2016年8月30日火曜日

末摘花 四(オフィスにて♪)

「ねえ……侍従ちゃん?」
「なあに右近ちゃ……じゃないっ、大輔の命婦さんじゃないですか! どーしたんですか?」
「お久しぶりね。お元気そう」
「……な、なんか……痩せました? いや前から細かったけど……えっと」
「やっぱりわかる? やつれてるわよね私。嫌だわ」
 ふふ、と力なく笑う大輔命婦。
「いやでも! むしろさらにエロく…いや色っぽくなられて素敵! 羨ましいですっ!」
「ありがと」
「今日はどんな御用ですか? 右近ちゃんなら今お使いに行ってて、15分もすれば戻ってきますけど」
「ううん、今日はね、侍従ちゃんに御用なの
「え……(ドキ)」
「ちょっといい? 凝ってるわ」
 少し冷たい、なめらかな白い指が侍従のうなじに触れる。
はうあ!……ああああ、何ですかコレ……ぎもぢいい…」
「うふふ、若いからすぐほぐれるわね」
「……(言葉にならない)」
「侍従ちゃん?」
「はい……」
「実はね、ちょっとお願いがあって
 もみもみぎゅー
「なんれすかあ……なんれもききまふよ……ふわわわわ」
「うふふふふ……侍従ちゃんて、ホントに可愛いわ」
………
「で」
 戻って来た右近の隣で、侍従が大きく伸びをする。
「はースッキリ! なにこれすごい、ザ☆大輔命婦スペシャルゴッドハンドパワー半端ないわー」
「引き受けちゃったと」
「うん! まあ、軽いバイトだと思えば!」
「まさか侍従ちゃんが、常陸宮さまとご縁があったとはね。さすがは大輔命婦さん、凄い情報網」
「右近ちゃん、そうなのよ。アタシだって知らなかったもん、あの姫君とアタシが乳姉妹だなんて。ウチの乳母さん、何人も掛け持ちしてたのは知ってるけど、すごいとこに出入りしてたのねえ……そんな伝手があるからって、いきなり中途採用のアタシを姫君の側仕えに突っ込んだ命婦さんも中々だけど」
「案外軽くないかもよ、そのバイト。だって、要するにヒカル王子を手引きするための内部協力要員でしょ」
「あーそれはそうだよ、もちろんわかってるって。仕方ないよ、あの王子が一旦目をつけた女を簡単に諦めるわけない。今までの空蝉さんとか若紫ちゃんとかの話でわかるじゃん」
「命婦さんも相当うるさく責められたみたいね。同情するわ」
「だってさ、その姫君って、全っ然返事しなかったらしいよー。王子もそんなに頻繁にはお文出してないんだけど、フツー何かかんか返すじゃん? 紙に書かなくても使いの人に言付けるとかさあ。いくら引っ込み思案つったってさすがに失礼だし、世間知らずにも程があるってもんよ」
受け取りっぱなしーの完全無視かあ。それは王子、ムカついたろうね。そんなことされたことないもんね」
「大輔命婦さんに泣きついてきたらしいよ、こうなりゃ意地だ、どうにかしてえって。命婦さんもここに至ってウザいの通り越して、逆にあの姫君にとってはチャンスなんじゃない? て思い直したんだって。ほら、すっごいボロ屋じゃんあそこ。そもそも、父宮さまが存命の頃だって、古臭ーい雰囲気に誰も寄りつかなかったくらいだから、今なんてなおさらよ。雑草ボウボウでどこが入口なのかもわかんないし!」
「そんなところにあのキラキラ王子が目をつけたってこと自体、奇跡みたいなもんだわね」
「そうそう。女房さんたちはそりゃもう大騒ぎよ。何としてもこのご縁はゲットしなきゃ! て感じで」
「なるほどね。ただ、大輔の命婦さんはもうちょっとクールに状況を見てる気がする。
ヒカル王子の、ヤダヤダヤダこのおもちゃ絶対買ってーママー! 状態を解消したい!
→あの姫君に『適当に気の利いたこと言ってあしらう』てことは期待できない
→とすると物越しでも何でもいいから二人を会わせるしかない
→会って話して、お気に召せばおk、身分も釣り合うし大人同士だし無問題!
→お気に召さない場合でも、ヒカル王子ならうまいこと取り繕って何とか角立たないよう終わらせてくれるでしょ!
よってどっちに転んでも、命婦さんはうるさく責められる状態からは解放される。むしろ姫君側からは感謝される立場に」
「命婦さん、姫君が万一にでも傷つかないようにってすごい心配してたよ。優しい人だよねー」
「侍従ちゃん……あなたまさにそのために投入されたのよ。箱入りで純朴な姫君がとんでもない受け答えして王子がドン引きしないように、内側からフォローする役まわり」
「えっヤバい! 超重要な役じゃん! 嬉しい、命婦さんにそれだけ買ってもらえたなんて(ポッ)!」
「侍従ちゃん完全にセンノーされちゃって……大輔の命婦さん、ナイス人心操作」
「いいのアタシ! 命婦さんのためならなんだってやってやるわあ!」
「利用できるものはとことん利用しつくす、しかも本人自らすすんで動くよう巧妙に立ち回る……それが大輔の命婦という女……恐ろしい子……!」
「お仕事うまくいったら、また肩揉んでもらうんだあ♪たーのしみー」
「ダメだこりゃ(笑)」

ちゃんちゃん、
というわけで閑話休題です。
「右近ちゃん」の名を夕顔のおつきの女房から取ったのと同じく、「侍従ちゃん」もまたこの末摘花の段から取っています……ということを途中まできれいさっぱり忘れておりまして……(年だなマジで……)。仕方ないので、「魔性の女・大輔命婦が侍従を常陸宮にねじこんだ」という設定を無理くりつけて、このあと「末摘花」の残りを侍従ちゃんの一人称でお送りしたいと思います。適当ですみません。

>>「末摘花 五」につづく
参考HP「源氏物語の世界

2016年8月23日火曜日

8月に読んだ本 2

「鬼談百景」小野不由美

「残穢」とセットで読むとちょうど百話となる、現代の怪談。新耳袋を全巻揃えている私としては、内容的には割とお馴染みであったが、「物語」というものが字面のとおり「語る」ものだということを改めて実感。
小野さんの文章には、書き手自身の感情をうかがわせるような言い方はほとんどない。かといって無味乾燥ではなく、余計なものをそぎ取ったシンプルな語り口が、かえって心に響いてくる。この本のような、短くまとまった話の集まりでは、その効果が一段と効いてくる。漫談より怪談の方が、人の心を癒すというが、整然としたつくりの中にあるからこそ感じ取れるわずかな綻びというか、尖ったささくれのようなものは、思っている以上に有用な刺激となるのかもしれない。
こちらも「残穢」と同じく映画になるらしいが、できれば二本立てにしてもらえると助かる(笑)色々と怖すぎるか? でも、けっこう人入るんじゃないかなあ。私なら行く。

「はなとゆめ」冲方丁

平安の女流文学トップ2の一人、清少納言についての物語って…橋本治さんの桃尻語訳枕草子くらいしか読んだことない。(それにしてもすごいタイトルだ、今考えると)教科書にも載ってる「枕草子」にしても、正直、自慢話と愚痴が多いなー、しかし日本で初めてコラム書いた・しかも女性ってことで評価高いのかなーなどと思っていた。
冲方さんの描く清少納言は、頭がよく機転も利くが、決して自信満々のシャキシャキキャリアウーマンといった風ではなく、恥ずかしがりやで、褒められると素直に喜んで舞い上がる、打たれ弱くてすぐ凹む、ごく普通の女性だった。ただ一途に中宮定子を慕い、不遇な状況になってもなお献身的に仕えるあたり、尋常でない芯の強さがうかがえる。
紫式部の日記には、清少納言に対する結構なワルクチが書いてあったりするが、二人は同時に並び立っていたわけではない。紫式部が中宮彰子の女房として内裏に入ったのは、清少納言が去ったあとだった。が、野心たっぷりの藤原道長がかつての中宮・定子とその女房たちに追いつき追い越せとばかりに入内させた彰子のもと、選りすぐられた超・優秀な女房たちの一人としてのプレッシャーは半端なかっただろうし、さらに「同じ物書き」として、全然作風もジャンルも違う、おそらく才覚においては格下の清少納言と、常に比較され続けたとしたら、本当にたまったもんじゃなかっただろう。
もう「無い」ものにはマイナスのつけようがなく、それどころか「枕草子」によりどんどん良いイメージがプラスされていくばかりで、後から来た者は永遠に追いつけない。道長に追い落とされた側である清少納言が、こうなることを読んで「いかに中宮定子とその女房達が綾なす世界が素晴らしかったか」ばかりを書いてたのだとしたら、相当のイケズだ。才女・紫式部が「あの女…大したタマよね」と思わず吐き捨てる程イラっときたのも、わからんでもない。
それにしてもここまで女の機微がわかる冲方さん、何でやらかしちゃったし…と残念でならない。物書きは性格がよかろうが悪かろうが、道徳的だろうがそうでなかろうが、作品が面白ければ読む側としては気にしないので、早く戻ってきてどんどん書いてほしい! お待ちしております。

2016年8月22日月曜日

末摘花 三

 ヒカル王子も頭中将も、その晩約束していた女がいたが、それぞれ分かれ行くのはさすがにお互い気恥ずかしくて出来ず、一つ車に乗り、雲隠れした月の下、風情たっぷりな道中を、笛を吹き合わせながら大殿邸(頭中将の実家=ヒカル正妻の家)へと向かう。
 先払いもせずこっそり邸内に入り、人目につかない渡殿に直衣など持ってこさせて着替えた。何食わぬ顔で今来た風を装い、笛など吹きすさんでいるのを、舅の左大臣が聞き逃すはずもなく、高麗笛を持ち出しヒカルに手渡す。こちらの笛も器用に、だがしっとりと吹いてみせる。琴も取り寄せ、御簾の内の、楽器に堪能な女房たちに弾かせる。
 中務の君という女房は、優れた琵琶の弾き手であったが、頭中将から、ごくまれにしか来ないヒカルの方に乗り換えてよろしくやっていたので、大奥様のお覚えがめでたくない。この宴に浮かれるわけにもいかず、いたたまれない心持ちで、ぼんやり物に寄り伏している。かといってまったく目に入らない場所に離れてしまうのも寂しいし…などと思い乱れていた。

 いっぽう若者二人は、先ほどの琴の音を思い浮かべて、あのみすぼらしい様子の邸宅さえ一周回って逆にいい感じじゃなーい? などと妄想に走る。
「もしもああいう場所に、美人で可憐な女子がひとり寂しく年月を重ねていたとして…その子に惚れちゃったりして…のめりこんだりしちゃったら…うーん、世間が黙ってないだろうし、体裁は悪いだろうなあ」 頭中将の妄想は止まらない。「あんなところ」に通っているヒカル王子、「絶対ただじゃ済まないな」などと面白半分な心配を巡らせるのだった。

 その後、ヒカルはもちろんのこと頭中将も文を送ったものの、返事がない。二人とも、いつもと勝手が違うぞ???と困惑しきりだ。
「ちょっとー、酷くね? あんな清貧っていうか地味ーな生活をしているような人なら、ちょっとした草木や空模様につけても何か面白味っていうか、風情を見出すもんじゃないの? それでご本人の心ばえっていうかさ、魅力? あっこんな可愛いとこあるんだーなんてことが自然と垣間見えるってもんでしょうに。重々しいご身分ていったって、ここまでシャットアウトされちゃうと興ざめっていうか…なんだかなって感じだよねー」
と、頭中将はヒカル以上にやきもきしていた。いつもの如く馴れ馴れしく
「ヒカル王子、例のところからはなんか言ってきた? 私も試しに文出してみたんだけどさ、なーんか…尻すぼみって感じで」
と残念がる。
(ほうほう、やっぱり送ってたんだな)
とヒカルほくそ笑んで、
「さあね…しいて見たいとも思わないけど、たぶんウチにも来てんじゃないかな」
と興味なさげに答えてみせる。
「なんだよーはぐらかしちゃって!」
と悔しがる頭中将。
 ヒカルとしても、たいして深くも思っていないとはいえ、ここまで徹底無視・スルーされるのはさすがに良い気はしないし、頭中将が熱心に言い寄っている風なのをみて
(女ってマメに言葉をかけてくれるほうに靡くよね。後から来た中将にかっさらわれるなんてことになったら面白くないな)
と心配にもなり、大輔の命婦に相談することにした。

「いつまでもはっきりしない、余所余所しい対応でほんと辛いんだけどどうにかなんないの? どうせチャラい気持ちだとお疑いなんだよね? いくら何でも、そんなソッコーで心変わりするわけないよ。あの方が心を閉じてるおかげで、お文のやりとりすらままならないし、そのうち周りから見たらこっちに何か悪いとこがあるんじゃね? てことになりかねない。家族のごたごたとかがない、なんの気兼ねもなく暮らす人はふつうもっとおおらかなもんだと思うんだけど
と文句タラタラの王子に、命婦、
「だからー、王子の仰るような趣あるお立ち寄り所とはいえませんよ、ふさわしくも思えないって最初から申し上げてましてよ? ホントのホントに、超がつくシャイな方で、世にも珍しいくらいのひきこもり体質なんですから、致し方ありません
と、ストレートに切って捨てる。
「機転が利くとか、何かに才があるとか、そういう人じゃないのかもなあ。まあ、子供っぽくて無邪気なのも可愛いとは思うけど…」
と夕顔の君を思い出しながら呟くヒカルであった。

 それから瘧病みを患って療養に行った北山で若紫を見初めたり、回復後に「秘密の恋愛事件」があったり、それが終わったと思えば若紫奪還計画を立案実行などしたりして、超多忙であったヒカル。しばらくこちらに構う心の余裕もないまま、春と夏が過ぎた。

<末摘花 四につづく>
参考HP「源氏物語の世界」