タラタラの王子に、命婦、
「だからー、王子の仰るような趣あるお立ち寄り所とはいえませんよ、ふさわしくも思えないって最初から申し上げてましてよ? ホントのホントに、超がつくシャイな方で、世にも珍しいくらいのひきこもり体質なんですから、致し方ありません
と、ストレートに切って捨てる。
「機転が利くとか、何かに才があるとか、そういう人じゃないのかもなあ。まあ、子供っぽくて無邪気なのも可愛いとは思うけど…」
と夕顔の君を思い出しながら呟くヒカルであった。

 それから瘧病みを患って療養に行った北山で若紫を見初めたり、回復後に「秘密の恋愛事件」があったり、それが終わったと思えば若紫奪還計画を立案実行などしたりして、超多忙であったヒカル。しばらくこちらに構う心の余裕もないまま、春と夏が過ぎた。

<末摘花 四につづく>
参考HP「源氏物語の世界」

2016年8月18日木曜日

末摘花 二

大輔の命婦の母は再婚し、夫の赴任先に同行して一緒に住んでいる。そのため命婦は、実父の家を里として内裏に通ってきていた。一で述べたように女子力高い美人であしらい上手なので、ヒカル王子も何かと重宝している女房であった。

その命婦がふとしたついでに、

「故常陸親王の末娘で、蝶よ花よと育てられていた高貴な女性が、親と死別し心細く生活している」

という話をしたところ、ヒカルはいたく心惹かれたらしく、やたらと質問攻めにしてくる。
「どのようなお方なのか、性格も見た目も、詳しくはわからないんですのよ。控えめで、滅多に人も寄せつけずいらっしゃいますので、私とて、用事がある晩などに物越しでお話するくらいなんです。琴だけが親しい友と思われていらっしゃるようですわ」
ヒカルは
「いいねー、『三つの友』(白氏文集:琴・詩・酒)てやつだね。まあ、ひとつ(酒)はナイだろうけど」
といって
「その琴、聞かせてくれない? 故・父親王は、そういった方面にはたいそう造詣が深くいらしたから、その娘とあらば並大抵の腕ではあるまい」
大輔の命婦は慌てて、
「いえいえ、さすがにそこまで仰られるほどでは……」
と否定したが、ヒカルは気になって仕方ないのか、引っ込まない。
「えらくもったいぶるねぇ。近いうち、そうだな、朧月夜にでも忍んでいこう。連れてってね♪」

あーなんだか面倒なことになっちゃったわーと話したことを後悔しきりの大輔の命婦だったが、仕方がない。仕事も立て込んでいない、のんびりとした春の日に内裏を退出し実家に戻った。父の大輔の君もまた再婚しており、この家には時々通ってくるだけだ。命婦は継母の家には寄りつかず、むしろ故・常陸姫君の家と懇意にしていた。

 ヒカルの言葉通り、十六夜の月が美しい晩であった。
「まったく困ったおふるまいですこと。それほど音の澄むような夜とも言えませんのに」
と嫌味をいっても、ヒカルにはまったくこたえない。
「もっと向こう、ほんの一声でも聞こえるように近づかせてよ。せっかくここまで来たのに、何の成果もありませんでしたー! じゃつまんないしさ」
と言うので、不本意ながら普段自分がいる部屋に入らせる。王子の身分からすると申し訳ないくらいの場所だが、致し方ない。

 大輔の命婦が姫君のおられる寝殿に参上したところ、まだ御格子も上げたまま、見事に咲き香る梅をご覧になっている。チャンス! と思い、
「お琴の音がどんなに引き立つことか、と思わずにはいられない今宵の風情に心惹かれてこちらに参りました。日頃は気ぜわしく出入りしています故、お聞かせいただくいとまがないのが残念で……如何でしょう?」
とさりげなくたたみかける。
「伯牙が琴を弾き、鐘子期が聴く、という故事のように、あなたには何も隠し立てするわけではないけれど…宮中に通われている程の方に聞かせるほどでは…」
といいつつ琴を近くに寄せる姫君。ひと事ながら、王子聞いてるかしら? どう思うかしら? とドキドキの大輔命婦。
 かすかにかき鳴らされる琴の音は、それなりに趣がある。さほど上手いというわけではないが、琴そのものが由緒正しい筋なので、悪くはない。

「これほどまでに荒れ果てた寂しい場所で、あの宮様に、ガチガチに古めかしく大事に大事に育てられたのに、今はもうその面影すらない。どれほど物思いの程を尽くしてきたのだろう。このような場所にこそ、昔物語にもありそうな色々がきっと……」
と思うにつけ、よーしちょっとコナかけてみちゃう? いやいやさすがに唐突すぎか? と珍しく腰が引けているヒカルであった。

 さて機転の利く大輔の命婦、これはあまり多くをお聞かせしないほうがアラが出ないと察して
「すこし曇ってきたようでございますね。実は、お客を待たせておりまして、あまり遅くなると嫌われてないかと心配させてしまいますので…そのうちまたゆっくりとお聞かせください。御格子下ろしておきますね~」
とまくしたて、ウヤムヤに誤魔化して帰って来た。ヒカルは
「超中途半端なとこで終わっちゃったんだけど! あれじゃなーんにもわかんないじゃん。つまんね」
と文句タラタラ。逆に関心が高まってしまった様子だ。
「どうせなら、もっと近い所で立ち聞きさせてよ!」
というが、「聞くだけで済むわけないじゃん」と思った命婦、
「お気持ちもわかりますけど……本当にひっそり静かに暮らしておられて、気の毒なほど引っ込み思案なお方なので、こちらもなかなかに気が引けますのよ」
「なるほど。それもそうだよな。いきなり会ってすぐに私とあなたお友達ー! なんてことができる人はそれなりの人ってことだし」
 ヒカル、姫君の身分の高さを思い出す。
「ならば、それとなく私の気持ちをほのめかしといてくれない? じゃ、よろしく!」
などと言い含めて、他に約束があるのか、こそこそと帰り支度をするヒカル。

「帝が王子のことを、ちょっと生真面目に過ぎるのではないか、などと度々心配しておられますがチャンチャラおかしいですわね。王子のこのようなお忍び姿、どうにかしてお見せできればよろしいのですけど」
つぶやいた声が聞こえたのか、引き返して来たヒカルは笑って
「何私は違うのよみたいな口きいちゃってんの。これくらいでチャラいとか言われたら、どっかの誰かさんなんか完全ビ〇チじゃん?」
などと憎まれ口をきく。
(一緒にしないでほしいわね全く。だけど人前でしょっちゅうこういうカウンター返されちゃうのも恥ずかしいし、黙っとこ)
 賢明な大輔命婦は口を閉ざすのだった。

 寝殿の方から姫君の気配がうかがえるかとも期待して、音をたてずにそろそろと立ち去るヒカル。透垣がわずかに折れ残っている物蔭にさしかかると、いつからそこにいたのか、男が立っている。
「誰だろう? 姫君に懸想している男がほかにもいたか?」と思い、蔭に寄り隠れて見てみると、なんと頭中将なのだった。
 この夕方、内裏より一緒に退出したのだが、ヒカルがそのまま大殿邸にも寄らず、二条院でもない方へ分かれて向かったので、あらあらどこ行くの? と好奇心がわいた頭中将、自分も立ち寄り先があったついでにストーカーよろしく後をつけ、様子をうかがっていた。地味な馬に狩衣姿という身軽な恰好で来たので、ヒカルには露ほども気づかれなかったのはいいが、見ず知らずの場所で勝手も分からず、どうしたものかと立ち尽くすしかない。そこに、かの琴の音が流れてきた。おっこれは…きっと王子が出てくるに違いない! と確信して待ち受けていたのだ。

 ヒカル王子は当初その男が誰ともわからないまま、ただ自分と知られないよう抜き足差し足で通り過ぎようとしたところ、相手が急に近寄ってきて

「置いてきぼりにされたくやしさに、お見送りに参上いたしました。
 一緒に大内山(内裏)を出ましたのに
 入る先を見せない十六夜の月のようですね


などと鬱陶しく絡んでくる。相手が頭中将とわかり、逆に笑えてしまったヒカル王子、

「しっ、人目につきますって」と怒ったふりをしながら、

どの里も分け隔てなく照らす月を空に見ても
その月が隠れる山まで尋ねてくる人は貴方くらいですよ

まったく、私があなたの後をこんなふうにつけまわしてたらどう思います?」


というと、頭中将は
「本来なら、こんなお忍び歩きには、随身(おつき)をつけてこそ埒があくってもんですよ。置いてきぼりはないでしょ。身をやつしてのお忍び歩きには、軽々な過ちも出てこようってもんです」
などと逆にお説教する始末。何なのその無駄に高度な隠密行動、ありえないわー完全ストーカーじゃん…とうんざりするものの、
そんな情報通と自認する頭中将を以てしても、あの撫子の君=夕顔と自分とが関係していたとは夢にも思っていまい。ふっふーーーんと内心ほくそ笑む腹黒のヒカル王子であった。

<末摘花 三につづく>
参考HP「源氏物語の世界」

2016年8月16日火曜日

8月に読んだ本

「アクアマリンの神殿」海堂尊

「モルフェウスの領域」の続編。コールドスリープから目覚めたアツシの青春ストーリー、といった趣だが、ちゃんと前作を踏まえた謎解きも盛り込んでいる。懐かしい顔がちらほらと、だが意外に重要な役割を以て登場したりして、ファンとしてはなかなか楽しめた。ただ、架空の話とはいえコールドスリープそのものや、目覚めの問題に関して、医学的にもう少し突っ込んでほしかった気もする。それは次回以降ってことなのかしら。涼子さんとの色々もまだありそうだし、ていうかそこが一番読みたいところ。



「刑事の子」宮部みゆき

新作ではなく、1994年10月発売の「東京下町殺人暮色」のタイトル・表紙を変えたもの。新作と紛らわしい、と批判している人も多いが、中身はさすが宮部さんという出来だし、まあ別にいいんじゃないだろうか。ただ、どうせタイトル変えるならもうちょっとひねりがほしかったかな。宮部さんだから買ったけど、このタイトルから中身の凄さは想像できない。
携帯電話もメールもラインも、中学生の世界になかった時代の話。どっちがよりマシか? と思いながら読んでいたが、道具が何であれ、ろくでもないことを考えたりやったりする人間は残念ながら今も昔も存在する。ラストシーン、止めなくていい!そのままやっておしまい!と思ったのは私だけではない・・・はず。


「ジョイランド」スティーヴンキング

年齢を重ねるとともに、円熟味が増したキング。遊園地、絵本や恐怖小説、犬、子供、超能力、海辺の家、不治の病、舞い上がる凧、嵐。ベタでカオスな世界に、ミステリーの味付けをし、ひとりのアメリカ人青年の青春物語として昇華させた。これほどてんこ盛りで密度の濃い世界に、違和感なく入りこみ、やすやすと車に乗せられてしまうのは定番のお約束だがやはり凄い。ストーリーとして新味があるというわけではないが、よく練られ整理されていると感じた。なにより、今まで読んだキング作品のすべてが、この中編にみっちりと詰め込まれていて、ファンとしては読んでいて心地よいし楽しい。
次の作品では、そこから抜け出した別のなにかを見せてくれるのではないかと期待大。

2016年8月12日金曜日

末摘花 一(オフィスにて♪)

「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん・・・あ、イタタっ」
「あら右近ちゃん、二日酔い? 薬湯いっとく?」
「朝飲んできたんだけど・・・侍従ちゃん元気ね・・・」
「私はお酌してたばっかで実は大して飲んでないのよん。少納言さんの半分、王命婦さんの五分の一くらい? いやもっと少ないかも」
「王命婦さんはザル、っていうか輪っかだから。底無しだから」
「あはは確かに。今朝遅刻ギリで慌てて廊下小走りしてたら、とっくに出勤してた王命婦さんに笑われちゃったよ」
「あの人、初参内から今まで無遅刻無欠勤なのよ。さすがはあの、いついかなるときも全員メイクバッチリ・季節とTPOに合わせたこだわりの色重ね・いかなる相手にも当意即妙の受け答え@藤壺のトップキャリアとして君臨してるだけあるわ・・・イタタ、喋りすぎると痛い・・・」
「右近ちゃん、はじっこに寄って休んでなよ。今日はなんたってウチのお局様お休みだしさ! 仕事も大して無いし、他の皆もくつろいでるし平気平気♪」
「ありがと…そうさせてもらうわ」
部屋の奥で脇息に寄りかかり、うとうとする右近。

人少なな局の中、さらさらと衣擦れの音が近づく。
眠る右近の背中にそっと寄り添い、背中をゆっくり撫でさする。着物を通しながらも、その指が肩甲骨の内側にぐっと入り込む。
あー……なにこれ。なんだか気持ちいい……
夢うつつの右近の首の後ろに、ひやりとした感触。しなやかな指先が、凝り固まったものをゆっくりと的確にほぐしていく。重く淀んだ頭がすっきりと晴れわたる。右近はふーーーっとため息をついた。
「起こしちゃった、ごめんね」
 耳に快い声、覗き込む白い顔。ふんわりと甘い香り。
「…あ。やっぱり…?」
「うふふ、お久しぶり。昨日は随分飲んだみたいね。全身ガッチガチだったわよ」
うーん、と伸びをする右近。
「嘘みたい、頭痛が消えたし体も軽い! ありがとう!」
 どういたしまして、と髪を揺らす。涼やかな目元から、人を惹きつけずにはおかない微笑みが匂い立つ。侍従が気づいて駆け寄ってきた。
「右近ちゃん、大丈夫? …あっ」
「こんにちは。初めまして…よね?」
「侍従ちゃんは初めてね。侍従ちゃん、大輔の命婦さんよ」
「やっぱり! きゃー感激! こんにちは、お会いできて光栄ですう」
「ふふ、ありがとう。こちらこそお会いできて嬉しいわ、右近さんから可愛い後輩のお話はよく聞いていたから」
「いやーん可愛いだなんてそんな! 大輔の命婦さん、お噂どおり・・・いや噂よりずっとずっといろっぽくてキレイー!」
「侍従ちゃん落ち着いて。ほらお茶でもお出しして」
「あらいいのよーお構いなく。ちょっとお借りしたいものがあって寄っただけなの。椿油の在庫あります? ちょっと切らしてしまって」
「ありますあります! すぐ取ってきます! あっお茶もっ!」
 光の速さでその場から消える侍従。
「侍従ちゃんたら・・・いつもあのくらい素早く動けば叱られないのに。ところで椿油はヒカル王子の?」
「もちろん。ヒカルさまったら、ここの他には藤壺と内裏でしか使ってない最高級の椿油じゃないとイヤだって仰るんだもの。数日あれば届くのに・・・ほんと我儘で困っちゃうわ」
「なるほど。さてはまたどこへやらお出かけ? いやね、ちょっと小耳に挟んだんだけど」
「さすがは右近さん、情報が早いわ。その通り、今夜どうしてもってきかなくて」
「あら・・・」
「エエエエエーーー! お、王子とデートですかあっ!」
「侍従ちゃん、声大きすぎ」
「あら、ありがとう。こんなにたくさん・・・いいの?」
「い、いいんですっ。大輔の命婦さんにお貸ししたっていえばウチのお局様なーんにもいわないですから! ていうか、でででデートなんですか?!」
「違うわよ侍従ちゃん。ごめんね大輔の命婦さん、うるさくて」
「うふふ、いいのよ。ほんと侍従ちゃんて可愛い。もっとゆっくりお話したいけど、もうそろそろ王子が戻ってくるので失礼させてもらうわね。今夜の件が落ち着いたら、ぜひ私も女子会に参加させて?」
 大輔の命婦の白くしなやかな指が、さりげなく侍従の肩に触れる。あははははいっ、もちろんっ、とテンパる侍従の顔は真っ赤だ。
「右近さん、またお文でも送るわね。では、ごきげんよう」
 艶然と微笑み、優雅な身のこなしで颯爽と去っていく大輔の命婦。

「はあー、ほんと軽くなったわー体中が。さすが王子も認めるゴッドハンドね・・・、侍従ちゃん、だいじょぶ?」
「・・・(呆然)」
「あの人、指から何かオーラっていうかビーム出てるからね。やられたわね(笑)」
「う、うん・・・ビビビっときた! 来ちゃった! 何あのエロさ! 可愛さ! 近づくとすっごいいい匂いするし声もいい感じにほわーんて、近くにいるだけで何かきもちいい・・・女子だけどあれは惚れてまうわ! 王子、あんな人に毎日お世話してもらっちゃっててなんともないの?!いくら乳母姉妹とはいえ・・・凄すぎでしょ」
「大輔の命婦さんって、皇族の血を引く兵部大輔さまの娘さんなのよね。家柄がいいから内裏にお勤めできて、その上にあの女子力。昔からモテまくりだけど二股とかはしない、常に彼氏が絶えないタイプ。だからこそ王子みたいな、無理筋とはうまく距離を保つのよね」
「なるほど・・・確かに、王子にすぐ夢中になっちゃうような子だったら仕事に差し支えるもんね。うーん凄い、まさにリア充のお手本。で、今夜の件て何?」
「そんなに目キラキラさせないで(笑)王子がまた、例の虫が騒ぎ出したって話だから」
「はあああ? 懲りないわね・・・超絶美女の正妻さんや、超絶可愛い若紫ちゃんがいて、普段はあの大輔の命婦さんがお世話をして、て状態なのにこの上また?」
「お相手は故・常陸親王の忘れ形見だって」
「あーもう! なるほど! またアレよ、世に知られないところにひっそり暮らすじつは身分の高い薄幸の美女、てやつ。そういうのに弱いわよねー男って!」
「・・・んー、まあ・・・そう、ね」
「何笑ってんの右近ちゃん」

<末摘花 二につづく>
参考HP「源氏物語の世界」

2016年7月27日水曜日

7月に読んだ本・観た映画

「日本で一番悪い奴ら」

映画館で映画を観ることが本当に少なくなってしまった。いつでも観られる、と思うと観られなくなってしまうんだな人間は。反省。
と、思ったくらいこの映画、良かった。実話を基にしているが、あからさまな昭和アピールというのはなく、クリアで美しい映像・キレッキレでガンガンたたみかけてくる演出、なのに最初から最後までどっぷり「昭和」。なんだろこれ。服装や髪形、店や部屋の散らかり具合、エピソードのひとつひとつに職人のこだわりが見える。綾野剛さんは「八重の桜」の会津藩主役からのファンだが、ますますファンになった。いやほんと凄い役者だわ。元が品良く整った顔立ちだからか、かなり口汚く罵ったり非道なふるまいをしたりしても、くるくる変わるその表情に魅せられて、ますます目を離せなくなってしまう。

他のキャストもあまりにはまりすぎて出てきた瞬間笑ってしまった。ベタ過ぎるほどにそのまんま!本人たちもノリノリなのが見て取れて楽しい。
あとお色気場面が、今ではほとんどみられない、まごうかたなき正統派?なお色気場面だった。出てくる女性たちがいちいちみんな可愛いしいろっぽい。あの役・あの演技は、アイドルには絶対に無理!作り手や役者の並々ならぬ情熱と気概を感じた。昔のにっかつロマン〇ルノ、ちょっと観てみたくなった。ツ〇ヤでも堂々と借りられるぞオバサンだから!(笑)
漫画原作・アイドル頼みの昨今の日本映画に対する挑発的・挑戦的態度満々の作品、間違いなく、映画館で観るべき映画だと思った。

「プラチナタウン」楡 周平

なんとなく書店で見かけて買ってみた(これも最近は珍しい)。高齢化した田舎で使い道のない広い土地を有効活用するという話だが、建設的かつ具体的で、登場人物の会話により問題点と解決策を提示していくといったスタイルが解りやすく面白かった。
こういったフィクションの世界だとほとんど悪役となることの多い「大企業」が、相当好意的に描かれていたのも新鮮。「利潤追求」は冷たいかのように言われがちだが、そうではない。むしろそこをきちんとしておけば、細かい人間のしがらみや感情的なあれこれも、ほとんど解決できるのだ。よほど常識を逸脱した案件でない限り(その解決の仕方もちょろっと書いてる。おススメとはいえないが(笑))。
閉塞された空間の中にずっといると、その状況に慣れてしまい、考えることも動くこともできなくなる。かといってまったくなんの関連もない人間が来て、それまでの慣習や経緯もすべて無視して動くと、これまた新たな問題の火種になる。結局のところ地方振興は、「短期・長期に関わらず人の出入りの多い・しやすい土地」にすることが一番の対策なのだろう。

2016年7月4日月曜日

4~6月に読んだ本

けっこういいペースで更新できてたというのに諸事情で休止。もう忘れてるー、順不同で思いつく限り書いてみる。

「空飛ぶ広報室」有川浩

これが書かれた当時の自衛隊に対する一般的な世間の評価と、現在のそれとでは相当ギャップがある。文庫版では最後に、東日本大震災のくだりが加筆されてるので、まさに分岐点となる作品となったかも。ただ、本文の話とはそぐわない。真面目に、かつコミカルに自衛隊の広報室を描く、といった当初の心づもりが、圧倒的な現実に際して、話をそのまま閉じられなくなってしまった感がある。「有事」というのはそういうことではあるのだけれど、ちょっと切ない。



「ハピネス」桐野夏生

豪華タワーマンションに住む幼稚園のママ友たちの物語。一見仲良さげに見えるママ集団の中に厳として存在するヒエラルキー、なかなか怖い。あからさまに無視したり暴言を吐いたりはしなくても、阿吽の呼吸で距離を置き何気にハブる、っていうのが本当リアル。最初はオドオドと優柔不断な主人公にイライラしたが、子供のことで住民に苦情を言われるくだりでは同情した。あれはつらい。昔を思い出して身につまされた。しかしこういう話をエンタテイメントとして読めるようになったんだから、思えば図太くなったものだ。というより、振り返ると子供の時代なんて本当に短い期間だったんだと実感。その時は必死で、日々が永遠に続くような気がしてたけど。

「十二国記」小野不由美

そしてそして・・・今回ドはまりした、このシリーズ。昔から気にはなっていたけれど、今手を出したら終わると度々自制していた。やっぱり思った通り、時間泥棒系の作品でした。異世界ものはあまたあれど、さすがは小野さん、世界構築の理論武装バッチリ。ファンタジーで陥りがちな、荒唐無稽すぎてその世界の中でも辻褄が合わなくなり白ける…なんてことはない。しかもこのイラスト、よくみたら山田章博さんじゃないですかーヤダー!これなんてあらふぃふホイホイ?!今までよまなかったのは何でかと自問自答したいほどだ!
というわけで今出てる分は全部買い速攻で読破してしまった。続きはまだかー。

2016年3月26日土曜日

3月に読んだ本


「暴力の人類史」上下 スティーブン・ピンカー

例によって物凄くぶ厚い。図書館で借りたのだが、上下各二週間で読み切るのは中々キツかった。上巻に比べ下巻の予約は簡単に取れたのも、読み切った人があまりいなかったせいなのではないかと推測。
内容は、人類が如何にして「暴力」を減らす努力をしてきたか、その結果どのくらい減ったか、今も続くその努力はどのようなものかという話。戦争が起こる要因として、貧困(食物、物資などの欠乏)・不安(報復されるのではないか)・名誉の問題、というのが興味深かった。意外に、心の問題が大きいのだ。
先人が積み上げた膨大な研究調査結果のデータをもとに、新たな仮説を立て検証していくというスタイルで、一般向けにわかりやすくするための事例など豊富に取り上げているため非常に密度が濃く、無駄に頁を稼いでいるというわけではない。なので、図書館で借りたことはちょっと失敗だった。いつもならば返却期限があることで集中して読めるメリットがあるのだが、今回は相当読み飛ばした感が拭えない。ああもったいない。人類史という大きなくくりはもちろん、昨今流行りの人間関係指南本としても使えそうなので、即検索できる電子書籍化を強く望む。Kindleさんにはお願いしておいたがいつになるやら。
以下、気になったところを抜粋。(太字は私)実際にはもっとたくさんあるが、書ききれない。
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食い物にしようとしている対象が防衛的な手段で対抗してくると、とたんに人間の感情は高ぶってくる。捕食される側の人間は、いったん隠れて再編成してきたり、あるいは反撃してきたり、ことによると捕食者に先んじてやっつけてやると脅かしてくるかもしれない。
・・・
そして絶滅させるのがむずかしそうで、直接的にであれ第三者を介してであれ、加害者側がいつまでも被害者側に対処しなくてはならないとなると、その処置には怒りがこもってくる。捕食者は被食者の防衛的な実力行使にあううちに、自分が攻撃されているような気にさせられて、見当違いの義憤を感じ、是が非でも報復しなければと思うようになる。
・・・
どちらの側も、不当行為をそれぞれの見方に沿って数えあげーーー加害者側は偶数の攻撃を勘定し、被害者側は奇数の攻撃を勘定するーーーその計算の違いが報復のスパイラルを増幅させていくのだ。

力は、自尊心が足りないことによる問題などではなく、ありすぎることによる問題なのであり、とりわけ分不相応にあるときが問題なのだ。自尊心は測定が可能だが、ある調査によれば、その測定方法の上限を超えるほど自尊心が高いのが、精神病質者、街のごろつき、いじめっ子、虐待夫、連続レイプ犯、憎悪犯罪加害者であるという結果が出ている。
・・・
精神病質者をはじめとする暴力的な人びとは、自己愛が強く、しかも自分の業績に比例して自分を高評価するのではなく、生まれつきの特権意識からそうしている。しかし、そんな彼らにも現実はいやおうなしに侵入してくるので、自分にとって嬉しくないことを言われたりすると、彼らはそれを個人的な侮辱だと見なし、彼らの傷つきやすい評判を危険にさらしているその発言者を、意地の悪い陰口叩きだと思い込む。
・・・
共感には暗黒面がある。第一に、公平性と衝突したときに、福祉を転覆させる可能性がある
・・・
近代性を備えた制度とは、共感の絆に縛られない抽象的な信任義務を遂行できてこそのものなのだ。
共感のもう一つの問題点は、人々の利益をあまねく考えるための力とするには、これがあまりにも偏狭なことである。
汝の隣人と敵を殺すな、たとえ彼らを愛していなくとも。
究極の目標は、政治と規範が第二の天性となって、共感が不要なものになることと考えるべきだろう。愛と同じく、実際には決して「共感こそがすべて」ではない。


「加瀬俊一回想録」上下
「東條内閣総理大臣機密録」東條英機大将言行録 伊藤隆・廣橋眞光・片島紀男 編集

この二冊をなぜ借りたかというと、この前観た映画「日本の一番長い日」(新)で、どうしても引っかかるシーンがあったからである。部下の前で徹底抗戦をうたう東條英機、のシーンである。

「勤皇には狭義と広義二種類がある。狭義は君命にこれ従い、和平せよとの勅命があれば直ちに従う。広義は国家永遠のことを考え、たとえ勅命があっても、まず諌め、度々諫言しても聴許されねば、陛下を強制しても初心を断行する。私は後者をとる」

このセリフ、かの映画ではさらに改変されていて、いやそんなこと普通言わないでしょ…という言い回しだった(うろ覚えなのではっきり書けないが)。ちなみにWikiには「~と部内訓示していた」と断定的に掲載されているが、出典は「加瀬俊一回想録」。こちらの本では「~と聞いた」と伝聞になっている。東條英機という人はメモ魔だったらしく、後者の「言行録」ではちょっとした挨拶文でさえも詳細に載せているが、かの「部内訓示」の記録はない。聞いていた誰かがメモしたのだとしたら、全文がどこかに残っているのか? そもそも一部なのか要約なのか? ネット上をけっこう探したが、私には見つけられなかった。もしかしたらソースはこの「回想録」のみか?

昭和天皇のご聖断が下ってからは、終戦に反対する将校たちのクーデターへの打診に対し「軍人はいかなることがあっても陛下のご命令どおり動くべきだぞ」と諭している。戦争回避のため陸軍を抑えるにはこの人しかいない、と天皇陛下の厚い信頼を受けて総理となり、開戦時には陛下に申し訳ないと号泣したという東條が、部下に対してとはいえこのような過激なセリフを本当に言ったのだろうか? 言ったとしたら、それほどの覚悟を、ご聖断後にあっさり翻したのはどういうわけか?
何だか辻褄が合わない。よくある「一部だけ恣意的に切り取った」ものなのではないかとの疑いを捨てきれない。もし本当に言ったのだとしても、しょせん「部内訓示」。重臣会議などでこのような発言をしたわけではない。その発言が宮城事件のきっかけになったとかならともかく、そんな事実もない。むしろ止めようとしている。映画で使うならむしろこっちのエピソードだったのでは。元総理でも血気はやった将校たちの暴走を止められなかった、てことで。

「回想録」はもちろん、一次資料ではない。動乱の時代に、事務方として奔走した「有能な」一外交官の思い出話である。資料を提示し順を追って経緯を述べておられる部分は、その場にいた者でないとわからない生の迫力があり読み応え十分だが、些か人の好き嫌いが激しいようにもお見受けした。問題は多々あったかもしれないが、最終的には逃げ隠れせず敗戦国の元総理としての責任を果たした東條に対し、「歴史的に何の意味もない伝聞情報」をわざわざ書き残すというのはどうなのだろう。
当時の政府と軍部とは、それぞれの立場を考えれば、どちらの言い分も理解できる気がするが、官僚、特に外交に関わる辺りは異質だと感じた。なんだろうこの違和感は。科学者とか、文学者とか思想家とかの区別ではない、何か根本的なところで全く違う人間、という感じがする。

2016年3月8日火曜日

2月に読んだ本

※いつものことながら、今回は特にネタバレ注意!


「殺人鬼ゾディアック 犯罪史上最悪の猟奇事件、その隠された真実 ゲーリー・L・スチュワート、スーザン・ムスタファ 高月園子訳

もしも自分の親が稀代の凶悪犯だったら?
とうてい想像がつかない。たとえその親の顔を一切見たことがなく、育てられた覚えもなくても、同じDNA配列を持つという紛れも無い事実を、どう考えて生きていけばいいのだろうか。

ゾディアック=ヴァンの最初の結婚はまだ14歳のジュディ、何度引き離されても逃げ出し遠い地で一緒に暮らしていたが、次第に二人の仲は冷え、子供が生まれてからはさらに酷い状態に。ついに子は父によって捨てられる。年上の「大人の男性」と一緒に恋の逃避行…と言えばロマンチックだが、そもそも27歳の男性がたった14歳の少女に手を出すことが異常だし、その執着っぷりも尋常ではない。本当に彼女のことを愛し大事に思っているならこんな振る舞いは絶対にしない。「アイスクリーム・ロマンス」とはよくいったものだ。始めは甘くて美味しそうだが、時間が経てば醜く溶けて無くなってしまう。
ヴァンが何故人を殺すようになったのかは、あまりよくわかっていない。厳格な牧師の父と浮気症な母の間に生まれ、一方では強く抑圧され、また一方では放埒な性をみせつけられる。アンバランスで歪んだ家庭で、十分な愛を受けること無く育った男は、内に激しい怒りを抱えるようになる。特に、自分の元から逃げ出した最初の妻に似た若い女に。

一方、捨てられた子はある夫婦に引き取られ、我が子として慈しんで育てられた。信心深く善良な義両親の愛をたっぷりと受けたゲーリーは、自身のアイデンティティを探すうち、本当の父が誰かという事実を知り動揺するが、根幹は揺らがない。苦しみを克服し、ついには実の父の墓前に至り、自分の人生に神の存在を実感する。義父への手紙が圧巻。
むやみに甘やかすのではない、ただ厳しく抑えつけるのではない、本当に子供のことを真剣に考え導いてくれるような親に育てられた子供はかくも強い。
ヴァンも、真の愛を与えられればゲーリーのような人間に成長するチャンスはあった、と考えると切ない。子供をきちんと愛して育てるというのは本当に大事なことなのだ。


「沈黙の町で」奥田英朗

いつもの新聞連載小説。奥田作品はいくつか読んだことがあるが、だいたいラストが大団円ではなかった気がする。これもそのひとつ。モヤモヤがそのまんまで終了。
学校の運営って相当難しい。何しろ抱える人数が多い、しかも全員子供。公立であればなおさら、本当に色々な家庭の子がいるわけで、一切何事もなく過ごすことは皆無に近いだろうと思う。悪意がなくとも、ちょっとした行き違いで疑われたり批判に晒されたり、いやホントに先生なんてなるもんじゃない。
保護者の方は、やはり自分の子供を守ることが第一義だから、学校の「全体を守る」という論理とは当然衝突する。ここに出てくる親たちは、ものすごくモンスターというわけでもなく、無関心というわけでもない、何もなければごく普通の、常識ある大人たちだ。だからこそ一気に解決しない、すっきりしない状況が延々と続くことになるのだろう。

ただ本作品内において、いち親としては、学校より保護者たちの言動に疑問がわく。どんな理由があれ自分の子がいじめをしたことに対しては首根っこひっつかまえてでも真相を喋らせねばならないし、相手に謝罪にもいくべきだと思う。いじめられる方にも問題は多々あったが、だからといって転落したのを放っておいて知らん顔で帰宅していいはずはない。故意でなかったならなおさら、すぐに大人に報告しに走るべきだった。その「逃げ」の罪を、親は体を張ってでも理解させるべきだった。子供にろくに話を聞かないままで、なんで信じられるのか、守らなきゃとか言っちゃってんのか。学校側だって、配慮しすぎて一周回って話がおかしくなってることになぜ気づかん。ぬるい! ぬるすぎる!

と怒りだしたくなるほどに、「モヤモヤ感」たっぷりの本であった。

2016年2月9日火曜日

1月に観た映画

大学のレポート用に、長女が新旧二本借りてきた。
新しい方は初見。

「日本のいちばん長い日」1967年・2015年

いきなり結論を言うと、観るなら断然古い方。
旧作は随分前に観たのだが、二回目の今も色褪せるどころか、鬼気迫る緊迫感はそのまま。いや、新作を観てからだったので余計に引き立った。まず空気感がちがう。1967年、まだまだ戦争の記憶が生々しかったのだろう。道を歩く兵隊さんの列や、声の出し方・敬礼の仕方、街の雰囲気、人々の立ち居振る舞いなど、監督はじめ演じる俳優、裏方に至るまでおそらく関係者のほとんどが「実際に見聞き」した場面であり、「ありふれた日常」の光景だったろう。つまり演技を越えたところでの現場の一体感は半端無かった、と思われる。ここで既に、戦後生まれのスタッフによる新作版にはかなり分が悪い。カラー撮影で画面が綺麗すぎるのも良し悪しで、逆にリアリティを奪うのかもしれない。真新しい軍服、小顔でお肌つやつや・手足の長い若者、などなど細かいところがどうしても不利だ。

しかしその辺を割り引いてもなお、このタイトルで映画を撮るなら、旧作がそうしているようにそのまんまの「一日」を徹底して追うしかない、と思うのだ。昭和天皇のご聖断を受け、玉音放送を以て全国民に終戦を宣言する、たったそれだけのことを行うのがとてつもなく大変なことだった、という事実を。
世の中は意外に取り決めや手続きや、細かい事務処理で動いている。「終戦処理」という国家の一大事であってもそれは同じであった。当時の日本が、軍の力が強かったとはいえ独裁国家ではない、法律に基づいて国会運営を行うれっきとした民主国家であったことの証左である。

この時機に立ち会った人たちは、今の私たちが想像も出来ないくらいの葛藤を抱えながらもありったけの理性を働かせ、気力体力の限界ギリギリまで使ってこの大仕事を完遂した。

そう、あくまで「仕事」なのだ。

人の数だけ考え方があり、思いがある、だからこそ私心を出来るだけ抑え、堪えて、粛々と進めて行かねばならない。冷静に、慎重に、かつ急がねばならない、今この一瞬にも、国の内外で国民が傷つき斃れているのだから。どれほどの焦燥感、どれほどの重責だったろうか。そこにプライベートな雑事は入る余地がない。

新作でもっとも失敗だったと思うのは、阿南陸軍大将の「家庭的な面」を前面に出しすぎたところだろう。役所広司という役者の上手さを見せるにはいいが、正直、緊迫感をそがれる大きな一因になってしまったと思う。旧作で、この戦後処理を「大日本帝国の葬式」だと言うシーンがあるが、まさに一世一代の大仕事に、単なる「いち家庭」の何が関係あるのか? それならば、軍国主義の権化のようにことさら悪く描かれている東条英機も、よき家庭人だったと聞く。阿南の死は悲劇的で胸を打つが、自殺を試みたが死にきれず、東京裁判で論戦を闘いぬき、粛々と絞首刑に処された東条の生き方もまた、ひとつの責任の取り方ではなかったか。というか戦後処理に直接的な関与がなかった人物をわざわざ、しかもかなり偏ったイメージで出す意味がわからない。
クーデターを起こそうとした青年軍人も、大臣も、首相も、陸海軍の将校たちも、家庭を持ち普通の感情を持った人間であった。皆それぞれに、日本の行く末を考えに考えて、自らの信じる所にしたがって行動したのだ。結果を知る私たちに、当時の人たちの思考や行動を愚かだとか、無謀だとか、狂っているとか批判する資格はない。 

ともあれ新作の各役者さんたちは本当に懸命に演じていて、それぞれに魅力的であったので惜しい。(特に東条役の方はソックリ! 昭和天皇役の本木さんも素晴らしかった)。このキャストのまま、岡本版の脚本で、リメイクしてほしい。でなければ、本土決戦を叫んでクーデターを起こそうとした側からみたこの「一日」を描いてほしい。軍国主義に洗脳された狂人としてではなく、一人の人間として描ききれば、戦争というもののリスクの高さ、割の合わなさというものを、観る人に強烈に印象付けられるのではないか、と思う。

2016年1月23日土曜日

若紫 十二(最終章@女子会♪)

「王命婦さん、少納言さん、それに侍従ちゃん、グラスは行き渡りましたでしょうか?」
「はい!」
「はいっ」
「は~い♪」
「それでは、只今から女子会始めまーす。僭越ながら、わたくし右近が乾杯の音頭を取らせていただきます。若紫の巻もようやく最終章、皆さま大変お疲れ様でした! 乾杯!
(全員)「かんぱーーーーーい!」
……しばし飲食とお喋りに集中……

「あっ少納言さんもうグラスあいてる! 注ぐよ!」
「ありがとう侍従ちゃん。いただくわ。はい、ご返杯」
「たまにはこういう女子会もいいわね。誘ってくれてありがと、右近ちゃん」
「王命婦さんも大変だったものねえ……その後、藤壺宮さまはご体調いかが?」
「お蔭様で順調でいらっしゃるわ。ヒカル王子も、さすがに今は何も言ってこないし……って、ごめんなさい少納言さん。あなたのところにしわ寄せが行っちゃってるのよね」
「……いいえ、とても良くしていただいていますのよ。二条院はとても大きくて豪華な御殿ですし、住まいの西の対は素敵な調度品がたくさん……家来や女房や遊び相手に至るまで完璧に取り揃えていただいて、何の不自由もありません。姫君も最初こそビクビクしてましたが、今ではすっかり慣れて、ヒカル王子とも仲良しで、元気にしておりますの……ええ
「……ちょ、少納言さん……目が死んでる。っていうか超棒読み」
「綺麗事言ってないで、ぶっちゃけちゃいなYO! 飲みが足りないんじゃないの? ほらっ」
いつのまにかすっかり出来上がった侍従がさらに酒を注ぐ。少納言、一気に飲み干す。
「はーっ。元の、あの古い邸よりずっと良い生活をしていることは確かなんです。それは感謝すべきことなのですけどね……時々思うんです、あと一日早く兵部卿宮さまが迎えに来てくださっていたら。あの日私が、惟光さんに引っ越しのことを言わなければ、って
「少納言さん……(泣)」
「自分を責めちゃダメよ! あの王子なら、少納言さんが言わなくても、何とかして情報ゲットしてたと思う。それこそどんな手を使っても」
「そうなんですけど……もう少しうまくやれなかったかな、って」
いいえ、無理ですわ
 王命婦がキッパリと言い放った。
「普段そのお部屋なりお家なり(=職場)を取り仕切っているとはいえ、私たちはしょせん一介の女房(=OL)にすぎません。権力側に本気で突っ込んでこられたら、とても太刀打ちできるものではない」
「説得力あるわあ……」
「王命婦さん、男前……」
「まして乳母である少納言さんはまだお子さんも小さいでしょ? 上司の機嫌損ねて仕事を失ったら、都から追い出されたら……て思うと怖いわよね。私にも家族はいますから、よーくわかるわ。ついこの間、同じ思いをしたばかりだから。結局私たちに拒否権なんてないのよ」
「王命婦さん……(泣)」
 手をとりあう二人。
「ほらほらそこ、湿っぽくなっちゃダーメ! 王命婦さんも少納言さんも、この際言いたいことゼーンブ言っちゃいなYO!
 注ぎまくる侍従。いそいそとおつまみを補充する右近。
「だいたいね、私たちのことを最初から見下していらしたと思うんですよ、ヒカル王子は」
 少納言の耳がほんのり桜色に染まって来た。
「高貴な血筋とはいえ、直接的な後ろ盾はない、単なるおばあちゃんと孫ですからね。尼君は最期まで、王子のことをゼーンゼン、まったく信用されてませんでした。北山であんなに熱っぽく請われても、頑として撥ねつけていらっしゃいましたから……案の定、京に帰られたら速攻で疎遠になって、ああやっぱり仰る通りだったわーなんて」
 少納言、杯をあおる。
「京の、私たちの邸にいらした時も、夜にアポ無しで。わざわざ来てやったんだぜー的な態度でしたけど、もののついでだったのはバレバレですから! 残念っ!
「少納言さん……すごく、古いです……」
「しっ、侍従ちゃん黙って聞くのよ!」
 手酌で酒を注ぐ少納言。勢い余ってテーブルにこぼれる。
「それでも頑張ったんです私たち。慌てて掃除して、家で一番見栄えのする調度品も置いて。だけど、一歩その部屋に入ったときの、あの王子の目! ふ~ん、ま、こういう部屋もセレブな俺には新鮮だから? 心広いよね俺、的な? あの態度! そりゃ二条院とは比べ物にならないでしょうよ、ろくな飲み物も出せませんよ。だけど、だけどねえ……」
 泣き出す少納言を、悔しいわよねえ、そうよねえとハグして慰める王命婦。
「藤壺の件は、一応合意の上だし、何より大人同士だからまだいいけど、若紫ちゃんはまだ小学校中学年くらいですものねえ。それも、尼君の四十九日も過ぎないうちから、いきなり御簾の中に入ってきて添い寝だなんて、さすがにおおらかな平安時代でもないわーって感じよね」
「しかも! その帰りに、よその女の家に寄ろうとするし! んで、すげなく断られてやんの、ウケルー!」
「通い婚のお約束も守らないしね! 相手が子供なのに三日も通ったら皆に変に思われちゃうかもーって、だったら最初から言い寄るなっつうの!◯ーカバー◯」
 右近と侍従、そろって顔真っ赤。王命婦が溜息まじりに言う。
「結局、通うのが面倒だったって理由なのよね、真夜中に突撃して、騙し討ちみたいにさらってったのは」
「そうなんです! 本当に馬鹿にしてますよ! 尼君が亡くなったとみるや、女房たちばかりの家と侮ってこんな仕打ちを……もう……兵部卿宮に顔向けが出来ません私……」
「あー、あの上品で人の良さそうなおじ様ね。気の強い奥さまの尻に敷かれてはいるけど、社会的地位は問題ないし、そこそこ経済状態も悪くないし、保護者として全然問題ないのにね」
「私、その家に知り合いがいるんですけど、奥さまって確かに最初はヤキモチ焼いていろいろ意地悪もしたみたいですが、この頃はかなり軟化されてたって。若紫ちゃんを引き取ることもちゃんと了承してて、あのくらいの子供久しぶりだわーってむしろ楽しみにしてらしたみたい。けっこうガッカリしてるらしいですよ」
「右近さん……邸に残った人たちは王子から、しばらくの間は何も言うなと固く口止めをされています。そのせいで、兵部卿宮側の人たちには、私の一存で姫君を連れて行ったと思われているみたいなんです。尼君が以前から、あちらの奥さまをあまりよく思ってなかったことで、乳母が出すぎた真似をしたと……
「えーひどい!」
「全然違いますよね! 抗議したほうがいいんじゃないですか?」
「何なら、私からそれとなく根回ししてもいいわよ」
「……ありがとうございます! 本当に、皆さんにそう言っていただけて……。でも、いいんです。私が姫君を守りきれなかったのは事実ですし……だいたい、今更そうと知れたところで、王子がハイそうですかと姫君をお返しすると思われますか?」
「……返さないでしょうね、絶対」
「……ですね」
ハイ! おつぎしまーす! 飲んで飲んで!
侍従、全員の杯に酒を満たす。以下ループ。

「でね、少納言さん?」
「はい……」
 少納言、うつらうつらしかけながら答える。侍従、右近ともにへべれけ状態。王命婦は三人の倍は飲んでいるが、まったく顔色も口調も変わらない。
こうなった以上、もう覚悟を決めるしかないっていうのは、貴方自身もわかっていらっしゃるのよね?」
 うんうんと頷く少納言。
「若紫ちゃんはどう? 今の生活に満足してる?」
「ええ……だと思います。王子は本当に細やかなお方で、必要なものはもちろん、姫の好きそうなもの、喜びそうなこともよくおわかりになっています」
「この頃は、ヒカル王子参内もよくサボってたわねえ」
「そうなんです。ずっと西の対で姫君のお相手をなさっていて。慣れるまでずっと」
「一応、大事にはしてくれてるのね。二人でいるときはどんな感じ?」
「よく手習いを一緒にされてるんですが、とっても微笑ましくて。姫君が一生懸命筆を持って書いている様子がもうとんでもなく可愛らしいので、王子もうメロメロっていうか、目に入れても痛くないって風情です」
「父性本能刺激されちゃってる感じなのね」
「男女間の色気みたいなのは皆無なんですよね、少なくとも姫君の方は。王子が帰ってくれば真っ先にお出迎えして、無邪気にお膝の上に乗っかりますし
「あらまあそうなの。普通は実の父子でもそんなことしないのにねえ、平安時代は」
「羨ましい!」
 侍従がむっくりと起き上がった。
「ぶっちゃけ、すっごい羨ましい! ヒカル王子ほどのハイスペックな男、何処にもいないですよ? ねえ右近ちゃん、右近ちゃんもそう思うでしょ!」
「うーん…もう飲めない…」
「もう、いいじゃないですか。とりあえず若紫ちゃんの将来安泰ってことで。兵部卿宮さまはちょっと気の毒だけど、少納言さんが自分を責める必要は全然ない。だって、メッチャ玉の輿じゃないですかっ! あああ、出来るなら私が代わりたいっ!」
「侍従ちゃん……」
「あはは、その通りよね。とにかく生活に不安はないわ」
「少納言さん!」
「は、はいっ」
「これからですよ、勝負は! どーせヒカル王子のことだから、バンバン女をつくるに決まってます。間違いない!
「…アンタも…大概古いわよ…侍従ちゃん。むにゃ」
「右近ちゃん黙ってて、て寝てるわね……まあいいか、とにかく少納言さん! 私たち女房(=OL)にとって職場環境は重要なんだから、頑張って西の対を磨き上げるのよっ! んで若紫ちゃんをもり立てる!どんな女がやってきても負けないように縁の下からバックアップよ!
「侍従ちゃん、素敵。元気が出てきたわ! ありがとう!」
「ホント、いいこと言うわねー。見なおしたわ。私も、ますます精進して藤壺と宮さまをトップに押し上げようっと!」
王命婦さんとこはー、まだまだイロイロありそうだと思いまーす…むにゃ」
「右近ちゃん……不吉なこといわないでよ……私もそう思うけどさ。これで引っ込む王子じゃないものね」
「と・に・か・く! 皆さん、円陣組んでっ!」

 部屋の中央に集まる四人(右近、ムリヤリ引っぱり起こされる)、それぞれの手を重ねる。

ハイ行きますよー!
てっぺん目指してーっ! 
平 安 女 房 ズ、ファイッ!!!

…………

と、いうわけで、「ひかるのきみ」初の女子会は盛況のうちに終了いたしましたようです。楽しそうで何よりでした。きっとまたどっかでやるんじゃないでしょうか。

で、以下はいつもの私見です。

いやあ「若紫」の巻、予想以上に酷かった……ヒカル、現代ならもちろんのこと、平安時代においても不審者そのものっていうか犯罪者ですね(笑)。今上帝の息子で、現左大臣の婿だから誰も何も言えないというだけで。もしかして本当にこういう話があったのか? と思うほど変に細部がリアル。
白馬に乗った王子がやって来て姫をさらっていく
という古今東西よくあるおとぎ話的なイメージからあまりにもかけ離れていて、驚きました。実際にやると、こんなとんでもないことになるんだなと。

身分が上の者には基本逆らえないって時代だから仕方ない部分はありますが、まずヒカルは女房さんたちを完全に下にみている。だから女房さんたちに何を言われようと、顰蹙をかおうと、基本的に気にしない。いっぽう外の人たち=世間にどう思われるかは非常に気を遣う。女房さんたちは必ず「女」だけど、外の人たちは男性も含まれるから、なんでしょうね。

源氏物語は、女房さんたち抜きでは、何も話が進まないといっても過言ではない。影の主役といってもいいのですが、扱いは割と酷い。文中で少納言さんに
こういう振る舞いは私たちにとって大迷惑だ
みたいなことを言わせてましたけど、普段あまり口に出せはしないがこう言いたい局面は多々あったのであろうなあと思います。
結局、女(女房)には何を決める権限もなく、権力者(男)の言いなりで、責任のみ押し付けられてしまう……現代にも通じるような悩みと憤りが、平安時代のキャリア女性の中にもきっと存在していたでしょう。女房さんたちの間で爆発的に流行ったのも、ハーレクイン的な単純な恋愛ストーリーではない、こういう生活者としてのリアルな視点に共感されていたからこそ、と思います。

<末摘花 一につづく>
参考HP「源氏物語の世界」 

2016年1月22日金曜日

若紫 十一

 その日、ヒカルはたまたま左大臣家を訪れていたが、いつもの如く正妻はなかなか出てこない。
 面白くないので和琴を即興でかき鳴らし「常陸では田を作っているが」とかいう歌を朗々と口ずさんでいるうち、惟光参上。呼び寄せたところ、衝撃の報告が!
 明日、少女の邸に父宮の迎えが来る、という。焦るヒカル。

兵部卿宮の邸に移っちゃうとなると、こちらに迎えとるどころか会うことすら難しくなるな。大人の女性を扱うのと同じ、いやもっと悪い。あんな幼い子に懸想しちゃって何なのあの人? ロ◯コン?などときっと非難されるに違いない(いや、もうされてるが)。
よし、父宮が来る前に、連れてきちゃお!しばらくの間女房たちには口止めをすることにして、と)
 惟光に向き直り、命令を出す。
「明け方、あの邸に向かう。車の装備は今のままで、随身を一人か二人確保しておけ。今からミッションスタートだ! 行け」
惟光はラジャー! とばかり、準備に走る。

ヒカル
(さて、どうしようか。また世間で噂になって、私が見境ないタラシだとか言われちゃうんだろうなあ(いやその通りだが)。せめて相手が妙齢なら、女だって満更でもなかったんじゃないの? 珍しい話じゃないよねってことになるけど、まだほんの子供だからなあ。
実の父親である兵部卿宮に探し回られて、万一誘拐だなんだと騒ぎたてられたら、体裁も悪いし、格好つかないよな)
などと思い悩むが、ではこの機会を逃すのか? それでいいのか? いやよくない!ということで、結局夜遅くに出発することと決める。

 正妻・葵の上は、いつものように渋々といった体で、打ち解けず人形のように座っている。
「某所で、どうしても今処理せねばならないことがあるのを思い出しました。すぐに戻ってきますね」
といって返事も待たず(どうせ返事しないし)さっと出たので、お側に仕える女房たちにも気づかれない。自分の部屋で直衣を身につけ、惟光だけを馬に乗せて邸に向かった。
 惟光に門を叩かせると、何も事情を知らない者がすぐ開けてくれたので、サクッと車を引き入れる。惟光が妻戸を鳴らし咳払いをすると、少納言が聞きつけて出てきた。
「こんばんは。(ヒカル王子が)いらしてます」
「姫君はお休みになってますわ。どうしてまた、こんな夜遅くにお出ましになられましたの?」
 夜歩きのついでに立ち寄ったと思っているふうだ。
「兵部卿宮の邸へ移られるそうですね。その前に申し上げたいことがございまして」
「まあ、何事でございますか。姫君には、はかばかしいお返事などできないと思いますが」
 少納言は笑ったが、ヒカルを目にすると一転困り顔で
「老いた者どもが、いぎたなく眠っておりますので…」
と制止する。
「姫君はまだお目覚めではないと? ちょっと起こしちゃいましょう。こんな素晴らしい朝霧を知らずに寝ているなんて」
と言いつつズカズカと入っていくヒカル。不意を突かれた少納言は「いや、ちょ、待って」と言葉にならない。
 姫君は何も知らず眠っている。ヒカルが抱き起こすと目を開けたが、寝ぼけて父宮が迎えに来たのかと勘違いしたようだ。
 ヒカルはその髪を撫でつけて
「さあおいで。父宮さまの御使として来ましたよ」
という。
父宮さまじゃない!
 姫君はびっくりして、震えあがった。
「ああ、そんなに驚かなくても。私も同じ人間ですよ」
と言うが早いか抱きあげて出て行くと、大輔、少納言などが
何をなさいます! 一体、どういうことなのですか?!
と口々に騒ぐ。
「ここには、いつでも来られるわけではないのが心配だから、もっと気楽な場所にとお願いしていたはず。なのに、兵部卿宮の邸にお移りになるのですって? 困ったものだね、そうなるとますます、お話もできなくなるよ。というわけで誰か一人、ついてきてくれ」
 ヒカルの言葉に、皆パニック状態、少納言が必死に訴える。
今日のところは、どうかご勘弁を! 父宮さまがいらしたら、どうご説明せよと仰るのですか? 年月を経て、自然にしかるべきご縁で結ばれるのならともかくも、これではあまりに考えなしのお振る舞い、お仕えする私たちにも大迷惑ですわ!」
ヒカルは聞き入れず、「ハイハイ後からついてきてもいいからねー」と言って車を寄せてしまう。皆アワアワするばかりで何もできない。
 姫君も、ただならぬ雰囲気を感じ取って泣き出してしまう。少納言は、これはもう止められない、と覚悟を決め、昨夜縫った衣装類を引っさげ、自らも適当に着替えると車に乗り込んだ。
 ヒカルの住まいである二条院はすぐ近くなので、車はまだ暗いうちに到着、西の対の前で止まった。
 姫君を軽々と抱き下ろすヒカル。
 少納言は茫然として
「やはりまだ夢のような心地がします……私はこれからいったいどうしたらよいのでしょうか?」
と下りることを躊躇うが、
「それは貴方の心ひとつだ。姫君奪取ミッションはコンプリートしちゃったし、帰るなら送るけど?
といわれ、もう笑うしかなく、車を下りた。あまりに急な展開に気持ちがついていかず、胸がドキドキする。
「父宮さまは姫君のいなくなったことをどう思い、なんと仰るだろう。姫君はこれからどうなっていくのだろうか……兎にも角にも、お身内に先立たれたことが本当にお気の毒だ
と思うと涙がこみ上げてくるが、さすがに不吉なので、じっと堪えた。

 西の対は誰も住んでいないので、御帳などもない。惟光を呼んで、御帳や屏風などをあちらこちらと配置させる。御几帳の帷子を引き下ろし、御座所など、ちょっと手を入れれば使える状態ではあったので、東の対から寝具など運び入れて何とか寝る場所は整った。
 姫君は、未知の場所に連れてこられてわけもわからず、どうなるの? と震えているが、さすがに
声を立てて泣くことはできないでいる。
少納言と一緒に寝たい……
という声は怯えているせいか赤ん坊のようだ。
これからは、乳母とお休みになるようことはしないのですよ
とヒカルが諭すと、ひどくしょんぼりして、泣きながら横になった。少納言はましてとても寝るどころではない。心乱れて何も考えられないまま、一晩中一睡もできなかった。

<若紫 十二につづく>
参考HP「源氏物語の世界」 

2016年1月21日木曜日

若紫 十

 同じ日、邸には少女の父・兵部卿宮が訪れた。
 ここ数年来すっかり古びて、人も減り、荒れた雰囲気が隠せない広い邸を、父宮はひととおり見渡しながら言った。
「幼い子が住むようなところではないね。やはり私のところにおいで。けっして窮屈なところではないよ。乳母も、部屋を貰って仕えるといい。若い人たちもいるから、姫君と一緒に仲良く遊んでくれるだろう」
 姫君を近く呼び寄せてみると、ヒカルの移り香が馥郁とひろがる
「ほう、よい匂いだ。服はすっかりくたびれているけれど…。
長いこと、病がちな老人とばかり過ごさせてしまったね。早く引き取ってこちらに馴染ませようと思ってはいたが、尼君が変に疑って疎んじていたので、妻も手をこまねいていたのだよ。亡くなってからこんなことを言うのも心苦しいことだが」
「いえいえ、心苦しいなどと…ですが姫君は、今は心細くともしばらくこのままのほうがよろしいかと思います。もう少し物の道理がおわかりになるまで成長されましてから、そちらに行かれたほうが、うまくいくかと」
 乳母の少納言が静かに言う。
「今は夜となく昼となく、お祖母様を恋しがって、ちょっとしたものもお召し上がりにならないのです」
 そのせいで姫君は面窶れをしていたが、それがまた上品で可愛らしく、かえって見栄えが良いほどだ。
「どうか、もうそんなに悲しまないで。亡き人にあまりこだわりすぎるのも良くないことだよ。この父がついているのだから」
などと慰める父宮だが、日が暮れれば自分の邸に帰ってしまう。姫君が帰り際に、寂しいですーと泣くので、父宮もついもらい泣きをして
「どうか、あまり思いつめないようにね。今日明日のうちに、きっとお迎えに来るよ」
と繰り返しなだめすかし、やっとのことで出立される。

 父宮がいなくなると、姫君は誰も慰めようがないくらい泣き沈んでいた。我が身の将来のことまで思い至ってのことではないが、ただ長年かたときも離れることなく一緒にいたお祖母様が、今は亡き人となってしまったのが幼心にもたいそう悲しく、胸がふさがって、いつものように遊ぶこともしない。昼間はそれでも何とか紛らわせているが、日暮れともなるとひどくふさぎこんでしまう。いったいどうしたものかと慰めあぐねる乳母にしても、涙をこらえきれない。

 ヒカルの命をうけ惟光が様子を見に来た。
「私自身が伺うつもりが、内裏よりお召がありまして。本当に申し訳ない。気になって仕方ないのですが」
と伝え、宿直役の人も一緒に寄越した。

「情けないことですわ。お戯れにしても、ご結婚のはじめにこのような仕打ちとは」
「父宮さまがお耳にされたら、側仕えの者の落ち度として責められましょう」
「ああ大変。何かの拍子に、うっかり漏らしてしまっては何としよう」
など女房たちは口さがないが、当の姫君はなんとも思っていないのがまた困ったことである。

 少納言は惟光に、ヒカルの真意を探るべく愚痴る。
「ヒカル王子と姫君の間には、将来にわたって切っても切れない宿縁がたしかにあるのかもしれません。ですが今現在は、まったく不釣り合いなお話とお見受けします。どうしてそんなに姫君のことを思ってくださいますのか、これからどうなさるおつもりなのか、わたくしはどう対処すべきなのか、判断できず悩んでおります。
今日も父宮さまがいらして
将来不安がないように、よく姫に仕えてください。あまり幼い子扱いはしてくださるな』
と釘を刺されました。かなりプレッシャーですわ。今まではただ放ったらかされておりましたのが、今後はこのような、よその男のかたとのお手紙のやりとりや、ご訪問といったことにも、改めて目を光らせ配慮しなければならないので」
といいつつも
(惟光さんに、ヒカル王子と姫君の間に何かあったのかと思われては、それも不本意だわ…)
と考えてもいたので、あまりあからさまに嘆くようなことはしない。惟光のほうは、よく事情がわかっていない上に、少納言に奥歯にものが挟まったような言い方をされ、怒られているのか単に愚痴られているのか、イマイチ腑に落ちない。

 帰参した惟光がとりあえずそのまま報告すると、ヒカルは少納言の気持ちを察して、ああしまったなと反省する。が、だからといって普通の女相手のように三日通って正式に結婚、というのも、相手が相手なのでおかしな感じだし、だいいち軽々しくひと目につくようなことをすると、すぐに噂の種になってしまう。
やはりあの姫君は、自分の邸に迎えるべきだ
と決意を新たにするヒカルであった。
 それ以降、手紙は頻繁に出し、夕暮れにはいつも惟光を遣わす。
「差し障りがあって伺えませんが、どうかお許しを」
などと書きつけて。

 そんなある日、訪れた惟光に対し、少納言が口早にこう言った。
父宮さまより、明日姫君をお迎えにまいりますと急なお知らせが来ましたので、気ぜわしくてなりません。長年住み慣れた蓬生の宿を離れますのもさすがに寂しく、お仕えする人々も思い乱れております」
 邸の人々は皆、忙しそうに縫い物などしている。誰もかれも、ろくに返事もしないので、惟光は諦めて邸を辞した。

<若紫 十一につづく>
参考HP「源氏物語の世界」 

2016年1月20日水曜日

若紫 九

 十月(実際には十一月)。
 朱雀院の行幸(神社仏閣、名刹などに帝が外出すること)という一大イベントが予定されているため、舞人、高貴な家の子弟、上達部、殿上人など、およそ芸ごとに秀でているものは皆召集がかかり、親王や大臣を中心に、それぞれ練習に余念がない。
 そんな忙しい日々の合間、そういえば北山の尼君はどうしているのか、えらくご無沙汰してしまったなと思い出したヒカル
 問い合わせてみたところ、僧都から返事が来た。
「先月の二十日ほどに、ついにみまかられまして……世の常とはいえ悲しいことでございます」
などとある。ヒカルは世の儚さをしみじみ感じつつ、
「尼君が心配していたあの若紫ちゃんはどうしているだろうか。幼な心にも恋しがっていることだろうな。私も、母の御息所に先立たれたときには…」
と、ほとんど忘れていた自分の幼き頃のことも思い出し、丁重にお悔やみを申し上げた。乳母の少納言が如才なく返事をかえしてきた。

 喪が明けて一行が京に戻ったと聞き、折を見て、ある夜ヒカルみずから訪れた。主を失った邸はいっそう寂れて、小さい子にはさぞ恐ろしかろうと思われた。
 いつもの南廂の間に落ち着くと、少納言が尼君のご臨終の様子などを涙ながらに語る。他人事ながら、ヒカルの袖も涙に濡れるのだった。

「父親である兵部卿宮さまにすぐ引き取っていただこうとしましたが、亡くなった尼君が
『亡き娘は、宮の北の方のことを情のない、意地悪な人と言っていました。もう幼児ともいえず、かといってまだ大人の顔色をよむ分別はない、中途半端なお歳の姫ですから、大勢いらっしゃる中で侮られ軽んじられて過ごされようかと思うと、躊躇ってしまいます』
などと始終ご心配なされていて……。
王子様の、姫君への勿体無いようなお言葉、どのくらい先々のことまで考えてらっしゃるのか存じませぬが、こんな時ですから素直に嬉しく受けとめるべきか、とも考えております。
ですが肝心の姫君は……ふさわしいお年ごろでは全くない上、年のわりに幼くていらして、もう本当にヒカル様のお相手としてはとてもとても、お話にならないのです」

うーん、何度同じことを申し上げたらわかってくださるのかなあ? そういう幼くあどけないご様子こそが、かわいらしく愛しく思えるという、本当に格別のご縁と私は考えているのです。こうなったらやはり、人づてではなく、直接お話しさせてくださいよ。

年若い姫にお目にかかるのは難しいのでしょうが
和歌の浦の波のようにただ立ち帰ることはいたしませんよ
さすがに失礼でしょう?」
と、詰め寄るヒカル。
少納言は内心、
「確かに、尼君は亡くなってしまったのだし、私自身はヒカル王子に逆らえるほどの身分でもない……いや、だけど、だけど!」
テンパリながらも

和歌の浦に寄せる波の真の心も知らないまま
浮かうかと身を任せる玉藻になるのはどうなのかしら
はいそうですかではよろしくー、とはいきませんよさすがに」

なかなか絶妙な返答をしたので、ヒカルはおおおーと感心し、ちょっと詰めよりすぎたかな? とすこし差し控える気にもなる。「どうやって波を越えて会いましょうか」と軽く口ずさむのを、若い女房たちは自分に言われたようにぞくぞくっと震える。

 姫君は亡き祖母を恋しがって泣き伏していたが、遊び相手たちが
「お直衣を着ている方がいらしてますよ。父宮さまがおいでなのでは」
というので飛び起きて、
「少納言のおば様! 直衣を着ているという方はどこにいらっしゃるです? お父様ですの?」
 とたたた、と近づいてくる足音、声がたまらなく可愛らしい。
「父宮さまではありませんが、まったく見知らぬ方というわけではありませんよ。こちらへ」

えっちがうの?! 誰? もしかして…あのときの、あのカッコイイ王子様?! 

少女はさすがにあ、私まずいこと言っちゃった?! と察して、
「向こうに行きたいですー。眠いですー……」
と乳母の少納言にべったりとくっついて離れない。
「まあ姫君、今更どうして隠れようとなさいますの? 眠いのなら、私の膝の上でお休みなさいませ。さあ、もうすこし寄って……ね、王子。これですから。まだまだ赤ちゃんのようなお年ごろなのですよ」
と言って、半ばやけくそで姫君を押しやったところ、ヒカル、御簾の隙間から手を差し入れて探る。
柔らかな衣の上に、髪がつやつやとかかって、末のほうまでサラッサラだ。

うっわー超可愛い。萌えるわー。

と調子に乗って姫君の手をとらえると、
何なの? 不審者?! と怯えて
もう寝るっていってるでしょ!
と必死に振り払い、奥に引っ込もうとする。ヒカルはそのタイミングを逃さない。スルッと簾の内に滑り入ってしまった。
「今は、私が世話をする人ですよ。そんなに嫌わないで」
乳母は驚き呆れ、
「ダ、ダメですよ王子、出てください! あまりといえばあまりですわ。いくらなんでも、姫はまだ女とはいえないお歳ですのよ!」
と叫ぶ。
「まあまあ、さすがにこんな幼い子に何もしやしないよ。ただ、他の人とは違う私の心ざしの深さをしっかり見届けてほしいのだ」
ヒカルは涼しい顔でそううそぶくのだった。

 外は霰が降り荒れて、恐ろしげな夜である。
「この可愛い子が、どうしてこんな寂れた場所で、心細く過ごさねばならないのか」
と思うといじらしく、つい涙が出て、とても見捨ててはおけない! と変なスイッチが入ったヒカル
「格子を下ろしなさい。天気も荒れて物騒な夜だから、私が夜明かしして御守りする。皆、もっと近くに寄って」
といって、馴れた様子で帳の内までズカズカ入っていく。
ちょ、誰が入っていいと?!女ばっかりの中に勝手に入ってきちゃってなんなのこの人!ありえないっ!!
と一同ドン引き。
 乳母の少納言も同様だが、相手はヒカル王子。事を荒立てるわけにもいかず、嘆息しつつただ見守る。
 姫君はひどく怯えて、一体自分はどうなっちゃうのかとぶるぶる震え、つやつやすべすべの若いお肌を粟立てている。ヒカルはそんな姿も可愛いと思い、小さな体を単衣だけで包み込む。
我ながらこれはちょっと何だかなー、ロリコンヘンな人みたいだよねと
自覚しつつも、そこは女扱いにかけては百戦錬磨のヒカル、
「私と行きましょうよ、美しい絵がたくさんある、お人形遊びもできる所に」
と優しく声をかけ、姫君の気を引く。何しろ十八歳という若いイケメンだしいい匂いがするし、人を惹きつけずにおかない愛嬌もたっぷり。幼い姫君は、そんなに怖い人でもないのかも? とやや思い直すが、さすがに気を許して眠り込むというところまではいかない。ずいぶん長いこと、もじもじしながら横になっていた。
 その夜は一晩中、風が吹き荒れていたので、女房たちは
「ほんとうに、王子がこうして宿直にいらっしゃらなかったら、どんなに心細かったでしょうか」
「同じことなら、お似合いの年回りでいらしたら…ねえ?」
とささやきあっている。乳母は心配でたまらないので、二人のすぐ側に控えて寝ずの番だ。

 風がすこし吹きやんだ深夜、ヒカルは邸を出ることにしたが、傍から見れば恋人宅から帰るような風情である。
「今はますます愛しくてたまらない。もう片時の間も離れるのは心配だから、明け暮れ眺めていられる場所に迎えたい。こうして通うだけでは物足りないよ。姫君も怖がってはいなかったよね」
と調子こくヒカルを、少納言が静かにたしなめる。
「姫君の父宮さまも、引き取られるおつもりでいらっしゃいます。この四十九日がすぎるまではと思っておられるようです」
「兵部卿宮ならそれは確かな頼り先だろうけど、ずっと別々に暮らして来たんでしょ? 他人と同じようなものじゃないか。今夜初めてお会いした私のほうが心ざしは深いと思うよ!」
といって姫君をかき撫でかき撫でして、後ろ髪をひかれつつ出立した。

 霧が深く立ち込めた空は常ならぬ雰囲気で、霜が白くおりている。本当の恋ならば情緒もある朝帰りであったろうに、何か物足りなく思える
 以前こっそりと通っていた処に近いと気付き、その門を叩かせたが、誰も出てこない。どうしようもないので、お伴の中で声の良い者に歌わせる。

曙に霧が立ち込める空模様につけても
素通りしがたい貴方の家の門前です

と二回ほど歌うと、物なれた感じの使用人が出てきて

霧のたちこめた我が家の前を通り過ぎがたいと仰るなら
生い茂った草が門を閉ざしたことくらい何でもないでしょうに
今まで放っておかれた癖に調子良すぎですよ」

とよみかけ、家に入ってしまった。それきり誰も出て来ない。
 このまま帰るのも虚しいが、明けゆく空の下うろうろするのはもっと体裁が悪いので、おとなしく邸に帰ることにした。

 ヒカルは、あの可愛らしい少女の面影を恋しく思い出し、ひとり笑いをしながら寝た
 日が高くなってから起きだして、さて手紙を、と机に向かったが、いつもとは勝手が違うので、書いては置き書いては置きしつつ、気の向くままに書きすさび、美しい絵なども添えた。

<若紫 十につづく>
参考HP「源氏物語の世界」 

2016年1月19日火曜日

若紫 八

 北山の寺で療養していた若紫の少女の祖母・尼君は、程なく回復し山を下りた。住まいは同じ京の都だったので、ヒカルとは時折お手紙をやりとり。
 だが内容は変わり映えしないし、まずヒカルのほうがそれどころではない悩み事満載だったこともあり、とくにこれといった進展もないまま時ばかり過ぎていった。

 管弦の催しも一段落ついた秋の終わりごろ、なんとなく物寂しい気持ちになるヒカル。月が美しい夜に、ふとお忍びの場所へ行こうと思い立つ。
 内裏から出て、行き先の六条京極あたりまではまだ少々遠い場所で、時雨に足止めされる。そこに古木が鬱蒼と茂った、荒れた邸があった。いつもお側にいる乳母子の家来・惟光によると
「亡くなった按察使大納言の邸、つまり北山の尼君の邸でございますな。そういやこの間、何かのついでに寄りましたら、尼君がかなりお悪いようで、皆さんいろいろと大変そうでしたよ」
「ええ! なんと、それはお気の毒に……なんでもっと早く言わない、お見舞いするべきだったろう。今すぐ入ってご挨拶しよう!
惟光心の声
(お手紙やりとりしてたんと違いますのん…つか、今の今までカンペキ忘れてたでしょ……)
 ヒカルにせきたてられた惟光は、伴の一人を中に入れ案内をさせる。たまたま立ち寄ったのではなくわざわざお見舞いのため来ました、かのように言わせたので先方は驚き、
「いや恐れいります。大変申し訳ないことなのですが、ここ数日とくに弱ってきていまして……とてもお会いできる状態ではありません」
と言ったものの、むげに帰してしまうのも失礼と、慌てて南の廂の間を片付けヒカル一行を上がらせる。
「むさ苦しいところですが、せめてものお礼ということで……何のご用意もなく、鬱陶しいお座所で恐縮です」
 なるほど、ヒカルがいつも見慣れているような場所とは違う、と思う。
「いつも今度こそは伺おうと思いながら、すげないお返事ばかりでしたので、ご遠慮申し上げておりました。こんなことになってらっしゃるとは……なにせご病気でいらっしゃることすら存じ上げなかったほどのおぼつかない関係でしたから」
何気に相手のせいにするヒカル。乳母の少納言
「病がちなのはいつものことなのですが、いよいよの際になりまして……せっかくお立ち寄りいただきましたのに、自らお礼申し上げることもできません。以前仰っていた姫君へのお心、万一にもお変わりないようであれば、もうすこし大人にお成り遊ばした暁には是非、ものの数に入れてくださいませ。まことに、このような心細い状況のまま置くのは、尼君の願っております仏道の妨げと思えてなりませんから」
などと切々と語る。
 尼君はすぐ近くに臥しているのか、心細げな声が絶え絶えに聞こえる。
「まことに勿体無いことでございます。せめて姫君が、きちんとお礼を言えるようなお年であればよかったのですが……」
 ヒカルは哀れに思い
「浅い気持ちならば、いまさら気を持たせるような真似はしませんよ。いかなる因縁か、初めてあの子にお目にかかったときから、不思議なほど愛しい気持ちが強くなるばかりで、現世の縁だけとも思えません」
などと優しく言いくるめる。
「とはいえいつも何の甲斐もない感じですので、あの幼き少女のお声を一言でもお聞かせ願いたいのですが、どうでしょう?」
しれっと図々しくせがむヒカル。
「いやいや、何もご存じなく、ぐっすりお休みになってまして
などと言っているそばから、とととと、と近づく足音がして
おばあさま! この前お寺にいらしてたヒカル王子さまがお家にいるですか-? どうしてお会いしないのですー?!
女房たちはしまった、と顔を見合わせ「お静かに!」と止めるがもう遅い。
「だってー、『お会いしたら気分の悪いのも良くなった』って仰ってたじゃないですかー」
と、私うまいこと言ったです! というようにドヤ顔でいる。
 ヒカルは笑いそうになるが、女房たちの困っているのを思いやって聞かぬふりをし、丁重にお見舞いの言葉を述べて帰った。
「なるほど、子供らしい様子だ。教育のしがいがあるというもの」
とほくそ笑む。

 翌日のお見舞いも気合を入れて用意する。手紙はいつものように小さく結んで

かわいらしい鶴の一声を聞いてから
葦の間をさ迷う舟のように思いまどっています
ずっと同じ人を追いかけてばかりで

と、姫君に合わせことさらに幼く書いてあるのも、あまりに見事な筆跡なので、周囲の女房たちは「そのままお手本に」と騒ぐ。
 お返事はもちろん少納言である。

「尼君は、もはや今日か明日かという状態でして……山寺にお移しする段取りをととのえているところです。このように丁重なお見舞いをいただきましたお礼は、あの世からでもお返事させていただくことになりましょう」

 さすがにお気の毒なことと思う。

 秋の夕暮れは、いつもにもまして心がざわめき、許されない恋人のことで頭が一杯になるので、もう無理にでも、あのゆかりの少女を引き取ってしまいたいという気持ちが募る。尼君が「心配で、死んでも死に切れない」と言っていた夕暮れを思い出し、少女に会いたくて震えるが、また一方では、間近で実際に見たら思ったほどではないんじゃないの? という気にもなったりする。

手に摘んで早く見たいものだ
紫草にゆかりある野辺の若草を

<若紫 九につづく>
参考HP「源氏物語の世界」 

2016年1月18日月曜日

若紫 七(オフィス&右近宅にて♪)

「ちょっとちょっと!右近ちゃん!」
「どうしたの侍従ちゃん? そんなに慌てて」
「聞いた?! 藤壺の宮さまのこと」
「ああ、ご懐妊されたって話? 長いことお宿下がりしてたと思ったら、そういうことだったのね」
「えーでもさ……ちょっとヘンじゃない? 具合悪いってご実家に帰られたのって、確か四月だったよ? あのとき藤壺のお部屋のお掃除手伝わされたからよく覚えてる。そんときもう妊婦だったとしたら、今最低四ヶ月か、五ヶ月? だけどもう七月にもなるのに、宮さまのお腹まだペッタンコだよ……。物の怪のせいとか何とか言われてるけどさ、そんなことってあり?」
「帝も久々に宮さまが参内されたからはしゃいじゃって、毎日のように藤壺に通いつめてるらしいわよ。おめでたいことよね」
「だからー!」
「侍従ちゃん?」
 しーっというように、指を口に当てる右近。
「何を言いたいかは察しつくけど、職場じゃNGよその話題。平安時代の部屋って壁もドアもほとんどない、単に屏風や簾で仕切られてるだけなんだからさ。壁に耳あり障子に目ありどころじゃない、ザル以下っていうかすべて筒抜けよ?」
「……そ、それもそうね……え、ていうか右近ちゃんやっぱり何か知ってるのね! あそこの女房さんたちと仲いいもん。ずるーい私にも教えて!」
「落ち着いて侍従ちゃん。仕事が引けたら、私んち来れる?」
「もちろん行く行く! お菓子持ってくね!」

簾が巻き上げられ、お局女房が顔を出す。
「アフターファイブのお話もいいけど、今日中にその御文の整理は終わりそう? 二人共」
「は、はーい」「ただいま」
………… 
(右近の家)
「はーつっかれたー。一ヶ月分仕事したような気分。お茶が美味しいわー♪」
「アタシたち頑張ったわよね、残業しないために。あ、これ美味しいね、侍従ちゃんありがと」
「でしょー。少納言さんに教えてもらったの♪お寺のスイーツってヘルシーだしなかなかイケルのよね」
「少納言さんて、例の若紫ちゃんの乳母さん?」
「そうそう。大変だったらしいわよーヒカル王子。あんなちっちゃい子相手に、断っても断っても諦めなくて、皆ドン引きしてたって」
「知ってる、有名よねその話。それこそ物の怪でも憑いたのか?! てくらいなりふり構わずだったってね。王子らしくないわ」
「そうなのよ! 現代なら不審者情報事案決定よね! そんでね、それまでストーカーか!?てくらいシツコクしてた王子がさ、ある時いきなりパタっとトーンダウンしたわけよ」
「ふんふん」
「それがちょうど、四月に藤壺の宮がお宿下がりした、そのタイミングなわけ」
「なるほど」
「まあ、転地療養中の北山であれだけ若紫ちゃんに執着してたのは、吊橋効果っていうかー、スキー場でのインストラクターがモテるようなもんっていうかー、要するに非日常空間で珍しいものみて一時的に熱あげちゃったってやつだったのかもしれないけど」
「それにしても、急すぎ?」
「京都に帰ってきてからもしばらくは情熱的なお手紙出してたみたいだしね。なんか不自然なのよ。…ねえ右近ちゃん、ニヤニヤしてないで早く話してよー! わかってんのよ、右近ちゃんて藤壺宮さまの腹心の女房・王命婦(おうのみょうぶ)さんとマブダチなんでしょ?」
「マブダチ(笑)古っ、侍従ちゃん年がわかるわよ? まあいいわ、話しましょ」
……
若紫の巻は、その名の通り、ヒカルと若紫の少女との出会いがメインである。だがもうひとつ、重大なエピソードが存在する。ヒカルと藤壺の宮の密通である。
ヒカルの、藤壺宮への思いは今に始まったことではなく、昔からの憧れの存在であった。折々に思慕をつのらせていく中、都を離れた療養先での、面差しの似た少女との出会い。隠し抑えつけていた思いがここではっきり形になる。手の届かない藤壺宮の代わりにせめてこの少女を、と望むがうまくいかない。都に帰ったものの、正妻は自分に無関心で冷たい。ヒカルの思いは落とし所を見つけられず、ついに暴走したのだ。
……
「なるほどねー。やっぱり王命婦さんが手引きしたんだ。そうじゃなきゃ絶対無理だもんね」
「一応彼女の名誉のため言っとくけど、相当何回も断ったみたいよ。だけどさー、あのキラキライケメンでしょ。おまけに老若男女問わずの人タラシだしさ…死ぬの生きるの言われて、根負けしちゃったみたい」
「あーわかるー。私だったら秒殺かも」
「ぶっちゃけ、藤壺の宮さま自身も恋してたのよね。少年の頃から自分に熱い視線を送ってくるヒカルのことを。何しろお歌がこれだもんね」

こうして目の前に見ていても、また逢う夜はいつになることか……夢のようです
我と我が身を、その夢のうちに紛らわせて消えてしまいたい

世の語り草になるでしょう、この上なく辛い我が身を
覚めることのない夢と成しても

「あああああもう! お歌だけで倒れそう! 情熱的よねー(うっとり)これをあの美男美女の二人がとりかわしたかと思うともう絵面が良すぎてヤバいわ」
「結局相思相愛なのよね。一回きりの過ちってわけでもないし、現に子供出来るくらいの宿縁があったってことだし」
許されない愛かあ……憧れるわね右近ちゃん」
「そうねー。私たちみたいな外野は気楽なもんだけど、王命婦さんは大変よ。まさか帝以外の胤でご懐妊だなんて予想外だったから、辻褄合わせに神経すり減らしてさ。帝があっさり『物の怪のせい』ってことで納得してくれたおかげで、周りも一安心って感じよ」
「……帝は、ご存知ないんでしょ? え、まさか」
「だから、壁はないのよ。仕切りだけなのよ? 人の口に戸は立てられないっていうけど、その戸すらほとんどない時代だから。わかんないわけないよ、いくら世間を知らない帝でも。お子様初めてってわけでもないんだし」
「うわあ……」
「ま、歴史的にみてもよくある話だしね、帝の寵姫を家臣が寝とるっていうのは。その家臣が息子ってのはちょっとキツイ状況だけど、いつも見てて、気づかないはずはない。我が息子の、藤壺宮への熱い視線を」
「おぉふ……」
「今、帝が藤壺に通いつめてるのも、やたらとヒカル王子を内裏に呼びつけるのも、
お前らこれで終わりにしろよ
って警告だとも解釈できるわけ」
「こ、怖い…ね」
「まして当の宮さまと王命婦さんはガクブルよ。だからもう手引はしないし、お手紙の返事も一切渡さないようにしたみたい」
「……あ! そのせいか!」
「何?」
「つい最近、少納言さんから聞いたんだけど、ヒカル王子からのお手紙が復活したらしい」
「そうなんだ。わっかりやすいわねー王子」
「なんかさ、話聞いてて思ったけど……もしかして王子、三月の時点で若紫ちゃんを手に入れていれば、藤壺の宮さまに対して突っ走ることはなかったんじゃないの?」
「うーん、そうかもしれないけど……ただいくらなんでもまだガキンチョだから、結局すぐには満足できなくて、おんなじことになったんじゃないかなあ。まあ、タイミングがたまたま良すぎたというか、悪かったというのか……」
「とりあえず、今後はまた若紫ちゃんに矛先が向くわけね」
「少納言さんも大変ね……そうだ、今度女子会しない? 王命婦さんも誘って」
「王命婦さんに少納言さんに右近ちゃんに私? 濃ゆいわー(笑)」
「いいじゃん♪ やろうよ侍従ちゃん」
「うんうん♪ 楽しみね、右近ちゃん♪」

<若紫 八につづく>
参考HP「源氏物語の世界」 

2016年1月17日日曜日

若紫 六

京の都に帰り着いたヒカルはまず内裏に参上し、近況など申し上げた。
父帝は「えらくやつれてしまったね」と心配顔だ。
ヒカルは、北山の聖がいかに尊い様だったかを、問われるまま詳細に説明する。
帝は、
「本来なら、阿闍梨など地位のある僧にも成るべき人なのだろうな。それだけ修行の功労を積んでいるのに、朝廷には知らされないままだったとは」
と感心しきりである。これであの聖も、何かと引き立てて貰えるかもしれない。加えて世話になった寺の評判もますます上がるというものだ。なんだかんだで、ヒカルも貴族として仕事してるのであった。

そのとき。
光の君!
ちょうど同じタイミングで参内していた、舅の左大臣にばったり会ってしまった。、
いやぁお久しぶりですな! 
私もお迎えに伺おうと思っていましたんですが、お忍び歩きとのこと、邪魔をしてはとご遠慮申し上げておりましたんですよ。
まあ、仕事は程々にして一日二日のんびりお休みください」
言いながらも
「あとで、ウチまでお送りしますからねっ!!
と、釘を刺された。
気楽な自宅に戻るつもりだったヒカルだが、これはさすがに逃げられない。
しぶしぶながらも左大臣邸に連れて行かれるしかなかった。

舅はヒカルを先に車に乗せ、自分はさっと端に寄ってかしこまっている。良い場所をヒカルに譲った形だ。
自慢の娘の、これまた自慢の婿であるヒカルを大事にする気持ちはわかるしありがたくはあるが、その激ラブっぷりは少々、重い
左大臣邸でも、ヒカル様が久々のお越し! ということで気合入れまくり、しばらく見ないうちにあちこち玉のように磨きたて、用意万端整えてあった。こういう感じもまた、いろいろと辛い。

なのに正妻の葵の上、いつものごとく物陰に隠れたまま出てこない。
実父の左大臣が強く言い聞かせてやっとのことで姿を現すが、美しい妻はまるで絵に描かれた姫君のように、じっと座ったまま身じろぎもせず、ただ行儀よくそこに居るだけだ。
思うさま心の内を語ったり、北山ごもりの話をしようにも、何の反応も期待できないのでは甲斐もなく、愛情がわくはずもない。
いまだにまったく打ち解けることなく、よそよそしい気詰まりな相手としか扱われないヒカルは、年数とともに距離が遠ざかるばかりのこの状況に堪えられず、思わず

「たまには、フツーの奥さんらしい態度見せたらどうです?
今回のように私が病でひどく苦しんでいても、お加減どうですかとも仰ってこないのって、今に始まった話じゃないけど、さすがにあんまりじゃないですか?

と言ってしまった。
姫は長い沈黙のあとやっと

「何も尋ねないのは、辛いことなのですか?」

と、遠い目をしながら答えた。こちらを見上げて来たその顔は、美女を見慣れたヒカルすら気後れしそうなほど気高く美しい。
やばいやっぱ超キレイだなこの子ーと思いつつ

「やっと何か仰ったかと思えば……ガッカリですね。尋ねない→訪ねない、という言葉は他人同士が使うものでしょ。凹むなあそういうの。あなたのその、世間体の悪いご対応を、まあそのうち思い直される時が来るだろうと、アレコレ試してきましたが、ますます嫌われてしまったようだ。別に私の命がどうなろうと、どうでもいいんですよねあなたは」

と言い捨てて寝所に入った。
葵の上が入ってくる様子はない。ヒカルも今更一緒に寝よう♪などと誘いづらく、溜息まじりに寝転がっていたがどうにも面白く無い。仕方なく眠いふりをしながら渋々と妻を呼び相手をする。
かくの如くこの夫婦、問題アリアリなのだった。

そんなこんなでヒカルはなおさら、山で見たあの少女のことが気にかかって仕方がない。別れたときよりまた大きくなったろうなーと。
「そうだ、あの若草ちゃんは日々成長する、そういう年頃なんだ。似合わないと言われたのも道理だな。難しいなー普通の女のように言い寄るというわけにはいかないし……何とか算段をつけて、ただ気楽に引き取って、明け暮れ楽しく見て癒やされたい……。
しかし、あの子の父の兵部卿宮はとても品が良いし物腰も優雅だけど、特に見た目がいいってことはないんだよなあ。あの子だけ、なんであの一族に似てるんだろう? 祖母が同じ后だから、隔世遺伝なんだろうか」
縁の深さをしみじみ実感し、どうにかうまくいく方法はないかと必死で考えるヒカル。

翌日、懲りずにまた尼君と僧都にお手紙を出したものの、軽くあしらわれたので悔しくなったヒカル、ついに最終兵器・惟光を投入!
惟光は早速女の子の乳母・少納言との面会をとりつけ、ヒカルの思いを立板に水と語るも、言えば言うほど周囲は困惑(当然)。

「手習いさえおぼつかない幼児ですので……」
とやんわり断った尼君に
「その手習いの、書き散らしたやつでいいから! ください!」
と迫るに至っては、もうどうみてもHENTAIです本当にありがとうございました状態
さすがの惟光も呆れかえって
「ヒカル王子、まだご病気が治ってらっしゃらないんですよ……そのまましばらく左大臣様のお屋敷でみていただいて、よーくお休みになってください。尼君へのお手紙は、すっかり良くなってから、ご自宅に帰ってからのほうがいいんじゃないでしょうかね……」
と主人を諭す。
ヒカルは
「それもそうだね! 待ち遠しいなあ!」
とあくまで能天気なのであった。

参考HP「源氏物語の世界」 
<若紫 七につづく>

2016年1月16日土曜日

若紫 五

明けゆく空はあらかた霞み、山鳥どもがそこかしこと囀り合っている。
名も知らぬ草木の花ばなも色とりどりに散りまじり、錦を敷いたような中、鹿がそぞろ歩く。
都育ちのヒカルには、山の風景の何もかもが新鮮で珍しく、飽かず眺めているうち、塞いだ気持ちもすっきり晴れていく。

聖(念仏僧)は、身動きこそ不自由だが、ヒカルのためにとどうにか護身の法をおこなってみせる。陀羅尼経をよむ枯れた声が歯の隙間からしゅうしゅうと漏れ聞きとりづらいが、これもまたいかにも年季の入った尊い感じがして悪くない。
ヒカルを見送る人々が、口ぐちに回復を祝う。内裏の父帝からもお見舞いを賜った。
僧都は、見慣れない珍しい果物をこれでもかと谷底から採ってきて、振る舞ってくれる。
「今年中の誓いが深うございまして、あまり遠くまでお見送りすることはかないません……なかなか思うようにはならないものですなあ」
などと残念そうに酒を注ぐ。

「山水の風景に心惹かれてまだまだ帰りたくないのですが、帝からもったいないお見舞いもいただいてしまいましたので……今咲いているこの花の盛りが過ぎないうちに、また伺いますよ。

都に帰ったら宮の人々に言って聞かせましょう、この山桜の美しさを
風に吹き散らされる前に見に来るべきだと

ヒカル王子の立ち居振る舞い、声音、すべてが眩しい僧都は思わず

三千年に一度咲くという優曇華(うどんげ)の花を待って待って
ついに出会えたような心持ちです
ありふれた深山の桜など目にもとまりませんよ

と口走る。ヒカルは微笑んで
「その時節に一度だけ開く花に出会うことこそ、難しいものでしょうに」
と言い返す。(意味深)

聖は盃をおしいただき
山奥の松の扉をひさかたぶりに開けてみたら
この世でお目にかかったことのない、花の顔(かんばせ)を拝見いたしました
とむせび泣きつつ光君の顔をしげしげと見つめ、御守護にと独孤を渡す。

僧都も負けじと、聖徳太子が百済より手に入れたという(ほんまかいな)玉飾りのついた金剛子の数珠を、唐風の箱ごと透かし編みの袋に入れ五葉の松の枝につけたもの・紺瑠璃の壷に種々の薬を入れ藤や桜などに付けたもの・その他ご当地ものの贈り物など、さまざまに取り揃えて王子に奉る。
ヒカル王子の方もお返しは万全、聖をはじめ読経してくれた法師たちへのお布施にと、あらかじめ家来たちにいろいろと用意させていた。京の都から大量にお取り寄せした土産ものを、その辺りの木こりに至るまで大盤振る舞いし、誦経なども行った。

僧都は、屋敷内の尼君にヒカルの言葉を改めて伝えたものの

「ともかくも今は、何を仰られようとどうにもできません。本当にお気持ちがあるとしても、これから四、五年を過ごしてのちならば、です」

と、同じことを繰り返すだけで、まったく取り付く島もない。
かろうじてお手紙ばかりは、僧都のお付きの子供づてにやり取りされた。

昨日の夕暮れ、ほのかに美しい花を見ましたので
今朝は霞のように立ち去りがたい気がしています

尼君からの返しは
ほんとうに花の辺りを立ち去りたくないと思ってらっしゃるのかしら?
霞んだ空の色はこちらからは見えませんわ」

と、知性と気品あふれる筆致で、さらりとだが毅然とつっぱねる。

さていよいよ出立、とヒカルが用意してあった車に乗ろうとすると、
「まったく、どちらへ行かれるとも仰らないでお出かけになられたりして……」
と、左大臣家からのお迎えの家来やその子息たちがわらわら集まって来た。
頭中将、左中弁、その他の子息は寄ってたかって
「このような小旅行には、ぜひお伴いたしたく常々思っていますのに、あんまりじゃないですかー!置いてきぼりなんて」
と恨み言の嵐。ヒカルは涼しい顔で
「すっごくキレイな花の蔭に、しばし佇む間もなく引き帰しちゃったのはホント、物足りない感じだよ」
と返す。(意味深その2)

岩蔭に生えた苔の上に皆で並び座り、酒を酌み交わす。落ち来る水のさまが風情を誘う滝のほとりである。
頭中将は懐手にした笛を取り出し、吹き澄ましている。弁の君は、扇をかすかに打ち鳴らし、「豊浦の寺の、西なるや」と謡う。
いづれ劣らぬ優れた公達ではあるが、悩ましげに岩に寄りかかっているヒカルの君の姿は他とはステージが違うともいうべき類まれなる美形、他に目移りするはずもない。
いつものように笛や篳篥を吹くお付きまで現れ、もはやライブの趣だ。

悟り澄ました年寄りばかりの静かな山に、元気盛りの若者が大勢集い、即興の野外ライブはいやがうえにも盛り上がる。ついには僧都まで、自ら七絃琴を手に
「光の君、ひとつ弾いてくださいませんか? どうせなら、山鳥も人と同じように驚かせてやりましょうよ」
と熱心に頼んできた。ヒカルは
「病み上がりなもので、自信がないですが……そこまで仰るなら」
などと言いつつ、満更でもない様子。ひとときかき鳴らすと、それを切りにようやく一行は出発した。

一気にしんとした山中、名残惜しい寂しいと、下々の法師や子供たちまでが涙を流す。まして屋敷の内では、年老いた尼君たちが今まで見たこともないヒカルの美男っぷりに「この世の者とも思えない」と言い合った。

「本当に、一体どういう縁で、あのようなお美しい姿を以て、この日の本の、むさ苦しい末法の世にお生まれになったのかと思うと……まことにもったいなくもありがたいこと」

と目を押し拭う。
かの姫君は、幼いながらも「王子様カッコイイですー」とご覧になり
「父宮さまよりずーっとイケメンさんですー」などと言っている。
それならばあの方のお子様になっては?
と言われると、「それいいかもですー」とうんうん頷いている。お人形遊びの時にも、絵を描くときにも、「源氏の君」を作っては、きれいな衣装を着せ、かいがいしくお世話をするのでした。

参考HP「源氏物語の世界」 
<若紫 六につづく>

2016年1月15日金曜日

若紫 四(オフィスにて♪閑話休題)

「ねえねえ右近ちゃん」 
「なあに侍従ちゃん」 
「最近、ヒカル王子見ないんだけど」 
「昨日帰ってきたみたいよ。山奥に引っ込んで静養してたって」 
「あ、もう帰ってるんだ。じゃあこれからはまたお姿が見られるのね♪うふふ」 
「侍従ちゃん、あれだけいろいろあっても、まだファンなわけね」 
「だあって、やっぱカッコイイじゃーん? つきあえるわけはなくてもさ。イケメンは見て楽しい、眼福ってやつー?」 
「なんかオヤジ臭いわねえ(笑)わからなくもないけど。でもまた何かあるらしいわよ、王子」 
「あー知ってる知ってる。静養先でどっかの娘さんを見初めたって話でしょ?」 
「もう噂になってるわけ。早いわね~、さすが侍従ちゃん。でもね、娘さんっていうか、ガキんちょらしいよ。十歳くらいの」 
「エー! ありえなーい! ロリコンじゃん! ホント守備範囲広いわね……」 
「さすがに周りに止められたらしいけどね」 
「そうよねー現代だったら完全に犯罪だし、さすがの早婚な平安時代だってちょっとね。だって多分、その子……月のものなんてまだ、なわけでしょ?」 
「よっぽど発育のいい子なら別だけど、ま、9割がたないでしょうね」 
「入内するんだって最低限ソレが始まらないと、ダメだもんね。子ども作れないし。大体13歳から14歳ってところなのかしらん」 
「平安の女性の平均寿命、40歳後半くらいだしねえ。出産も命がけだし。若いうちにさっさと妊娠してさっさと出産しちゃったほうがリスクは少ないわよね」 
「でもいくらなんでもあけっぴろげに『月のもの来ましたー♪』ってお赤飯たくってわけにもいかないし」 
「男の場合は元服、女は裳着、よね。もう嫁入りオッケーですよーっていう親の意思表示」 
「この腰紐を解いてくれる人募集中♪ってことでしょ、右近ちゃんうふふ」 
「ヤダー侍従ちゃんたらあからさまー♪うふふ」 

……しばしお仕事に熱中してお喋り中断…… 

「話がズレたわねー、右近ちゃん」 
「何が? 侍従ちゃん」 
「ぶっちゃけヒカル王子は、どういうつもりなわけ? そんなお子ちゃまなんか引き取って」 
「いずれは妻にするってんでしょ、当然」 
「だって正妻さんいるじゃん。そっちはどーすんの。それにあの、ちょっとコワイ六条のおん方さまってのもいるし。ちっちゃいうちはいいけどさ」 
「さあねー。何も考えてないんじゃない? ペット飼うような感覚じゃないの? 何しろお金はあるし家は広いし」 
「はー、おばあさまの尼君が反対するわけだ、そんなんじゃ。アタシならいつでもオッケーなのになあ♪ あんなイケメンがお父様になるなんて、そんでゆくゆくは旦那になるなんて、夢のようだわ」 
「って侍従ちゃん……アナタ王子より年上でしょ」 
「ヤダー右近ちゃん、それは言わない約束よっ♪」 

などとさまざまな憶測を呼ぶヒカルの行動は、十代前半で結婚していた平安時代の事情を鑑みてもなお

ぶっちゃけ異常である。尼君がドン引きするのも道理なのだ。
三の最後では、坊さまにまでやんわり
「珍しい場所で珍しいもの見て舞い上がってるだけでしょ?いつも見てるこちらからしたらなんてことないただの子供ですよ。落ち着いてね」
とたしなめられちゃってるあたり、そうとう痛い感じでもある。
 
だがヒカル本人はいたって真面目なつもりなのだ。母の顔を知らず、育てられた祖母も早くに亡くし、寂しかった自分の生い立ちに見知らぬ少女の境遇を重ねあわせ、深く同情を寄せている、その心はたしかに真実なのだろう。

だが、完全なる「父親」「保護者」となろうという気持ちでは絶対にない。
その辺り周囲にもミエミエなので、誰もヒカルに賛同しないのだ。特に祖母である尼君は。

見た目には、超のつくリア充男であるにもかかわらず、実はヒカルとうまくいっている女性は誰一人としていない。
正妻の葵の上しかり、六条の御息所しかり。空蝉には逃げられ、唯一心を許しつきあえるかと思った夕顔は死んでしまった。最愛の女性ははなから許されない、絶対に結ばれることのない相手。

すべてをリセットして、新たに始めたい

そんな欲求を満たすことができそうな幼い少女。しかも最愛の女性と縁続きで面差しも似ている、となれば……

私見だが、「夕顔」以降、源氏は本格的に「小説」の体を成してくる。噂話のまとめのようだった冒頭から、空蝉・夕顔を経て、人物造形・登場人物の関係性・伏線など、全体としてのバランスや構成・展開の仕方をしっかり考えながら書いているふしがうかがえる。読者サービスとしての情景描写は相変わらず多いが、表現がシンプルになり無駄な部分がかなり減っている。この「若紫」から、俄然面白さに加速がついてくるのだ。
そういった重大な転換期の段として、教科書に取り上げられることになったのかもしれない。

しかし同時に、ヒカルの常軌を逸した病みっぷりも加速していく。いやほんとサイテーですわ(笑)


<若紫その五につづく> 
参考HP「源氏物語の世界」