2016年10月12日水曜日

十月に読んだ本

朝晩めっきり涼しくなりました。読書の秋です。
 
「ドキュメント 太平洋戦争全史 上下」亀井宏
 
ドキュメント、という名にふさわしく、作戦名・戦艦名はもちろんのこと、所属する部隊や役職まで緻密に書きこまれている。どうしても文が長めになるので最初は少し読みづらかったが、これらがきわめて大事な、省略することのできない情報であり、著者のもっともこだわったところだということはすぐに実感できた。
太平洋戦争においては、ミッドウェーの大敗により急速に戦況が悪くなっていった、ということは漠然と理解していたが、それを本書で戦力の損耗量として明示されたことで非常に納得がいった。
 各作戦で何人死んだ、ということはあまり書かれていないのだが、戦力(=乗り物)が次々と失われていく様子がなかなかに胸に来る。乗員はもちろんのこと、それらを作り・運び・メンテナンスしてきた多くの人たちも、比喩ではなく命をかけて仕事にあたっているはずだ。その膨大な時間と労力と費用が一瞬にして無残に破壊される絶望感、想像するに余りある。
戦後がもう遠くなった時代に生まれた私としては、なぜもう少し早くこの戦いをやめられなかったのか? という疑問がいつもある。さまざまな理由が絡み合って、一言ではいえない問題だということだけはわかっているが、本書からは「正しい情報を得られなかった」ということがまず第一かと感じた。戦力が低下していくにつれ、その傾向はますます顕著になっていく。大本営の隠ぺい体質云々以前に、まず現場の人間が、正確に状況を読み取ることができなくなる。レーダーも日本軍は末期までもっていなかったし、急造のパイロットは、操縦に精一杯で敵船団の様子を詳細に観察できず、空母なのか駆逐艦なのか掃海艇なのか、という区別も怪しい。制空権・制海権を大幅に失い、輸送もろくにできなくなってくると、ますますこのような技術的な問題は大きくなり、解決からは遠ざかっていく。正しい情報を得る手段がなく、正しいかどうか判断する材料すら急速に失われる中、待ったなしの現場の動きに引っ張られ、流れに呑まれてしまった、というところか。
戦史もので共通して述べられているのは、戦場で働いた人たちは(兵士でもそうでなくとも)全員、本当によく頑張ったのだ、ということ。このような底力が、自分の中にもあると信じたい。
 

2016年10月7日金曜日

末摘花 五(ひとり語りby侍従)

 八月二十日過ぎのことでございました。中々顔を出さない月のかわりに星の光がさやけく照らす、松の梢を吹く風の音も心細げに響く夜……ぅぷふあっっっ
 し、失礼しました……息が続かないよー何これ超辛くない? 右近ちゃんよくあんな長い語りやったよね……え? 何? やだっマイク入ってんの?!やっば……ん? 素でやれ? そうねーアタシもその方がやりやすいし! りょーかいっ!
 
 でね、その晩。おつきの人と泣ける昔話なんかしつつゴロゴロしてたヒカル王子なんだけど、そこに大輔の命婦さんからの「今ですわ!(はーと)」てお知らせよ。そりゃもういそいそと、でもこっそりと、例の常陸宮の邸へGO! したわけ。
♪ようやく出てきた月の下
 ぼうぼうと、薄気味悪く荒れた籬(まがき:垣根)、
 ぼんやり眺める王子の耳に、
 かすかに聞こえる琴の音♪
 王子の到着ドンピシャに合わせたこのカンペキな演出、さすがは大輔命婦さん。古臭くてボロッボロのお屋敷もなんだか風情あるよに見えてくるから不思議よね。
 耳の肥え過ぎた王子からしちゃ
「うーん、何かカクンカクンしてて乗れない……もう少しキャッチーな感覚がほしいとこだなー」
てなくらいの腕だったみたいだけど、まーいいじゃんねそこは。プロじゃないんだし。
 何しろ辺りに人目というものが皆無な屋敷だから、王子一行は気安くズカズカご入場。物音に大輔の命婦さん、今初めて気づきましたー! みたいな顔で姫君にしれっとこうよ。
「まあ、なんてことでしょう(棒読み)。(うにゃうにゃ)…ってことでヒカル王子がいらしたようですわ。何とか姫さまに繋いでくれという矢の催促を、私の一存では、とずっとお断り申し上げていましたのに。困りましたわね。『この際、直接お話ししたい』とかねがね仰ってはいらしたのですよ。ああ、どうお返事すればよいかしら? 並々ならぬお気持ちでのお出ましでしょうから、あまり無下にも出来ませんわ……如何でしょう、物越しにでもお話を聞いてみるだけ聞いてみては?」
姫君はメチャクチャ恥ずかしがって、
そんな……知らない男の人と、何をどうお話していいのか……」
ずずずずっと奥に引っ込もうとする。命婦さん、
「姫さまは、まるで幼い子供のようにお可愛らしくていらっしゃる」
と、それはそれは優しい、慈愛に満ちた微笑みを浮かべつつ(怖)、
「親御さまがご健在で、何不自由なくお世話をしてくださっているのならば、箱入り娘のままでいらしても致し方ないのですが……このような(社会的にも経済的にも)心細い有様だというのに、世間を知ろうともせず引きこもってばかりいらっしゃるなんて、よろしくありませんわ。大人にならなくては
あくまで丁寧に、真綿より柔い言葉でじわじわと、的確に弱い所を締めてくる。怖いわ~。
 そうそう、しばらくお側仕えしてみてわかったんだけど、この姫さまって、筋金入りのお嬢様育ちってだけじゃなく、元々からして他人に反抗するとか拒否るとか、そういうことできない性格みたいなのね。そりゃ大輔の命婦さんからしたら、赤子の手をひねるようなもんだわ(ぶるる……)。
「答えなくていい、ただ聞いていればいいと仰るなら……格子もしっかり閉めてあるなら、いい、かも……」
と恐る恐る譲歩したのをすかさず、
そうですか! でもさすがに王子を外の簀の子(オープンデッキ)などに座らせるのは失礼にあたりますからね、一応軒下には入っていただきますわ。いえいえ大丈夫ですよ♪ヒカルさまだってそこまで強引でもチャラくもないですから、ええ」
と言い切るや、二つの部屋の端にある障子を手づからがっちり閉め、敷物しいたり調度品置いたり色々サクサク整える。
 姫君はひたすらもじもじもじもじ……滅多にこないお客、しかも男、しかもヒカル王子! リア充女子だってテンパりそうな状況なのに、ましてカレシいない歴=年齢の桐の箱入り娘ちゃん、心得も何もあるわきゃない。完全思考停止状態で、大輔の命婦さんに100%丸投げモードよ。
 そうこうしてるうちに、さあ夜も更けてまいりました♪ 古女房さんたちは部屋の奥に引っ込んでおねむ、だけど若い女子は眠るどころじゃない。何せあの! イケメンヒカル王子がっ! ま・さ・に今、目と鼻の先! ヤバイよね! うんヤバすぎ! いっぽう姫君は、一応一番いいお着物にお着替えして化粧直しもしたものの、どうしていいのかわかんないって感じで、ただただボヤーっと座ってる。
(小声)「大輔の命婦さん?」
「なあに侍従ちゃん?」
「ヒカル王子、メチャクチャ気合入ってません? なんだかキラキラ☆オーラ当社比三倍増しってかんじー」
「そうね。お忍びらしい抑え気味なコーディネートでありながら、かえって顔の華やかさが映える絶妙なバランス……やるわね。さすがは我が乳兄弟」
「それにしても、この部屋やたら暗くないですか? これじゃ姫君の顔も何も」
「見えなくていいものが沢山あるのよね、ここには」
「ああ……(察し)ちょっと、いやかなりボロ……古いですもんね、お部屋も調度品も。まあそれだけ由緒正しいおうちってことですけど」
「フォローありがとね侍従ちゃん」
 薄暗い部屋の奥から、んごごご……と鼾の合唱。古女房さんたちだ(といっても多分三十代~四十代)。
「そうなのよ。古いのよね……何もかも
 命婦さんふっかーく溜息をつく。
「……あのー、言っていいですか」
「なあに?」
「正直、この場所にヒカル王子って……イケメンの無駄遣いっすね
「それは言わない約束よ侍従ちゃん」
「まあでもアレですね。こんだけコミュ障……いやおっとりされていらっさる姫さまなんだから、逆に安心? ていうか、少なくとも変なとこでしゃしゃって失敗、なんてことにはならないですよね絶対」
「それは確かにそうなんだけど……ただ私がこうして手引きしたことで、こんな純朴な姫さまに余計な悩みを負わせちゃったりしたらって思うとね……さすがに胸が痛むわ
と言いつつ、何気に姫君を端近に押し出す命婦さん。抜け目なく姫の衣にたきしめておいた香りがふんわり広がる。
(おお、何かいい感じ。お淑やか通り越してちょっと静かすぎる気もするけど、筋金入りのお嬢様だもん仕方ないよね♪超期待)
王子、俄然やる気アップ。立て板に水と口説き出す。
が。
返事がない。ていうか、無反応
???
 だけどそこは百戦錬磨のヒカル王子、困惑しつつもお歌よむ。
 
 何度あなたの沈黙に負けてきたことでしょう
 ものを言うなとも仰らないことを頼りに
 色々と言ってきましたが、捨てるなら捨てて構いません。
 「どうせ同じことならば思っていないと言い切れないのか、どうして世の中はこう『たすき』のように  人に思いをかけずにいられないものなのか」
 の歌のように、私は苦しい……
 
「(小声)ほらっ侍従ちゃん出番よっ!」
「え、えええ?!ちょ、まって……うーーーーんと……」
 
 鐘をついて論議を終わらせるように
 もう何も仰らないでチーン
 なんてさすがに言えませんわっ!
 
「ん? 随分若い声だな。何かノリ軽すぎだし……まさか姫君? にしちゃ馴れ馴れしすぎんじゃね?」
王子鋭い。
「珍しすぎて、何と言ったらいいのかわかりませんよ。
言わぬは言うに勝る、ともいいますが
かといってずーーーっとだんまりのガン無視はさすがに傷つきますって……」
 
などなど、あくまでさりげなく、だがまっとうにジャブを繰り出してみる王子だけど、
無 反 応。
「何なのこの態度。意味ワカラン。実はほかに男がいるとか、そういうオチ???」
 ついにブチ切れたヒカル王子。すっくと立ちあがり中に押し入ってキター!
大輔の命婦さん、
「あーあ、やっちゃった。こうなると誰も止められないわ……侍従ちゃん、あとよろしくね。じゃ」
「え?!ちょ、待ってくださいよー命婦さん! あわわわ」
 
…… 翌日、オフィスにて ……

「へー、それでどうしたの? 侍従ちゃん」
「どうしたもこうしたも……あ、これ美味しいね右近ちゃん。生姜が効いてて」
「でしょー。今内裏で大流行りの黒糖きなこおこしよん。ま、今朝大輔の命婦さんにいただいたんだけどね。侍従ちゃんにって」
ええーーー? 何ーーー? もう命婦さんったら……一人でお部屋に逃げちゃってー」
「侍従ちゃんは逃げ遅れたわけね」
「そりゃそうよ。まだ屋敷の間取りとかよく覚えてないし、あんな真っ暗にされてたらどこにも動きようがないって。一部始終見ちゃったわよ……聞いたというべきか」
「あらあらあら。それはそれは。で?」
「んーーーー、なんというか……どう説明したらいいんだろ。王子はねー、まあ普通にしてたんだろうと思う。ああこういうふうに口説くのねーって。だけどさ、姫君よ。この期に及んでもまったくの無 反 応 なわけ」
「へえ……だってカレシいない歴=年齢なんでしょ? 必死で逃げるとか泣くとか怒るとか、そういうのもないってこと?」
「そうなのよ! 空蝉さんみたいに全力で抵抗ってわけでもないし、かといって夕顔さんみたいに全力で身を任すってことでもないし……王子最後まで腑に落ちない感じで」
「何だか気の毒ねー。あ、王子がね」
「うん。溜息つきながら夜中にそーっと帰ってた」
「どーすんのかね、この後」
「さあ……」
 
>>「末摘花 六」につづく
参考HP「源氏物語の世界

2016年10月6日木曜日

九月に読んだ本 2

「空棺の烏」阿部智里
 
「八咫烏」シリーズ第四弾。作者、凄い勢いで書いてる、そして凄い勢いで進化している。今回はいわゆる訓練学校(寄宿制)での、少年たちの成長物語・・・なので、登場人物の九割が男。先輩後輩の序列が明確で、政治的な派閥も絡み、思惑や陰謀が渦巻く寮生活。ホグワーツのクィディッチ試合を思わせる立ち回り、インディ・ジョーンズばりの冒険活劇。これはもう、きっと作者の趣味・嗜好炸裂の作品とみた。雪哉のみならず、一人一人の男性キャラをここまで生き生きと、楽し気に書かれると、デビュー作が女子中心の話だったことが大変不思議。自分への挑戦だったのか、それとも、若宮や他の男性キャラを引き立たせるための裏技だったのか。伏線はりまくりの、どんでん返し好きな作者ならばきっと両方アリ、なのだろう。
それにしても雪哉くんの腹黒さにはしびれる。そしてやはり、浜木綿さんがもうひとつ活躍が足りない気がする。悪い女性を描くのはかなり上手なので、悪そうorクールにみえて実は・・・てな感じのツンデレ系女性ならいけるのではないだろうか。ていうか次作すでに出てるし、今後大いに期待♪
 
「満鉄調査部」小林英夫
 
この本、かなり薄い。いつもなら二時間あれば読めるボリュームなのだが、中身が濃くてなかなか進めなかった。無駄なことは何もなく、史実や資料に基づいた客観的事実が整然と述べられている。こういう文章、若い頃はただ無味乾燥で退屈と感じたものだが、今は端的な情報ほど背後にあるものや意味を理解しやすいように思う。
鉄道を中心に、ひとつの国をほぼ一から作り上げるという大事業、当時多方面から人材を募っているが、呼ばれた方も相当にワクワクしたのではないかと思う。いわば事務方のトップエリートたちが、くる日もくる日も生真面目に調査を積み重ね、集めた膨大で精度の高い情報と、実用に足るよう整理しまとめあげた考察の数々が満州国、ひいては本国日本を支え、戦中においては軍にも大いに活用された。終戦とともに満州国も調査部も消滅したが、彼らの活動や経験は、戦後日本の復興に少なからぬ影響を与えているという。
高度成長を支えたかつての「日本型経済システム」も、今はグローバル化という声のもとに崩れてしまっている。素人考えとして、すべてを元に戻すことは不可能としても、こういう、ある意味囲った中での経済を何とかする、ていう方式のほうが、やはり日本と日本人には合っているんじゃなかろうか。まあ、そもそも世界的にも、「グローバル」て無理なんじゃ? という雰囲気にはすでになってる気もするが。