おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

短編小説:穴が開いた(1)

2010年6月28日  2010年7月3日 
 ある朝、道に穴が開いた。

 偶然通りかかった鍛冶屋が慌てて急ブレーキをかけると、車の右半分は何もない空間を2秒ほど走り、穴の縁にぶつかって止まった。外れかけたバンパーが引っかかったおかげでかろうじて落ちずに済んだ車はぎいぎいと不吉な音を立てて揺れた。鍛冶屋の親父は命からがら車から逃げ出し、駆けつけた村長になんとかしてくれ、商売道具がなくなったら得意先に切られちまうと泣きついた。牽引車が彼の車を助け上げる間に、村じゅうの人間が穴の周りに集まった。

 穴は、集まった村人全員がすっぽり入ってしまうほど大きかった。中は真っ暗で何も見えない。興味津々で覗き込む子どもをしっかり抱え、母親たちは身震いをした。バンパーを針金でぐるぐる巻きにしてその場を去ろうとする鍛冶屋を皆が引き止め質問責めにした。が、いつもとかわりなかった、何の前触れもなかった、いきなり真っ黒な穴がそこに出現したのだと繰り返すばかりだった。男たちは首を傾げながら丹念に周囲を見てまわったが、誰にも穴の開いた原因はわからなかった。

 村で一番新しく、幅の広いこの道路をつくったのは、隣町の土建屋だった。欠陥工事ではないかと詰め寄られた村長は首を横に振った。自分は工事を、計画段階から開通するまでの数年間、漏らさずチェックした。こんな大きな、深い穴を道路の下に掘られていたら気づかないはずはない。あり得ない、村長は断言した。

 誰かが、穴から水の音が聞こえると言い出したので、全員が黙って耳を傾けた。本当だ、微かだがそれらしき音が確かに聞こえるという者、いや全然聞こえないという者、村外れにある川の流れの音と混同しているかもしれないという者もいて、結論は出なかった。

 誰かが、穴から風が吹いてきたと言い出した。皆穴に手をかざした。本当だ風が吹いている、と確信を持って言う者と、いや全然吹いていないと否定する者とで論争になり、どちらも譲らなかったのでつかみ合いの喧嘩になった。仲裁に入った村で唯一人の教師は、穴からの風かどうか、今の時点ではしかと判断は出来かねる、様子を見ようと言って議論の熱を冷ました。

 ともあれ、道路の幅一杯に開いた穴をこのままにしておくわけにはいかない。その日のうちに、荷台一杯に土砂を山積みにした土建屋のトラックが三台やってきて、一斉に土砂を投げ込み始めた。だが一向に穴はふさがらない。五十往復を数えたところで、作業人が音を上げ、村人が代わった。百を超えたところで村長も諦めた。

 穴には、蓋がかぶせられた。鍛冶屋が二週間他の仕事を断って作った鉄製の巨大な蓋だった。全部のボルトを締め終わったあと、誰が最初にその上を通ってみるかで揉めたが、独り者の年老いた大工が名乗りを上げた。牛と羊を一頭ずつ荷台に載せたオンボロのライトバンが、悠々と蓋の上を通り抜けた際には、一斉に拍手喝采が上がった。

 それ以来しばらくは、寄ると触ると村人の間で話題になったが、ボルトが道の脇で伸びる草の葉に隠れた頃には、次の収穫の話に取ってかわられた。
2に続く
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コメント

  1. いいですねえ。
    こういう淡々とした描写の中に
    この後なにが起こるんだろうっていう空恐ろしさ・・・。
    ぜったい何か不吉なことが起こりますよね!
    そうでしょ?
    こういう淡々ってのが怖いんだよなあ。
    ああ、どうしようどうしよう。
    続きを読むべきか?!
    ぜったいヤバイよ。
    わかりますもん。
    穴でしょ?
    穴!

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  2. ヴァッキーさん
    早!いらさいませー♪
    そう穴なのよ穴!
    あまり期待されても困るけど穴よ穴~♪

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  3. 馬鹿虎ステーションに書込みいただいていたのに、ステーションの役割がひとまず済んだので完全に放置しておりました!
    お恥ずかしい!
    ヴァッキーノさんの競作の誘いもあって、こちらにまいりました。

    さてさて、この穴、いったい何でしょうネェ?
    僕は「穴」といえば、すぐ星新一の「お~い出てこい」というショートショートを思い出すんです。
    そしてそれにとらわれそうになっちゃう。
    おさ子さんの穴はどんなのなんだろうなぁ??

    鍛冶屋・・・僕は何だか昔話から現れたような、すっごい伝統を感じる職業ですネェ。今は家を建てるのも、どっかで正確に作られた柱を運び込んで、それを大工さんがプラモデルみたいに組み立てるじゃないですか。それでついつい鍛冶屋さんやその仕事のほうに興味をもってしまいましたぁ!

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  4. 矢菱虎菱さん
    いらさいませー♪
    いえいえこちらこそ、ロクに参加できず投稿しっぱなしでごめんなさい!

    鍛冶屋、そうなんです♪こう書くだけで、時代背景も何もなくてもなんとなく昔な感じしますよね。
    鉄工所の親父と書いても良かったんですがそれだと近代以降かしらんと・・・。
    今の子は、村の鍛冶屋の歌聞いてもわかんないんだろうなあ。

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  5. 初めまして。
    辺境ブログでちまちまとヘンテコなショートを気まぐれで書いているたろすけ(すけピン)と申します。
    リンク、大歓迎であります。
    今後もよろしくお付き合いくださいませ。

    返信削除
  6. たろすけ(すけピン)さん
    いらっしゃいませー♪
    私もこのところ暑さで溶けてまして、ぶろぐ放置してましたー。
    雨で多少涼しくなった?のでまたぼちぼち書きたいと思います。こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします♪

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  7. これだあ!
    ここからチリへ繋がるんだあ。
    と、つぶやいてみる。

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  8. ヴァッキーさん
    いらさいませー♪
    あはは、今朝のテレビじゃチリの話もけっこう
    補償やなんやかやでドロドロ状態だと
    報じてましたよ。
    なかなかヒーローのままでいることは難しいようです。

    返信削除
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